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敗北の味は 第88話

「俺が、やる」


 ダピング=クイが前に出てくる。右の拳を左の手のひらに打ち付けながら、肩を回していた。心なしか三角筋がパンプアップしている。


「まて、ダピング、勝手は許さん。なぜ長兄である俺を差し置くのか!」

「まってくれよ、こういうのは俺の魔法でもいいじゃないか」


 ヴェンツェは弟とともに手柄をもっていかせるものか、とダピングを止めに入った。だが、ダピングは首を振った。


「フェアでない。剣で首を刎ねるのか?魔法で蒸発させるのか?そんなものは、あの男の高潔な思いに応えられぬ」


 耐えたら見逃せ、と言われて受けた。即死級の魔法や剣ではフェアでないというのも頷ける理屈だ。


「まぁ、その拳がフェアか、といったらフェアではないが――」


 そう思ったが、ヴェンツェは納得せざるを得なかった。彼らの周りの12000の兵は事の成り行きを見守っているのだから。


 体面だけでも少しでもフェアに見せなくてはならない。


「で、ダピング閣下に決まりましたかね?」


 相手のガントという男が、少し微笑みながら聞いてくる。


 なんだこの変態は。どう考えても誰に殺されるにしてもダピングはないな、とヴェンツェは思う。


 ヴェンツェならば、横薙ぎで首を刎ねるし、弟のジャコンならば瞬時に消し炭になる。痛みを感じることもないだろう。


 だが、ダピングは打撃だ。


 死ぬまでにどうしても時間が若干かかる。


 もし、ボディからの連撃であったらならば、そう簡単には死ねない。血反吐を吐いて致命傷を負いながらも意識がどうしても残ってしまう。


 それを知ってか知らずか、なぜ笑っていられるのだろうか。


 だが、ダピングはそれすらも献身の姿勢と感じたようで好ましく感じているようだった。


「うむ、このダピングが、貴様の命を刈り取ってやろう」

「ああ、そうですか。もう一度だけ、確認させてください。今から閣下は私を殴りつける。時間は決めてないですが――」

「1分で十分だ!」

「そうですか、でもまぁ、5分上げますよ」


 ガントという男は煽るわけではなく、淡々とそう言った。どうやら、この男は高潔な献身の姿勢ではなく、ただ単に自分の無事を確信しているのかもしれない、とヴェンツェは内心笑った。


 だとしたら、とんだ見込み違いだ。愚かにもダピングのプライドに火をつけただけのこと。


「な、なんだと!貴様、愚弄するか!」

「いや、納得してほしいんすよ。ああすればよかった、こうすれば殺せた、なんてクソみたいな言い訳してほしくないですし」


 ほんと、何を言い出すのだろうとヴェンツェは思う。あのパンプアップした肉体をみろよ。5分間全力で殴られたら、その身をすりつぶされるに等しい。


「そんな言い訳はせぬッ!」

「ヴェンツェ閣下なら殺せたのに、とか言うのもなしですよ。完全に納得済みでお願いしますよ」

「あ、ああ、あたりまえだ!」


 ダピングの顔が真っ赤に染まる。あんなにナチュラルに怒らせてどうしたいのだろう。


「ヴェンツェ閣下、ジャコン閣下もよろしいですね」

「うむ、勘違いしないでほしいが、我が弟ダピングは我々の中でもっとも武に秀でた男だ。それは兄である私も理解していることだ」

「へぇ、そうなんですね。まぁ、でもべつに侮ってもないですよ」


 この男、自然体だ。だが、武に秀でているような感じもない。なにが彼の自信になっているかわからない。


 ただのアホなのかもしれない。


「さぁ、来てくださいよ、5分のカウントスタートしますよ」


 その言葉に、まるで押さえつけていた獣性を開放するようにダピングが、咆えた。


 ☆


 (ガント)は笑って立っていた。


 ダピングの拳が笑っている男の体に突き刺さる――いや、突き刺さらない。


 ハイキックが、顔面をとらえたが――とらえない。


 首をつかんで首相撲からの腹への膝蹴りがフニョン、となる。


「はい、今ので2分ですよ」

「キサマァァァァァァァァ!」


 目つぶしはすでに何度もされている。


 正中線上のすべての急所を突こうとしている。


 金的だって4回蹴った。


 ヴェンツェは何を見せられているのかわからない。あの、ダピングがひたすら殴り続けているが、一発たりとて有効打がない。届いてすらいないのではないか、と思うが、一応届いてはいるらしい。


