マンバの奮闘 第81話
マンバオ・グエン・クックは助祭として、イルスにあるハードン神殿のトップになった。本部に対して少なくない寄付と、おそらく節操のない脅迫に近い行為を教皇ライト=サリスが行ったらしく、マンバに聖都ハードン神殿のすべての権利を与えられた。
「神殿を好きにしていいけれど、俺に協力してね」
ニコニコと笑いながら要求の書かれた紙を押し付けてくる教皇はかなり怖い。もちろんマンバに拒否権はない。
「はいっ、わかりました」
「大丈夫だって!マンバ、無茶を言っているけれど無理を言ってはないからさ。できる範囲を心がけてくれればいいんだ」
こくん、と頷く。確かに書いてあることは無理を言っていない。孤児たちの教育施設を作るというもの。教皇ライト=サリスが掲げる保護と教育施策の一つだ。仮にも破壊神のハードン神殿がやらなくてもいいじゃないか、と思いながらも、もちろんそれに対して異を唱えることなどはできない。
もちろん、資金はほぼ無尽蔵。孤児の数百人を育てることぐらいは余裕だ。
「資金が足りなくなったらすぐ言うんだよ。大丈夫、そんなに緊張しなくていい。失敗してもマンバを責めることなんかしないさ」
「は、はい」
マンバは食材を集め、周りの教会から人を貸してもらい、朝の炊き出しを行うことにした。
実は自分の助祭就任に際して、ずいぶん周りの助祭連中から反感を買った。他の神殿の助祭任命に口を出すいわれはないのだが、やはりそれまでの因習を破ると反感を買うらしい。
とくに助祭補の連中のいらだちは計り知れない。助祭をめざしてスタートした助祭補達は、『底辺』と憐れんでいたつもりの人間に上に立たれた。取るに足らない貧乏神の使徒が、突然教皇の横車によって助祭になった。耐えられない。
だが、それはすぐに鎮静化した。一日かからなかった。
助祭をめざす人間たちの、そのトップにいると思われたサンスースの助祭補が突如破門を受けたのだ。破門に神罰が絡まないことだけは告げられて、その日のうちに実家に戻された。
サンスースのおひざ元、この聖都イルスにある実家もまさか息子が破門されるとは思っていなかったらしく、数百年に一度レベルの不祥事として息子は勘当された。
破門理由はさらに驚きをもって受け止められた『特になし』。ただ、上司である助祭に『ハードン神殿の使徒が助祭なんて、教皇の考えが理解できない』と漏らしたことが原因であると漏れ伝わってきた。
教皇批判がタブーなのは分かっている。これはイル教の教義に関わることだ。だが、少なくとも助祭補ごとき聖職者未満の人間の批判が破門対象になることはない。いや、なかった。前例は破られ、破門となった。
さらに周りを震え上がらせたのは、破門状にイル=サン27世の名前も国母プラローロの名前もなく、教皇ライト=サリスの聖名のみが記されていたことである。
教皇に近い人間が聞いたそうである。いいのですか、と。暗に国母や教主の了解を得ないことを訪ねたのだが、教皇は顔色一つ変えず、笑顔を張りつけたままで「なんで?」と聞いたそうである。
枢機卿や大司祭会としても、教皇の真意を探るべくイル=サン27世に話を聞いたらしいが、笑顔を讃えたまま「御子の御心のままに」と答えたらしい。プラローロは「相手は教皇猊下だよ?」と答えたらしい。
つまり二人とも事実上の容認。
独裁だ、と誰もが思ったが、それを言葉にすることは二人が許さなかった。そもそもイル教とはそういう団体である、と。サンスースを中心とした多神教。その中心の神の御子が独裁的な力をもつことを二人はすでに受け入れていた。
事ここに至って、すべての教会がようやく理解した。イル教は今までとは全く違うステージに来ているのだ、と。宗教変革というよりも、今、まさにイル教としての650年かけてきた体制が完成しつつあるのだ、と。
ということで、今やマンバは触らぬ神に祟りなしの最たる存在になってしまった。マンバを妬む認識は変えられた。彼は今までの孤児で底辺だった使徒ではない。もう完全に認識を変えるべきだ。
あれは、教皇に魅入られた敬うべき存在だ、と。
