子供達は読み聞かせを楽しんでいる 第82話
「胸の大きなシュシュトリは、木の洞の中でドキドキして過ごしました。大丈夫、大丈夫、なんとしてでも生き残って見せると、折れそうになる心に言い聞かせながら――」
子供達は紙芝居を見るのは初めてなようで、とても食いついてみている。カオスティックベアをオーガのテムジンが討伐したシーンでは、声を上げて喜んだ。そのあとに首が飛んだシーンでは、誰もが息をのんでいた。
マンバは物語の世界の楽しさに子供達が浸っていることに、震えるほどの喜びを感じている。子供というよりはマンバと同じくらいの青年に近い子もいるが、その子たちも、体をよじったり、ハラハラしたり、ドキドキしたりしている。
シュシュトリが見つかり、吊し上げられるシーンは子供向けというには少し残酷だが、それだけに教皇ライト=サリスの登場シーンでは、子供達から拍手が起こった。
「ライトは静かにいいました。『俺の友達を殺したお前を、俺は絶対に許さない』と」
子供達は『いけ!いけ!ライト!』と期せずしてコールが起こる。炸裂するプララの魔法に、大地を切り裂くライトの剣技。どれも誇張してあるが、マンバも含めてそれは真実のように感じていたし、それを訂正する人物はここにはいなかった。
「そうして、ライト=サリスと四人の勇者は樹海龍ラトーガを討滅しました。しかし、ライト=サリスに喜びはありませんでした。こんなことは二度とごめんだ、彼はそうつぶやいたと言われています。そうして彼はすべての人を救うために、この地にてイル教の教皇となりました――おしまい」
子供達の万雷の拍手。
「助祭様!ライト=サリスって本当にいるの?」
「いるよ。教皇様だよ。今度、プララ様との間にお子様が生まれるそうだよ」
「マジで!?それってすげえな!」
「ああそうだよ」
「あのさぁ、樹海龍ラトーガって、とんでもない龍なんでしょう?」
「そうだね、文献見る限りは40mとか言う大きさらしいね。あの、サンスース大聖堂が120mって言われているから、あの真ん中くらいの大きさだね」
マンバは大聖堂を仰ぎ見た。真ん中は60mであることを知っていたが、それを訂正する人間もいない。何よりも分かりやすい。
「それに剣で勝っちゃうの?どうやったら切れるの?教皇様ってめっちゃ怖いの?」
「ああ、そうだな。切っちゃうけど、どっちかというと優しい人だな」
「あったことあるの?」
「一応ね。秘密だけど」
マンバは、目を輝かせながらライト=サリスのことを聞きたがる子供達を見て、これだよ、これ、と思った。彼自身も『ライト=サリスと四人の勇者』を読んで日が浅いが、同じ思いをもってくれたことを本当にうれしく思う。
「どんな人?」
「うーん、捉えどころはない人。なんかすごいのは分かる。すごい」
1つはハロー効果といった理由がつけられるのだが、それはマンバには理解できない。でも確かにすごいように思うし、存在感は確実にある。
「プララ様ってどんな人?」
「エルフと魔族のお姫様で、国母プラローロ様の一人娘で、とんでもなくきれいな人だよ」
さすがに胸が大きくて、透き通るような美しさがあるとかは言えない。そもそもまだ一度しかあったことがない。
「四人の勇者の中でほかの人に会ったことある?」
「ないなぁ。僕もあってみたいんだ」
マンバは本当にそう思う。とは言っても、ジャリリとシュシュトリしかもう存命ではないし、その二人も魔族なので、この国に来ることはないかもしれない、と少し諦めてはいた。
「あの、ラミアって体が人間で足がヘビっぽいんでしょう?」
だが一人の少女が首をかしげながら、マンバに聞いてきた。マンバは紙芝居をめくりながら、シュシュトリの絵を指示した。
「ああ。そうだよ。こんな感じ」
「あの人みたいな人?」
女の子はちょっと違う方向を指さした。マンバは気が付かなかったようだが、子供達に読み聞かせをしている姿を観察している人物が2人いる。確かに一人は上半身が人間で。下半身はヘビのような姿をしている。もう一人は貴族の女性のような、とても高そうな服を着ている。
「え?――あ、そう、あの人ラミア、だ」
無粋だったかもしれない。だが、マンバにしてみれば、そして広場の子どもたちにしてみても初めて見るラミアである。ついじろじろ見てしまった。
すると隣にいた女性がこちらに向かって一礼してかけてくる。
「こんにちは、助祭のマンバオ・グエン・クック様」
「あ、はい、こんにちは――」
なんとなく、高貴でおしとやか、というよりも自分と同じ香りを感じる女性だった。無理してそういう格好をしているという感じが、自分と近いのではないか、と感じさせた。
「あたしは後宮付きのカンナ=シンバです。で、こちらは魔国の外交補佐官のシュシュトリ様です」
「こんにちは、その、例のシュシュトリです」
優雅に一礼をしながらいたずらが見つかった子供のような表情で微笑む女性を見て、マンバは不覚にもドキリとする。
――胸の大きな捕らわれのシュシュトリだ。
もちろん13歳の男子である。性的な衝動がないわけがない。『胸の大きな』という言葉だけで興奮ができる。だが仕方ないのである。
「すげえ!胸の大きな捕らわれのシュシュトリだ!」「うわ、本当に大きい!」「ねえ、ラトーガにつけられた傷ってまだあるの?」
子供達も口々に声を発した。主に胸のことを聞くのはマンバと同年代の男子だ。これも致し方ない。
「こら!不躾にもほどがあるだろ。すみません、シュシュトリ様、僕がここの助祭のマンバオ・グエン・クックと申します」
「いいのです。私はちょっとマンバオ様の話を聞きたくて来たのですが」
「あ、はい!私は助祭になったばかりの未熟者ですし、貴族のシュシュトリ様はマンバとお呼びください。その前に、あの、子供達に話をしてやってもらっていいですか?できれば、その、僕も握手をして欲しいのですが」
