オゴタ=ハンと妖精王の使者 第85話
オゴタ=ハン国。
小さな民族群が集まる国家。当代のハンは東部に大領地を構える女傑ヤニャン=クイである。クイ族は何度もハンを輩出している名門民族で、ヤニャン=クイ自身も1昨年3選を果たし終えたところである。
ハンを輩出した民族の領都が首都となるちょっと変わった国体ゆえに、現在のオゴタ=ハン国の首都はクイ族の族都ペキーヌ。族長の城があり、基本はそこですべてが決済される。
と言っても、外国とは森と海を隔てた地で、シルフの森の恩恵を主産業としている国であるだけに、外国との交流などはほとんど皆無。威厳よりも剛健さが支持される。
重要なことは、数年に一度、妖精王マクダウェルの意を伝えるためにやってくるシルフの森の使者、モリッソゴリッソを迎えること。相手は人ではないし、妖精が実体化したモノなので、礼儀も人間的な装飾も好まない。
「マクダウェルは〇〇を望んでいる」などの短い言葉で、朝貢するための物品を指示したり「教皇と魔王の結婚に反対をするから賛同せよ」などの懸案事項について具体的な指示が出る。
オゴタ=ハン国の言葉はいつも「はっ」で決まっている。
百数十年前に西部の無能なハンが権勢を示したくて「少しお待ちください」と言った時には、シルフ森林はすべてを閉ざした。死活問題となる東部周辺地域の民族は一致団結して、西部のハンを糾弾し引きずり下ろした経緯がある。
西部出身のハンが引きずり降ろされると、すぐにシルフの森はその結界を解いた。それ以来西部からハンは出ていない。いや、出すことができない、という。
北部地域などは独自の森林を抱えたり、中部は肥沃な大地を抱えたりしている。南部は物流の拠点となる港がある。が、やはり東部のシルフの森に比べたら、経済効果は落ちる。それはこの十数年、特に顕著になってきた。シルフの森が活性化していたからだ。
魔物、魔獣の皮、肉、骨などの産出量が増えた。採れるすべての鉱石の質が跳ね上がり、産出量も増えた。
こうなると東部の力、とりわけハンのクイ族の力は肥大化する一方だった。
女傑、ヤニャン=クイはまさに我が世の春だった。夫に子供を残して早く死なれたが、権謀術数を駆使してクイ族の長となり、さらにはオゴタ=ハンの頂点に上り詰めた。
3人の息子たちには英才教育を施し、徹底的に鍛え上げ、成人させている。
長男のヴェンツェ=クイは剣の才能があった。
次男のダピング=クイは腕っぷしに定評があった。
3男のジャコン=クイは人間界では高位の魔法使いであった。
ヤニャンの4選もほぼ当確であろうし、その任期明けで60の声が聞こえてきそうになれば、3人の息子たちが後を継ぐであろうことは、ほぼ間違いない。それぞれがすでに嫁を迎えているため、ヤニャンの心配事はほとんど見当たらなかった。
最近の西部ハプーナ族の動き以外は。
「ハン様、お呼びでしょうか――」
「西部のハプーナの動きはどうしたの?」
ヤニャンは苛立っていた。
少し前にイル教が神託を出した。神意発現がオゴタ=ハンの地に起こるらしい。
イル教国は侵略国家であったことは一度もないし、オゴタ=ハンとしても世界宗教の主軸国を敵に回すなどということは考えたことがなかった。我が国にもイル教の枢機卿はいるし、朝貢先は妖精王マクダウェルではあるものの、イル教国とは良好な関係をきずいてきた。
だから、神意発現は願ってもないことだといえた。ここ、オゴタ=ハンがその時は確実に世界の中心となる。長として、歓迎こそすれ非難すべきことではない。
実はヤニャンは教皇ライト=サリスの信者である。もともと敬虔なイル教徒であるわけで、その650年前の神託の御子が現れたことも驚きであれば、遠くの地にて伝説の龍を倒したエピソードもすごいと思っていた。
――猊下はきっと私のもとに挨拶に来るに違いないわ。
もちろん、ジャロロ=ジャロとの婚姻にいちゃもんをつけた身。少し気が引けるが、それは仕方ないということは分かっているだろうと、チャガタ国の獣王とも書簡で確認し合った。
だが。
教皇ライト=サリスはいつまでも来ない。それどころか、ハゲ民族と揶揄される西部の民族ハプーナが妙な策動を始めた。
曰く「ハプーナの地に神意が発現される」と。
何を勝手なことを、ヤニャンは思った。弱小ハゲ部族が、と思う。だが、その言葉を裏付けるようにハプーナ族とイル教国の共同声明――神意的互恵関係――が発表された。
「あのハゲ達は独立するというのかしら?」
「母上――いえ、ハン様、独立などは考えてないようです。ただ」
3男ジャコンは言いよどんだ。3人集められた時の説明役はいつも末弟のジャコンの仕事だった。
「ただ、なによ」
「ハプーナは経済力と、そして地の利を得たようです」
言いたくないなぁといった顔でジャコンは話した。実際、第一報を受けた時も鼻で笑ったが、報告した人間の必死な顔に伝令を走らせたのだ
「あのガンダヴィラの最果てに何があるのよ」
「ま、まだ、確定ではなく、ハン様に伝えるのは良しとしないと兄者に言われていまして」
