ガントの戦い 第86話
ガント=シンバは働いていた。
ハナハプーナの町の隣の空き地に、大きな舞台を作っていたのだ。資金は教皇庁が持ってくれるので、ハナハプーナの住民で手が空いているものは全員参加させた。
ハプーナの長との関係とか教皇ライト=サリスの関係だったり、その連絡役だったりするので、働くことにガント自身には文句がない。
全員参加させた、と言ったが、そもそもかなり金払いのいい仕事である。むしろ誰もが参加したがった、と言った方が正確だ。
ハンハプーナ料理店は昼食や夕食などのためにフル回転で料理を作ったり、ハプーナの商人は各地からどんどん資材や穀物、食べ物を仕入れてきては裁いたりしていった。子供たちもおにぎりを配ったり、簡単なお使いをしてお小遣いを稼ぐことができた。
ガントは7人単位で班を作らせ、そのまとまりをさらに5つに束ねたものを一つの集団として、それぞれにリーダーを選出させた。さらにその上に、仕事を割り振ったり給金を管理したりする人間を置いて、簡易の組織を作り上げた。
急ぐ仕事であったので金に糸目はつけなかった。誰もが金の恩恵を受けることでモチベーションがどんどん上がっていった。大量の金が動いたため、多少の不正はあったが、発覚した人間は徹底的に排除された。すると、不正をして小金を稼ぐよりも、働いた方が効率が良いという話に落ち着いた。
今、ガントは建設事業に駆り出されているが、少し前までは師匠のプラローロに建築や魔道具の作り方や使い方について叩き込まれていた。
ただ、まずは計算や知識と言った基礎学力にあたる部分を詰め込まれている。座学がほとんどなので、地獄を見るような場面にはあってない。
――兄ぃやその他の兄弟子姉弟子たちは、なにが地獄だったんだろうな。
と、少し優越感に浸っていた。
だが、実のところ、ガントは理解していない。座学に疎い人間が一日20時間近く机に迎えるわけがないことを。だが、ガントは全く苦労せずにその座学に取り組んでいた。集中力はがっつり保たれているし、多少の睡眠が少ないことも気にならなかった。
彼は「俺ほど艱難を乗り越えてきた人間になると勉強ぐらいは屁でもない」と言っていたが、その実は違った。兄弟子である教皇ライト=サリスが、プラローロに「とりあえず座学は詰め込めるように」と指示されて、彼固有のスキル“評価”でドーピングされた結果である。
少しずつ魔改造されていることにガントは気づいていなかった。気づけないことは幸せなことだと、周囲の兄姉弟子たちは苦笑いしていた。
そんなこんなで、ガントは建設風景を眺めながら、頭を巡らしている。
これほどの事業を、自分が取り仕切ることになるとは思わなかった。もちろん、ある程度はプラローロやジャロロといったガントから見たら人外の化け物が下地を作っている。しかし、今、現場を任されているのは、自分である。とても不思議だ。
――まさに今の俺は神に使える身だからな。
身震いする。誇らしい気持ちの表れであり、武者震いであり、恐怖による震えでもあった。
彼にとっての教皇ライト=サリスは、本当にヤバい相手である。それにどうやらとても見込まれてしまっていた。とてもうれしくほこらしくありがたいが、怖い。
きっとあの助祭になったマンバオ・グエン・クックならば、この気持ちは分かってくれるだろうと思う。
高台に乗ってあたりを見渡す。
海の方を見れば、すでに巨大な白亜のトンネルが完成しており、あれを見るだけで震えがくる。
師匠プラローロがなにやら連結する魔導車を開発しており、あのトンネルのど真ん中を走らせるといっていた。そのための轍もできており、イルスに向かう上りと、ハナハプーナに向かう下りと道が分けられているらしい。
「列車というらしいんだよ!うちのあのわがままな神様の前の世界に似たのがあったらしいんだよ!」
大量に、そして安価に人とモノを運ぶシステム。魔導列車の動力になる魔力持ちは高給で召し抱えられる上に、走らせている間の寿命や体力、魔力は教皇のスキルによって固定される。ゆえにそんな募集をかける間もなく、席が埋まった。
「魔力持ちはいいなぁ」とガントが漏らしたら、プラローロが「バカだな。キミはもうすでに寿命も永遠だし、給金もそれ以上に貰ってるはずだ!」と笑った。確かに貰っているが、責任とか微妙な立場とか気苦労が多いのだ。そもそも、永遠の寿命ってなんだよ、と700年以上生きているエルフを見ながら思う。
ーーうん、怖いわ。
とにかくあそこを通るようになる魔導列車を、教皇ライト=サリスは世界中にめぐらしたいらしい。そのために伝説の大魔王は絶賛土木工事中らしく、評価で固定されているとはいえ、いつも愚痴を言っている気がする。