「――妖精の衣だぞ、あいつが着ているのは!!!」


 妖精王マクダウェルから下賜された妖精の衣。他の精霊剣、聖樹の杖もそうだが、持つ者の力を数倍引き上げる。


 しかも相手のガントは動かない。殴らせている。蹴らせている。されるがままになっている。


「あと1分ですよー!全力!全力!」


 さらにはそんな風に笑顔でカウントダウンしている。


 言われなくてもダピングは全力であることを、ヴェンツェは分かっていた。彼ほどの達人になれば、1分間くらいならば無呼吸連撃が可能だ。ダピングが猛獣の連撃と名付けたそれはもう、幾度となく繰り出されている。


「あと、10、9,8,7,6,5,4,3,2,1、しゅうりょうーお疲れさまでした」


 ガントが終了を告げた。


「はい、皆さん終了!帰るよ!!今日はハナハプーナで祝勝会だ!!!。さあ、爺さんたちカチドキをあげるぞ!」

「お、お前さん、すごいのう」


 爺たちも呆然としていて勝鬨をあげられない。


「ま、まて!!!貴様、どんな卑怯な手を!!」

「恥ずかしい人だな、卑怯なのはあなた。5分間にわたって無抵抗な俺を殴り続けるなんて卑怯以外の何者でもないですよ」

「な、なんだと!」

「手出しはしない、されるがまま。それを守ったのは俺ですよ。そしてあなたの唯一の誤算は、俺が倒れなかった、ダメージを追わなかった、ただそれだけじゃないですか。結果のわかった勝負だとでも思ってたんですか。本気でそう思っているなら、もともとリンチをしたことを認めるんでしょう。マジでダサいから武人として潔く首つって死んだらどうですか」