当のマンバは居心地の悪さにドキドキとしてた。助祭一日目の周りの白い目。どこ行っても陰口をたたかれているような感じ。昨日まで優しくしてくれた人たちが、唾を吐きかけてくるような顔でこちらを睨んでいた。
――僕は、生きていけるのだろうか。
そう思った。なぜ教皇は自分を助祭にしたのか。全く分からないが、周りの反応を見る限りは有難迷惑だった。
だがしかし。
助祭二日目になった朝、すぐに変化が現れた。周囲の神殿から、人が一斉に派遣されてきた。朝起きた時にはすでにハードン神殿の外庭はきれいに掃除が完了していた。
「助祭様!おはようございます!」
周囲の神殿から派遣されてきた助祭補達が神殿前にきちんと整列して頭を下げる。助祭補になるくらいだから、当然マンバよりも年上で血筋の良い人間ばかりだ。中には自分にとても優しく庇護してくれた人物もいる。
「お、おはようございます――」
マンバは何が起こったのだろう、と考えていた。一応、自分がここの責任者なので、神殿内に誰かが立ち入っていることもなかったが、派遣されてきた20人くらいの助祭補達は中に入る許可が欲しいと訴えてきた。
「は、はい」と狼狽えながら許可を出すと、皆で一斉に掃除を始めた。これまで一人でコツコツと掃除をしてきたが、さすがに行き届かないところが多かった。だが、数の暴力的ななにかで一気にきれいになる。
「おお、やっとるねえ」
入ってきたのは、教皇ライト=サリスだ。助祭補達に緊張が走る。アレに気に入られれば助祭、逆鱗に触れれば破門だ。そんな雰囲気がむんむんとしている。正直そのギラつきがマンバには怖い。
「おはようございます、ライ様――」
周りの助祭補はざわつく。彼らは賢く、それなりの教育を受けてきている。今の一言で、教皇ライト=サリスではなく、冒険者ライ=セローとしての建前でここにきていることが分かった。
助祭補達も素早くマンバの後ろに整列する。
「「おはようございます」」
一糸乱れぬ挨拶。教皇ライト=サリスは満足そうにうなずく。
「みんな、聞いていると思うが、私がライ=セローだ。マンバを頼む」
「「はいっ」」
これも一糸乱れない。そうして一気に掃除などが進んでいった。
☆
助祭になって数日が立ち、教皇ライト=サリスが再び訪れてマンバに聞いた。
「さて、なにからやるんだい?」
なにからという、ふわっとした話だったが、マンバは教皇が何を聞きたいか正確に理解できていた。
「僕としてはまず朝の炊き出しからスタートさせたいと思います。まずは試しに一か月」
「いいね。飯は基本だよ」
「実のところ、もうすでに周りの教会の助祭補さんたちに話をしたら、各人持ち回りで食材を出してくれるそうです。なにせ彼らはそこそこ裕福なので」
マンバの言葉に教皇は首を捻った。
「こちらで出してもいいんだが」
「いえ、みんなどうしても自分たちが出すといって聞きませんでした。まぁ、ライ様に誰がどれだけ出したか、報告してくださいと懇願されましたが」
「いいよ、いいよ。そういうの大切だよ。誰が彼らの評価者であるか理解しているじゃないか」
マンバには理解している。なぜだかわからないが、自分の助祭就任はかなりの特例であり、『マンバだから』『すぐれていたから』という理由ではないことを。つまり、教皇はこういった横車を何度も押すつもりはないのだ。
「帳簿につけておきますので、見ているようなふりをしておいていただけますか?」
「おっけ」
だが、それを伝えてしまうのは、あまりにも助祭補達が哀れだ。教皇もそのことは当然理解している。
「まぁ、それなら感謝状ぐらいだしてあげてもいい。ライ=セローとして」
なんの効力もないが、意味はありそうな気がする感謝状。
「そのあとで、物語の読み聞かせをしたいと思います」
「読み聞かせか。面白い。」
考えていることを理解してくれるかな、と心配になったが、教皇は正確にマンバの意図を見抜いていた。
「ええ、字を覚えさせるためには、覚えるための意味が必要です」