「ばかもの、それをいったら言わざるを得ないだろうが!」
長男のヴェンツェが突っ込んだ。正統派の剣士であり、地の力もあるヴェンツェの言葉にジャコンはビクッと体を震わせた。
「言いなさい。何があったの?」
「はっ、実はガンダヴィラ大陸とキエサル大陸がつながりました。
「何を言っているのかしら?」
イライラしているというよりは、本気でわからない。ガンダヴィラ大陸とキエサル大陸の間の海峡は狭いところでも100㎞を超える。
「まだ未確定でありますし、今確認の者を走らせていますが――」
「いいから、先を!」
ええ?母上が聞いたんじゃないですか、と言いたそうな顔をジャコンはしている。だが、もちろん口を挟まない。
「港町ハナハプーナの近くに海底トンネルができました」
「海底トンネルですって?人が通れるほどのトンネルがそんなに簡単にできるわけがないじゃないの!!」
「それが、母上――半径20mの半円状のサイズらしく、馬車が何台もならんで通れるほどだ、と」
「バカな!下らぬ夢を見ているの!?」
つい声を荒げた。人が通れるサイズのトンネルを掘ることがどれほど大変であるか。たとえば、この城にはもしものために隠し通路があるが人一人がやっと通れるほど。しかも少人数で掘り進めなくてはいけないため、数年がかりの大工事だった。
20mの大トンネル?バカなことを。
「第一報によりますと、白亜の石で固められており、強固で美しいとも」
「あまりにも荒唐無稽でして、母上に伝えるにはまず確認から、と思いまして」
ジャコンが報告し、ヴェンツェが言い訳をする。ダピングは直立不動で動かない。
「……わかりました。取り乱してごめんなさい。確認は確かにいるわね。しかし、どうしたらいい?意見をちょうだい」
「壊す。我がハンを、我が国を舐めている」
ダピングが今日、初めて口を開いた。質実剛健、筋骨隆々、剃髪された頭。拳で語る男が怒りに震えていた。
「まて、ダピング!相手はあの龍殺しだぞ?」
「兄者よ、相手が龍殺しであろうが、神殺しであろうが、関係ない。我が国を脅かすものはすべて打ち砕く」
鼻息を荒げながら拳を打ち合わせる次男ダピング。
「ダピングの兄者、教皇はまずい。イル教国はもちろん、イル教、魔国、アッティラ帝国と敵に回すことになる。ここはなんとかハプーナへの制裁としたい」
「そうだな。イル教国とことを構えるのはまずい」
ジャコンが視点を変えさせ、ヴェンツェがそれを押した。
「俺はなんであっても打ち砕くのみだ」
兄と弟がそう主張すれば、ダピングは逆らったりしない。基本的には弟の文官としての力と兄の政治家としての決断を信用しているようだ。自分は所詮武官よ、とでも思っているのだろう。
ヤニャンは話し合いの推移を見ながら頼もしいと思える。これならば数年後の禅譲もすんなりいくだろう、と思う
「それにしましょう。これは我が国の内政に関わる問題であるとします。イル教国の関与はともかく、ハプーナの行動は我が国の秩序を脅かすもの。クイ三兄弟の力をもって、制裁を加えよ」
「「「は!仰せのままに」」」
3人がハンであるヤニャン=クイに叩頭したその時、伝令官が部屋に走りこんできた。
「なんぞ?」
「はっ、ジャコン様、たった今、モリッソゴリッソ様がいらっしゃいました」
「モリッソゴリッソ様が――」
シルフの森の使者モリッソゴリッソ。今までは必ず先触れがあり、数日の後に城にやってくる。歓待などは必要ないが、それなりに準備が必要だからだ。
だが、今回は先触れがなかった。
「通しなさい」
ヤニャンは静かに言って席を立つ。王座をあけて、モリッソゴリッソを迎えるのはオゴタの人間にとって当然のことだ。
臣下の位置に立膝を突き叩頭をすると、3人兄弟もその後ろに倣った。
モリッソゴリッソは静かに入ってきた。何度も見ているが気配がない。生きている気配がない、と言った方がいいのだろうか。
モリッソゴリッソは何も言わずに玉座に座ると、おもむろにしゃべり始めた。
「精霊の剣、妖精の衣、聖樹の杖を授ける。それをもって我が大地を汚すものを討て」
平坦なイントネーションだったが、言っていることは過激だ。
言い終わると同時に3兄弟の前に剣と衣と杖が現れる。
「はッ」とヤニャンは返答すると、モリッソゴリッソは静かに部屋を出ていき、そのまま存在自体が霧散する。
ふぅ、と息を吐きながら、ヤニャンは玉座に戻り、「なるほど」と独り言を言った。息子たちは恐る恐ると言った体で、それぞれの前に置かれたものに手を伸ばしている。
――なぜ、このタイミングなの。
ヤニャンは思考する。今のはあからさまにタイミングが良すぎる。監視でもしていなければ、そういった動きはできないはずだ。
自分が、報告を聞いた。
自分が、脅威に思った。
自分が、3人の息子と話し合った。
どの場面でも、そうでない場面でも、現れることができたはずである。
だが、実際は自分が、戦うと決めた時に、そこに都合よくマクダウェルの使者が表れて、武器を授けていった。
――妖精王マクダウェルとは、なに?