 言い返すことはダピングにはできなかった。がっくりと膝をつき、力なく座り込んだ。


 だが、とヴェンツェは思う。そんな約束は反故にしていい、と。


 もはやこの男を捨て置くわけにはいかない。多少、評判が悪くなったところで、次の改選には6年ある。こんな醜聞を広められるわけにはいかないのだ。


「全軍、弓を構えよ、狙いは爺も含めたハプーナ族の砦」

「あ、兄者!」

「未熟者のダピングめ!!!黙ってそこに控えておけ!!」


 ダピングが抗議の声をあげたので、一括して黙らせた。


「な、ずっりーじゃん!」


 さすがにあのガントという男も焦りの声を上げた。


「うるさい。そんな約束はしていないのだ!――うて!!!!」


 あの男は死ぬことはあるまいが、爺どもは皆殺しである。後は12000人で圧力をかけて蹂躙する。ただそれだけだ。


 ヴェンツェは現実主義者である。こうなれば任務を遂行するだけだ。卑怯者のそしりなどいくらでも受けてやるつもりだ。


 12000本の矢が砦の前のハプーナ族に降り注ぐ。


 これで勝負がつく。簡単なことだ。


 数秒後、まるでハリネズミのように、木でできた砦の壁に矢が突き刺さっていた。


「な、なんだと!」


 だが、ヴェンツェは驚愕の声を上げた。


 ガントという男はともかく、爺さんたちも誰1人として傷ついていなかったのだ。


 数人の爺さんが、ガントを守ろうと矢の盾になるように彼に覆いかぶさっていたが、いずれも無傷。


「兄ぃ!!!」


 ガントが爺さんをかいくぐりながら顔を出し、砦の上を見上げ、声を上げた。


「よ、ガント、爺さんたちにモテモテだな」

「兄ぃ、このタイミングに、この登場の仕方。こりゃ絶対、ずーっと、みてたでしょ」

「うん、みてた。ガントさ、いい交渉するようになったな。兄貴分として鼻が高い」


 そこに立っていたのは年の若い男、まだ18歳くらいではないか?ヴェンツェは瞬間的に「誰だ!」と問うた。


「あ、こんにちは――俺はライ=セロー、冒険者ですよ」

「冒険者だと?」

「ああ、そっちのガントは俺の弟分でね。初陣を身にきたら、オゴタ=ハンの将軍ともあろうものが酷いことしているじゃない。もうこれは手助けするしかないって感じで」


 ガントが弟分か。なにか忘れているような気がしたが、今はそんなこと関係なかった。


「お前ひとり現れたくらいで何が、変わるというのだ」

「えー!見てなかったの?爺さん1人も殺せなかったじゃん」


 ライと名乗る男はバカにしたように言った。


「俺は、ガントみたいなめんどくさいことはしない」


 そこまで言ってライという男は指をパチンと鳴らし「あー」と声を出した。とても大きな声に変っていた。今のは拡声魔法だろうか。


「12000人のオゴタ=ハンの皆さん、今から皆さんを蹂躙します。死にたくない人は手を頭の上に置き、うつぶせに倒れてください」


 ライ、と名乗る男はそんな風に言った。むろん、そんな意味のない脅しに反応する兵はいない。


「い、いるわけがないだろう!!」

「いいよ、ただの忠告だから」


 男は左手を振り上げて、叫んだ。


「我が手に戻れ、混沌より生まれし破壊の龍。汝は我が力なり」


 ずん、と、ライセローという男の左手が、どす黒い気に包まれる。


(我が主よ)


 声ではない何かの声があたり一面に響き渡った。ヴェンツェはとっさに身構えたが、声の主はどうやら目の前のライセローの左腕らしい。


「久しぶり」


 鷹揚にライセローが答えた。もう拡声魔法は使っていない。


(つながりが失せていたとはいえ、主に刃を向けるなど何たる失態。まことに申し訳なく、申し開きもございませぬ)


「いいよ。俺も忘れてた。あいつも、それから、おまえも、痛み分けってことでいいだろ」


(その件に関しましては――面目次第もございませぬ)


「で、これからの仕事で取り返してくれ」


(は!あり難き幸せにて)


「じゃぁ、いこう。我が龍よ、極小の酸の息(アッシドブレス)だ」


 チュインッと、ライ=セローの左腕から闇が走った。たかだか、直径1㎝程度の一筋の闇。だが、その通り道にいた人間は、みな闇に貫かれていた。


 貫かれた数百人が一斉に叫んだ。ぎゃあぁぁぁぁ、と声が響く。腕に当たったものはその腕が溶け落ちた。胸にあたったものは絶命した。足にあたったものは片足となった。


 ヴェンツェがなにか知覚した時にはすでにパニックだった。


「分かりましたかー?これは戦争ですよー。多大な力で蹂躙しようとするなら、蹂躙される覚悟ももってくださいねぇ」


 ライ=セローが放った闇はすでに彼らの戦意を喪失させるのに十分だった。


「じゃぁ、生きている人は、みんな頭を抱えてその場にうつ伏せになってください。5秒です。次はこの闇で薙ぎますよ。12000人皆殺しですよー!」


 次の命令には、誰もが跪いた。12000人、余すところなく、である。


「さて、降伏でいいかな?」


 ヴェンツェは悟る。


 これは手を出してはいけない類の相手である、と。


「まだだ!私がいる!!」


 ヴェンツェはギョッとして叫んだ相手を見た。ジャコン=クイ、である。


 やめておけ!今刺激をするな!叫ぶな!お前はあの左手が見えないのか!仮にも魔術師じゃないか!禍々しいまでの脅威、あの左手の何かは、もはや人の手には負えない!