「マンバは考える視点が近代的だな。元来学習というのは、本人の思いが必要なんだよ。まぁ、この世界の産業レベルなら教え込みでもいいような気がするけどな。マンバはそういうのが嫌いか」
「いえ、必要だとも思うのですけれど、教える側としては、好きなものを強制するのは嫌なんです」
「いいね。理解した。本を買う原資はあるか?」
マンバは頷いた。
教皇ライト=サリスからの寄付は膨大である。それくらいは余裕だ。しかし、いずれそのお金で子供たち向けの読書室を作りたいことを伝えると、「また金を届けさせる」と言ったので少し困った。
☆
朝の炊き出しの日。当然と言えば当然だが、各教会や神殿の救済の手が届いていない、もしくは家庭的に貧困層の子どもや大人がハードン神殿の前庭に大勢並んだ。
どれくらい集まるかわからなかったので、料理は量の調整が利くように、でっかいハソリに米と野菜を適当に切ってぶち込んで煮込んだ料理だ。同じようなハソリが5つ用意されている。
金持ちの子息である助祭補達が多くの食材を寄進してきたので、中身はそこそこ豪華である。まぁ、しかしながら味より量。今日一日が飢えずに暮らすことができる量が必要だ。
一か月続けることを明言しているので、根菜類や芋、米などの日持ちのする食材が中心に寄進されたが、中には肉やソーセージなどもあった。肉は燻製にしたり、ソーセージは細かく刻んで突っ込んだ。
「なんでも突っ込んで煮込むとそれなりに美味しくなるよなぁ」
マンバは味見をして感じた。
ここ最近こそ、質のいい料理を食べさせてもらっているが、もともとマンバは貧乏神殿の「ただ飯食らい」の身だ。
一日にパン一つとミルク、クズ野菜で生きてきた身である。その経験からしたら、ソーセージが入っている、このごった煮鍋は天上の料理に感じる。
――あの頃、肉なんて食ったことなかったなぁ。
「皆さん、並んでください!お椀と匙はありますか?料理は全員分ありますから、大丈夫ですよ。お代わりも作りますからね!」
声を張り上げる。なんだろう。自分の力はほとんどないのに、人の役に立っている気がする。嬉しい。楽しい。
衣食足りて礼節を知る。文字の勉強はお腹がいっぱいになってからだ。
少し恥ずかしそうに並んでいたり、列に割り込んだり、偉そうに怒鳴ったりしているのはだいたい大人だった。恥ずかしそうにしているのはいいが、割り込んだり怒鳴ったりしている人間には退場してもらった。というか、退場させられていた。
よくわからないが、なにかにすっと囲まれていなくなる。認識阻害の魔法でもかかっているのかと思うくらいに自然に淘汰されていく。ちょっと怖い。きっと教皇ライト=サリスの手によるものだろう。
まぁ問題にならないのはありがたい。
教皇ライト=サリスに感謝して、というわけではないが、マンバは今日、初めて読み聞かせをする物語を「ライト=サリスと四人の勇者」に決めていた。
自分が初めて読んで感動した一番好きな物語。おそらく物語などというものに触れたことがない子たちにも分かりやすい絵本タイプのものを、紙芝居に落とし込んだものだ。この紙芝居は、ここ数カ月で良家の子女教育のために徐々に広まりつつあるものだ。
絵本での読み聞かせを考えていたところ、助祭補の一人が彼の妹のための紙芝居をもってきたのだ。ありがたく借りた。ついでに感謝状リストの上位に挙げておいた。
まぁ、そんなことを告げたら、紙芝居がたくさん寄進された。金持ちというやつは、と思ったが、ありがたいことでもあった。
――あそこで美味しそうにごった煮を食べている子供たちは、どんな顔をして「ライト=サリスと四人の勇者」の話を聞くかな。これはワクワクするなぁ。
マンバはそんなことを思いながら、助祭補達が一生懸命に行っている炊き出しの様子を眺める。
――猊下はどこかで見ていないかな。あの話を聞いて感動した子供たちに本物のライト=サリスを見せてやりたいなぁ。もっとすげえ、とんでもない人なんだから。
マンバはとてもワクワクしていた。
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