自分がハンになって初めて見えた妖精王のほころび。決められたルール外の行動。息子たちは分からないようだが、ハンとして生きてきた自分には、直感で危うさを感じた。
だが、それが何になるというのか。オゴタ=ハンは建国よりシルフの森とともにある。悠久の時を生きる妖精王マクダウェルに弓を引くなどということができるわけがない。
シルフの森に恩恵を受けすぎている。自然界の森には魔獣も魔物もいるが、シルフの森はその質が違う。得るものの質が違う。
――あの英雄とて、マクダウェルには叶うまいよ。
ヤニャンはふふっと笑う。教皇ライト=サリスの信者ではあるが、実利をもたらしているのはマクダウェル。信仰心と現実ならば、とるのは現実だ
キィンッと、短く小さな音が響いた。
ヤニャンが顔をあげると、ヴェンツェがモリッソゴリッソが置いていった精霊の剣とやらで、自分の剣を放り投げて横薙ぎにしているところだ。
「すばらしい――この剣はほんとうにすばらしい。ただ、力も込めずに横に凪いだだけで、鉄の剣が雑草を刈るよりも両断できた……なんとすばらしい――」
なんという威力。
ヤニャンも驚いた。あれならば、ヴェンツェの剣士としての腕前をもう一段上に挙げるに違いない。
次男のダピングは妖精の衣とやらを着ようとしているが、それはさすがに入らないだろうと、ヤニャンは思った。デザインもスリットの入った水色のドレスで、女性が着れば美しかろうとは思う。
だが、モリッソゴリッソが拳闘士であるダピングの前に置いたものだ。ダピングはパンツ一枚の半裸状態になると、妖精の衣の首の部分にグイっと足を差し込んだ。破れるなど微塵も考えていないようで、少しハラハラした。
だが、ぐっと明らかに容積以上の肉体が差し込まれたのに、妖精の衣は一切破れない。着終えてみると、丈も幅もすべてがあつらえたようにちょうどよくなっている。
なんだそれは、と思いながらも、足元のスリットによって、とんでもなく鍛えられた大腿四頭筋をちらちらさせるところがポイント高いな、とヤニャンは母親として間違った思考をした。
「軽いな」
ダピングは軽く左でジャブをする。
軽くだ。しかもシャドウ。
だが、ドンッ、と音がして壁にかかった燭台が一つ吹っ飛んだ。
「なんと」
ダピングは絶句する。もともと口数の多い男ではない。しかしその表情を見れば彼があまりのことに驚いているのが分かる。
その刹那後。
城の外で轟音が鳴り響いた。
強襲か!とヤニャンがそちらに目を向けると、窓の外を見つめて呆然とするジャゴン。
「どうしたの!」
「は、母上、すみませぬ。この聖樹の杖でちょっとファイヤーボールを空き地に飛ばしたのですが――」
言い澱むジャゴンを押しのけ、外を見つめる。空き地に軽くクレーターができていた。
「母上、いえ、ハン。これならば、何が来ようとやれます。あらためて、討伐命令をください!我々が、歴史を変えてきます!」
ヴェンツェが誇らしげな顔をして見せる。
これならば、とヤニャンは思う。たとえ、英雄が出てきても負けることはないであろう。英雄には申し訳ないと思うが、自分はこの地の秩序を守る義務がある。
「ハプーナの征討を命じる。我らが威をこの地に示せ!」
高らかに命じる。
「「「わが故郷を汚すものに鉄柱を!」」」
三兄弟の声がそろった。
9月になりました。学生さんはロスタイムの二日を満喫していますかー?
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