「ガント!ガント!」
突然呼ばれて反応できなかった。高台から下を見るとどうやら町の若者が声をかけてきていた。
「わるい、なんだ?」
「長から、城に来るように連絡があった。急ぎらしい」
「わかった!すぐ行く」
ガントは少し嫌な予感がした。工事も順調だし、資金面も心配はない。だが、何かを見落としているような気がしていたのだ。
高台から降りると馬に飛び乗った。
☆
「ハッサム様!なにかありましたか!」
30分程度馬を走らせて城に着くと、謁見の間に飛び込んだ。謁見の間では、いつものお偉い様たちが顔を青くして立っていた。
「ガント、不味いことが起きた」
「なにがまずいんで」
「クイの三兄弟がハプーナ討伐のために、ハン軍を組織してこちらに向かって行軍してきているらしいのだ」
「現ハンの息子たちがですかい?」
「ハプーナが“勝手に外交を行ったことに対する懲罰”だそうだ。マクダウェル妖精王の支援を受けているらしいが――」
なるほど、とガントは思う。民族としての関係を築くのは問題ないであろうが、さすがにハンを無視するのは確かに手落ちだった。小さな民族が集まって国家を形成しているとはいえ、一応国なのでそこらへんの義理は通さねばならない。
「イル教ないし、イル教国に対しては何もリアクションがありません」
部族付き助祭のヒップスが答えた。さすがにかの国を敵に回す意思はないという表明であろう。
「数はどんなもんっすか?」
「12000、と」
「多いですね」
ガントは素直に思う。東部から西部にかけけては旅行者が馬車に揺られて7日かかる。行軍の速度を考えれば4日くらいには縮まるか。
「多い。今から集めても我が方は1000がやっとだ。そこで、ガントに頼みたい。イル教国に連絡してほしい」
「いいっすよ。兄ぃに助力を願うことと、手勢を率いての足止めの二つをやりましょう」
「二つ?」
ちょっと場がざわついた。通信する魔道具の存在は知っているが、それはまだイル教であったり、国家レベルのものであったからだ。
「ちょっとまってくださいよ」
そんな周囲の様子には構わず、ガントは懐から通信具を取り出した。微量な魔力で通信が可能になっており、ガントのような才能のない人間でもたやすく使うことができる。
「あ、兄ぃ?ガントです。今、ちょっとハプーナがオゴタ=ハンに攻められています。イル教国の力を貸してほしいんす。ん?イル教国として動きづらい?そこをなんとか。ええ、なるほど。分かりました。じゃぁ、頼んます――ええ、大丈夫です」
ふぅ、と息を吐く。気が楽になった。ガントはあの人間たちがどれほど人外か理解している。教皇ライト=サリスは言うに及ばず、プララ妃、ジャロロ妃、師匠プラローロ、リャララ、誰であっても世界を相手にできる。
――下手したら死屍累々だな。
「どうだ?猊下はなんと?」
「なんとか力を貸してくれることになりました。まぁ、足止めって言っても、奴らもここまで来るのにまだ時間がかかるでしょうから、ちょっと見張っておきますわ」
ふむ、と考える。
「あと、ハプーナの村々に早馬を出して、ハナハプーナに籠城させんといかんですね。もし本格的に攻められれば、ジャロロ海底路を使いましょうや」
橋を架ける予定であったらしいが、海底トンネルの方がはるかに工期が短く、費用もほとんどかからないという意味不明な謎理屈で海底トンネルが掘られることになった。海底にあるために、堅牢極まりない。入り口で交戦ができるし、奥へ行けばイル教国に抜けられる。
――まぁ、必要はないわ。
「どれくらいの兵を猊下は集めてこられそうだ?」
ハッサムの言は実に当たり前のことである。相手が12000で来るならば、それに準ずる数を集めるのが兵法というものだ。
だが、ガントは一瞬何を言われているかわからなかった。ライト=サリスが一人で来ることは決定事項である。まぁ、妃の誰かを連れて来るなんてこともあるかもしれない。それは物見遊山みたいなものであるため、人数には数えない。
「まぁ、兄ぃ一人で十分じゃないですかね」
「なんだと?そんな――」
「龍殺しの英雄ですぜ。それに――」
喉が詰まった。瞬間的に苦しくなる。だが、それを言葉にすることをあきらめたら、すぐに引いた。
――これが、神の禁忌、か。
「まぁ、大丈夫ですって。相手がマクダウェル妖精王であろうと、ハンであろうと、我々の勝利は揺るぎません」
そんな風に言葉をごまかした。
「そんなものか?」
「そんなものですよ」