これも不躾であるが、マンバにとっては四人の勇者は憧れのヒーローである。手を出さずにはいられなかった。
「ふふっ、いいですよ、ええ、マンバオさん」
シュシュトリはマンバの手をぎゅっと握りしめる。マンバはその柔らかさに驚いた。それを思った瞬間、マンバは顔を真っ赤染めた。
「そうだ、ラトーガ戦で使った魔法もお見せしましょうか?」
その様子にふふっと笑ったシュシュトリは、空に向かって一本のアイスジャベリンを打ち出した。
それは空高くまで上がり、砕け散る。日に当たり、氷がキラキラと光輝く。
子供達は歓声を上げた。
「今のが私の救難信号みたいなものです。あれを見たら、猊下には私の位置がわかるはず、そう思って煙幕張りながら、こっそり空に向かって打ち出しました。すごいでしょう? 猊下はあれを見てすぐにきてくれました。プララ妃と一緒に。とても嬉しかったんですよ。ただ、なんとなく、本当に来てくれるように思っていました。」
「すごい、あれが、この場面で使われた魔法なんですね」
「ええ、もうね、最後のあがきの時間稼ぎです。5日間は逃げていたんです。ドキドキと恐怖を必死に押し込めながら。きっとサスティラ魔校から誰か来ている。だとしたらライトが探しているって思いました」
シュシュトリは当時のことを思い浮かべている様子だった。マンバにしてみたら、当事者から話が聞けるなんてことはそうあることではない。
「ほんとですか?!」
「ええ、そうですね。本当です。私がラトーガにあっても絶望しなかったのは、なんとなく、というか、たぶん、きっと、確証はないけれど、時間さえかければ、猊下が助けてくれると思ったんですよ。教皇猊下はもうとんでもない人ですけど、お小さい当時も信じられないくらいとんでもない人でしたから」
「すごいなぁ、猊下。本当にすごい人だ」
マンバはシュシュトリの話を聞きながら、当時のライト=サリスに思いを馳せる。たぶん、自分が想像しているよりもとんでもない人だったんだろうなぁ、と思いながら。
「みんなもね、最後の最後まであきらめちゃダメですよ。私のここを見てください。うろこが取れてしまってる。もう生えてこないでしょうね。ここがラトーガによって、大木に逆さ吊りに縫い付けられたところですよ。それでもあきらめなかったからこそ、ここにいられるわけです。ですからみんなも諦めてはだめですよ」
シュシュトリは話を締めくくる様に、子供達に向いた。説教めいた内容だったが、誰もそうは思わない。あのサンスース大聖堂の半分の大きさの龍と対峙して生き残った人の言葉である。重みがあった。
「「「はい」」」
子供達の声がそろった。
「さて、皆さん、今日は『物語』という楽しさを知ってもらいました。僕はみんなと同じ孤児で、文字も読めなかった。みんなに文字を読めるようになってほしい。そして新しい楽しさや――仕事ができるようになってほしい」
マンバは今日の意図を話した。子供達はポカンとしている。その意味が分からない。だが、マンバと同年代の男の子が首を捻りながら、とつとつと話してくる。
「あのさ、俺は、文字にはいまいち興味がねえ。自分が読めるようになるとも思わねえ。でも炊き出しは最高だった。そのついでに助祭様の話を聞きに来る、でもいいか?覚えねえと罰とかあるのか?」
「ないよ。それに、それでいいよ。これから一か月、炊き出しをやる。毎日食べに来たらいいよ。ついでに文字も計算も教える。一カ月は毎日ご飯が食べられる」
「そうか、それはありがてえ」
周りの子から歓声が上がる。まずは食を保証する。そこからしか学びは発生しないのだ。マンバはそう思っているので、この反応は問題ない。
「で、少しでも文字を覚えた子には仕事と寝床をあげるよ」
「まじか!」
「うん、大丈夫。僕はその命令を受けているんだよ」
「だれから?」
教皇様から、という言葉をいうのはやめておこう、と思った。だが、彼らにもその相手を知る権利があるとも思った。
「うーん、そうだな。これは秘密にしておくよ。ただ、その人は言ってた。世界から文字を読めない人がいないようにするって。その第一歩だから、と」
「すげえ人っているんだな――」
話のスケールが大きすぎるとマンバも思う。だが、相手はあの教皇ライト=サリスである。不可能などないようにも思う。
「いるよ。ねえ、シュシュトリ様?」
「いますね。その人は昔から教育のカリキュラムを組むのが好きな人でした。学校の在り方を根本から変えてしまう人でした」
シュシュトリの言葉に、さすがの孤児たちもこれが誰の計画か、理解した。
「それって――」
「秘密です。いいですか、これは公然の秘密というやつです。みんなは分かっているけれど、秘密という体を取らなければなりません。いいですか?その方のことは秘密です」
マンバは口の前に指を立てて、シーっと言った。子供達は――多少子供のカテゴリーから外れる体格の子もいたが――皆一様に頷いた。
子供達は互いに頷きあうと、口々にお礼を言ってその場を去っていく。なにやら秘密を共有したことがとてもうれしく感じているらしい。
「また、明日ね!」
マンバは声をかけた。子供達から「はい、よろしくお願いします」と元気な声が返ってきた。
――やってよかったなぁ。
マンバはシュシュトリ様にも感謝をしよう、と思いながら、子供達を見送った。
主人公、いったい、どこにいったのかな。。。
からくりサーカスとか道士郎でござる的なあれですから気にしないでください。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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