 そんな言葉が喉まで出そうになるが、プレッシャーから言葉にならなかった。


「我が名はジャコン=クイ!オゴタ=ハン随一の魔術師!」

「うーん、お兄さんは心折れてるぞ?」


 ヴェンツェの方をちらりと見てライ=セローは言った。ギョッとする。心の奥底を見抜かれている気がする。


「私の心は折れていない!ライ=セローとやら、貴様が何者かは知らぬが、世界最高峰の魔術師、ジャコン=クイの力、見せてやるわ」


 ジャコンは引き下がらなかった。


「いや、わりぃけど、世界最高峰なんてお前程度の山からは見えないだろ、なぁ、ガント」

「あ、そうすね。うちの国のアホがすんません。まさにお山の大将っす」

「なんだと!貴様!」

「世界最高峰の魔術を見たことあるのか?5賢人の魔法でもいい」


 ライ=セローは落ち着いて会話をふってきた。すぐに虐殺するというわけではないようだ。


「そんなものよりも、私の方が上だ!!」

「それはないですよ。あのレベルまで人族の身では到達できないですよ」

「お前!見たことがあるような口を利きおって」

「ありますよ。俺の姉弟子ですから、ジャロロ=ジャロ様は」


 ガントは笑って言った。


「大魔王ジャロロ=ジャロか、所詮ロートル!我が魔術の前には――」


 キンッとなって、ジャコンは口を開けたまま硬直した。彼の聖樹の杖の上半分が切り飛ばされたのである。


「なッ」

「見えないだろ、兄ぃの剣」


 ガントはニヤッとした。ヴェンツェは仮にも剣士である。剣士が剣の軌跡が見えないなどということがあっていいのだろうか。


「こ、これは、これは、妖精王マクダウェル様から下賜された国宝なのだぞ!!」

「知らん。死にたくなければ、さっさと降伏をしろ」


 静かにライ=セローは言った。なにか気に障ることでも言ったのだろうか、とヴェンツェは思ったが、それどころではないことを思い出した。


 どう考えても相手が悪い。ダピングは失意のあまり腰を落として座り込んでいるからいいものの、かかってしまったジャコンをどう宥めるか、である。


 相手の剣が見えないということは、ヴェンツェにもはや勝てる要素がない。おそらく、あの左手の魔力は、ジャコンをそれを軽く凌駕する。


 たった一人に12000人の生殺与奪を握られてしまった。


 次の瞬間、ヴェンツェは動いた。ライ=セローに向かって、ではない。怒りに顔を震わせているジャコンの後ろにである。そして力任せに剣の柄でぶん殴った。さすが一応当代一流の剣士である。一瞬にしてジャコンの意識を刈り取ることに成功した。


「敗北を認める」


 精霊剣を前に置き、片膝をついて首を垂れて見せた。あまりにも力が違いすぎるし、何か突然、ライ=セローの機嫌が悪くなったからだ。なるべく早く降伏したい。


 なんとかヴェンツェは自分の首一つで許してくれないものか、と思う。ハンであるヤニャンは守らねばならないし、弟たちさえ生きていれば再興は敵うはず、という目算もある。


 ここでの指揮官として勝てないならば被害を増やさないという考えが必要だった。


「愚かすぎる――まぁ、俺はいいや。ガント、どうする?」


 ライ=セローは怒りを霧散させて緊張を解いた。さっぱりしているな、とヴェンツェは思う。


「兄ぃ、俺はもとより大丈夫っすよ。ハプーナへの不可侵さえ認めてもらえれば、先程からの不作為は良しとしましょ」

「お前、なかなかのネゴシエーターじゃないか」

「そうですかねえ。師匠があれなもんで」

「ちげえねえ、あれだな」

「ええ、あれっすよ」


 2人は見合って笑う。ヴェンツェには理解できないが、何とかまとまりそうである。


「なんつーか、もう、あんたとの約束は信用できないんで、正式な書面で元ハン部族3名の証明のもとにハプーナに送り届けてくれ」

「わ、わかった。すぐに用意させてもらう」


 ガントの失礼な言葉にも、身から出た錆、頷くしかない。


 ヴェンツェは改めて12000人で完膚なきまでに負けたのだ、と思った。



第88話。末広がりですねえ。ありがとうございます。長くなってしまいました。


ブクマ、評価など頂けたらありがたく思います。

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