族長ハッサムをはじめ、ガント以外は顔色の悪さを隠せなかった。
☆
なんとか、かき集めた人数は30人だった。しかも老人ばかりの集団だ。
動ける男はみな、ハナハプーナで籠城するために女子供を連れて避難している。
「まぁ、ちょうどいいか」
ガントは独り言ちる。申し訳ないが、人数合わせだ。400倍の敵相手に働き手たる男たちを前に出すのはどうかしている。そもそも勝算はそこにない。
ガントは爺さんたちに竹やりを持たせて行軍していく。何分、爺さんということもあり、ハプーナの領地境の砦に陣取ることができたのは1日ほど行軍し、あたりは真っ暗になってかがり火しか光がない、そんな時間帯であった。
「ガント隊長どのぉ、すまんが今回のわしらの任務について教えてくれるかのぅ」
「なにをいっとるだ。隊長に聞かんでもわかるわ。爺どもが肉の壁になればええんじゃ」
「ふぁっふぁっふぁ、そうじゃの。一日でも遅らせたらハプーナが助かるんじゃな」
爺さんたちは竹やりを握り締めながら大きく笑った。だが、ガントは苦笑しながら首を振った。
「ああ、ちがうちがう、そうだな、爺さんたち、ちょっと集まってくれ」
爺さんがガントの周りにわらわらと集まってきてその場に座る。みんなどことなく緊張しつつ、だが、最後の花を咲かすといった顔つきでそこに立っていた。
ガントは息を整えながら演説を始めた。
「あー、隊長のガントだ。ここにいるのはみんな俺がガキの頃から爺さんであった人ばかりだな」
「そうじゃ、そうじゃ悪童ガント」
爺さんたちは顔をくしゃくしゃにして笑った。歯がほとんどない。
「昔の名前で呼ぶなよ。居心地わりぃな。ああ、今回の爺さんたちの使命を話させてくれ」
「死ぬことじゃろうが」
爺さんたちは即答した。みんな死ぬ気でここにいる。だがガントは手を振ってもう一度それを否定した。
「ちがうちがう、逆だ。死なないように必死で立っていますアピールをしてほしいんだ。」
「いつものことじゃぞ、のう?」
みんなでげっへっへと笑う。
「で、死なないでほしい。俺が何をされても前に出てほしくないし、最後は逃げてほしい」
「なんじゃそれは」
「俺は絶対大丈夫だからな。んで、時間を稼ぐ。1日も時間を稼ぐと、俺の兄ぃがやってきて、12000をぶっ殺すか追っ払う。ミッション終了」
爺さんたちの顔から笑顔が消える。意味が分からないという様子だ。
「じゃぁ、儂らは、どうするんじゃ」
「脅威にならない相手であることをあちらに示して時間稼ぎ。爺さんを殺すのはみんな躊躇うからな」
「それで竹やりか!悪童かんがえたのぅ!」
「そうそう、ここで必要なのは必死でやってます感だ」
「しかし、お主一人を見殺しにするのはできんのぅ」
爺さんたちが顔を見合わせて頷きあう。
「いやいや、爺さんたち、俺はホントに大丈夫だから、心配しないでほしいね。何よりも爺さんたちの体第一で。俺がやられたように見せるのは、相手の残虐な気持ちを満たしてやりたいと思うだけだからさ」
「ふむぅ、納得いかんが、お前さんの命令なら従おう」
「頼むよ。並んでよぼよぼの姿を見せるだけ。大将首を取ったりしようとか考えない。いいな!」
ガントは強く言った。もし、爺さんたちの誰かが死んだら、さすがに教皇が本気で12000の兵を殺し始めた時に止める自信がない。なるべく穏便に済ませたいのだ。
「のう、隊長殿よ、その、お前さんの兄ぃとやらは強いのかの?12000人を相手にできるほどの?」
「お、爺さん、よく聞いてくれた。俺の数少ない自慢の中でもとびきりの自慢、空前絶後のお人よ」
ガントは来るのは冒険者ライ=セローだと話をした。すると何人かの爺さんは「ハゲを直してくれたライ先生か!」と思い出したように頷いた。
「あの人と並んで立てるだけで、冥途の土産となるレベルだからな」
つい嬉しくなってガントは言ってしまった。
「冥途の土産か、やっぱり死ぬんじゃの――」
「言葉のアヤだから、今の言葉のアヤ!死ぬなよ、爺さん」
「お前さんの、じゃよ。儂らは死なんよ。ふぁっふぁっふぁ」
「ちぇっ、口が減らんじじいだなあ」
そうして、爺さんたちとガントは声をそろえて笑った。
この夜が明ければ、合戦となる。
そんな場であることを感じさせない、深夜のひとときであった。
台風、なかなか激しかったですね。
被害からの復旧を心から願っています。
さて、ここまで読んでいただきありがとうございました。
よろしければブクマ、評価とか頂けたらありがたく思います。
ブクマ、評価などしていただいている皆さん、ありがとうございます。
更新できるのも皆さんのおかげです。
では




