32話 テンプテーション
私たちはトロワルタ王国に入り、宝玉のある教会を目指している。
その道中、とある街の宿に泊まることになった。
今なら、前からやりたかったことが出来そうだ。
まずは宿の人に交渉し、厨房を使う承諾を得る。
お金を払うことで材料も使わせてもらえることになった。
ちなみに、このお金はエキナセアの教会にいた頃、雑用で稼いだものだ。
邪神討伐の為の旅費や必要経費は、アルヴィンから貰った軍資金と、倒した魔物から剥ぎ取った素材を売ることで賄っている。
素材剥ぎでは、主にキャロルとジェイクが活躍する。
キャロルは幼い頃から狩人になるために教わっていたし、旅慣れしているジェイクも魔物の素材で旅費を補うことが多かったという。
魔物の死体は基本的には残るけれど、今まで倒した魔人エイベルとウィレムは一瞬で塵になって消えてしまった。
ゲームでは高く売れるアイテムをドロップしたけど、そういうことはなかった。
素材を剥ぎ終えたものや、剥ぎ取ることの出来ない魔物の死体は、私が浄化聖術をかけて塵にしている。
久しぶりの料理だけど、腕は衰えていなかった。
肉じゃが完成!
さっそく仲間たちに振舞う。
「どうぞ、召し上がってください」
私はそれとなく、だけど他のみんなにもわかるように、少しだけそわそわしている素振りでフレッドに視線を送る。
フレッド大好きアピールの一環だ。
「……美味しいよ」
「良かったです!」
私は心から喜んでいるような笑顔を浮かべる。
「ずっと食べていただきたいと思っていました」
これは本音だ。中々都合がつかなくて、今まで料理上手アピールをすることが出来なかったんだよね。
「オレも、とても美味しいと思う。料理も上手いんだな」
ギルも褒めてくれた。これはお世辞ではなく本心に違いない。
王子の舌まで満足させるなんて、私すごい!
「この肉じゃがの作り方は、キャロルのお母さんから教わりました」
「そうだったのか」
ギルが意外そうな表情をする。
「ソフィーはキャロルと同郷なのか?」
「私もキャロルさんもアンゼルク王国から参りましたが、同郷というわけではないですね」
「そうだね。私はニゲラ・ビレッジ生まれ。ソフィーは分からないんだっけ」
「はい」
「それは、どういうことなんだ?」
そういえば、ギルに私の昔話をしたことはなかったな。
「私はベルガモット・タウンの孤児院で育ちました。それ以前は母と旅をしていたようですが、そのことはあまり覚えていません。母は旅中で亡くなってしまいました。だから、私は故郷についてはベルガモットだと思っていますが、出自については分からないのです」
「……すまない」
そんな風に、罪悪感を抱えたような表情をすることないのに。
「どうか謝らないでください。ギルさんは何も悪いことはしていません」
私は穏やかな微笑みを浮かべる。
「私は優しい人々に囲まれて、幸せに育ちました。そして、今も幸せです。こんなにもステキな人々と共にいられるのですから」
そう言い終えると、やっとギルの表情が柔らかくなった。
その後、見習い神官になるためエキナセア・シティに向かう道中、ニゲラに立ち寄りキャロルと出会ったことも話した。
母の墓参りのために寄り道していた途中だったというのは、さすがにくどいかと思い、言わないことにした。
そういえば、母の墓がルピナス・ビレッジにあることはフレッドにも言っていないな。
結婚したら、夫婦で墓参りするのもいいかもしれない。
……結婚した後、か。
そういえば、勇者と結婚することが最大の夢だけど、その後については特に叶えたいことはないないな。
しいて挙げるなら、フレッドとリアが結婚しないことで二作目主人公が生まれないから、それを補うために、私がどうにかしようと考えているくらいだ。
けれど、これを『夢』とは言わないだろう。
試練を受けて正式な神官になる?
それはアリかもしれない。
ベルガモットにフレッドを連れて帰る?
それともフレッドの故郷に住む?
私は教会で働いて、フレッドも何か仕事をして……
フレッドと幸福な家庭を築く?
それはフレッドと子供を作るということ?
……何だかイメージしづらい。
今、具体的に考えることはないか。
ハッピーエンドのその先は、そうなってからのお楽しみ。
この国にある宝玉も無事に入手し、神剣の柄にある紋章も大分ハッキリとしてきた。
これから少し先へ進むと、四天王の襲撃があることは分かっている。
だから今回も『嫌な予感がする』と言って仲間の警戒心を上げておく。
やはり四天王が現れた。
「こんにちは。私は魔人イライザ」
イライザを一言で表すならば『セクシーお姉さん』
一作目と二作目を合わせて屈指のお色気キャラだ。
ゲーム中では、イライザはフレッドを誘惑して、選択肢次第でイライザ側に寝返ることが出来る。
当然、バッドエンド一直線。
それがこの世界で起った場合を考え、私はとても警戒している。
もしもフレッドが寝返るのなら、禁断聖術を使ってでも止めなければならない。
一見、イライザは余裕のある態度を取っているけど、実際は隙がない。
だからウィレム戦のように、先制攻撃をすることが出来ない。
以前のようにパメラが呪詛魔術をかけようとしたら、その瞬間に攻撃を仕掛けてきそうな雰囲気がある。
「あなた、可愛い子ね」
誘惑開始か!?
「聞いているわ。ソフィーっていうのでしょう?」
え!? 私!?
「……私に何か用があるのですか?」
「私、あなたを気に入ったわ。ねぇ、私のもとへ来ない? たっぷり愛してあげる」
誘惑の対象、私なの?
まぁ、私は可愛いし、美しいし。誘惑対象になっても仕方ないよね。
「あなたのもとへは行きません!」
きっぱり断る。
それによって戦いの火蓋は切られ、いくらか苦戦したもののイライザを撃破した。
【アナザーストーリー】
イライザが塵となって消えゆくのを見届け、アガレスは安堵した。
此度もソフィーは無事だった。
邪神の僕として、このように感じるのは良くないことだと分かっている。
それでも、ソフィーが死んでしまうことが嫌だった。
どうしてここまでソフィーを気にかけてしまうのか、アガレスは何度も自問した。
ソフィーが気になる。ソフィーに見惚れる。ソフィーが愛しい……?
馬鹿げた話だと考える。
ソフィーは見目麗しい娘だが、魔人である己が惚れるような相手ではない。
いったいどうして、こうもソフィーに惹かれるのか分からない。
次に姿を現すのは、神剣が完全に覚醒してからのつもりだ。
けれど、いつまで我慢できるのか……それも分からなかった。




