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シュシュトリとカンナ 第80話

 カンナ=シンバは戸惑っている。


 後宮女官見習いとして働き始めた。勉強することが死ぬほどある。


 実のところ、何もわからない。礼儀も文字も計算も、すべてだ。話すことはできる。でも口の利き方は知らない。

 20年生き抜いてきたので、多くのことを知っているという自負はあった。危険な裏路地の歩き方、暴力に巻き込まれたときの対処法、ハッタリによる自分を守る方法、不味いごみに近い食材をそこそこ食べられるものに仕立て上げる料理法。金儲けの大丈夫なラインと危険なライン。


 どれも役に立たない。


 彼女が現在住むサンスース大聖堂と教皇庁に危険な裏路地など存在しない。暴力に巻き込まれることは皆無。伝説の大魔王やら禁忌の皇后やら前魔王やら魔族やらが普通に歩き回る場所である。巻き込まれたときは死ぬから意味がない。ハッタリは効くわけがない。出てくるのは高級食材ばかり。金儲けはしなくても今まで必死で働いた3倍から5倍の給金がもらえるらしい。


 ――あたしは猿。ここでは猿。最弱にして、最低ライン。


 働き始めて2,3日は『もしかしたら教皇猊下のお手付きになるかも』とドキドキしつつも『あの三人に挟まれたら死ねるなぁ』というありもしないことにゾッとしたりした。


 ところで最近、全くよくわからないが、なぜか隣に寝ている方がいる。


「おはよう、カンナさん」


 この方は上半身裸、下半身は蛇、ラミアという種族の魔族だ。亜人族に属する。


「シュシュトリ様、おはようございます」


 この魔族の外交補佐官は魔国の貴族で、両陛下の友人である。カンナからみたら年下であるのだが、シュシュトリが醸し出す雰囲気が大人の女性だ。


 シュシュトリが服を着て、部屋の椅子に腰かける。カンナの自室であるが、当然彼女が過ごしてきたどの部屋よりもきれいだ。


 シュシュトリのために部屋でお湯を沸かして、紅茶を入れる。今まで白湯ですら贅沢だと思っていたが、ここに来てからは紅茶やら麦茶やらが常備されている。使う量が少なくて薄いと怒られたりするが、ぜいたくに使うことができない。


「ありがとう、カンナさん」


 シュシュトリは優雅にお茶を飲む。


「ええと、シュシュトリ様は外交補佐官として何をされているんですか?」

「そうね、情報収集よ。目下のところは、カンナさんと仲良くなって、どんな人かレポートに挙げれば十分に仕事を果たしていることになるわ」

「私ごときのことをレポートに書かれるのですか?」


 情報収集していることを隠さないばかりか、自分のことを調査中だという。なんと無駄なことを、と思う。隣国出身の貧しい身分である自分を、魔国の外交補佐官がわざわざ観察しているという。


「ええ、どんな人であっても――それは魔国にとって見逃せないことだと思うわ。だから十分に書く価値のあることよ」

「そんなもんなんですか」

「十分なことよ。お兄さんは特にプラローロ様の弟子になるのだから――十分すぎるくらいかしら」


 そこまで言うと、シュシュトリはフフっと笑った。


「そんな顔しないでよ。一応本当のことよ。でもね、魔国からしてみたら、こんな些細なこと――ごめんね、些細なんて言って。カンナさんたちのことですら、知りたくて仕方がないことなの。もうね、ジャリリのレポートを読んだ魔国外交府が驚愕したって言ってたわ。『プラローロの弟子がまた現れた』ってね。」


 カンナは、自分の兄は確かに多少価値のあるニュースかもしれない、と思う。教皇ライト=サリスの曲がりなりにも舎弟と認められている。オゴタ=ハン国への足掛かりとなったのも兄の功績の一つだと言われている。


 だが、と思う。


 ――みんなは忘れているんじゃない?それとも目をそらしているのかな。とにかくすごいのは猊下なのに。


「猊下についてのレポートを上げた方がよいのではないですか?」


 カンナは言って、教皇ライト=サリスを思い浮かべた。まるで災害、まるで生きる外圧、そこに存在するだけで他者は圧倒される。ハプーナ族との交流だって同じだ。教皇ライト=サリスに言われたら飲まざるを得ない。


 ハプーナの族長はよくやったと思う。完全に腰が引けた状態で、腰が引けているということを強みにして『私は腰が引けてますよ、あなたのせいで!』と言って、ギリギリのラインで勝負した。


「猊下ね、そうね、猊下は――あれはもう無茶苦茶よ。もう別のモノよ。魔国の学園に入学直前から知っているけど、無茶よ。無理よ。もちろん魔国にはライトの言葉は全部送っているし、奥方お三方の動向は逐一報告を上げている」


 カンナは少し驚いているとシュシュトリは苦笑して、続けた。


「ああ、許可は得ているわよ。当たり前じゃない。スパイじゃないんだから。ここだけの話、私はいつだって亡命できるわ。あの二人には命を救われているからね、誰よりも恩義を感じているのは私。あの二人を敵に回すくらいだったら、味方になるわよ」


 あなたもそうでしょう?とシュシュトリが笑うので、そりゃそうだ、と思う。オゴタ=ハンが敵になるならカンナは間違いなくイル教国につく。下らない疑問だ。恩とかそういう以前に負ける方についてどうする、という問題だ。


 それほどまでに圧倒的な相手。


「まぁ、なんていうの。いろいろ建前はあるけど、私だってイル教国に近い年頃の友達が欲しいわけよ。ね、カンナさん」

「そうなんですか?」

「え、ええ……そうなのよ……」


 カンナは「ふーん、大変だな」と思いながら聞いていたが、ん?と妙な引っ掛かりを感じた。ずいぶん、ぼぅっとしていたが、ハッと気が付いた。


「あ、すみません!ちょっと理解できなかったんです!」

「いいのよ――で、今日は聖都巡りに付き合ってもらっていいかしら?」

「もちろんです。エミー様に了解をいただいてきます」


 カンナは一抹の申し訳なさを感じて部屋から飛び出した。


 どうやら、シュシュトリはカンナに友人なれと言っていたようだ。カンナとしては魔族とはいえ貴族様からそんなことを言われるとは思っていなかったので、反応が遅れてしまって微妙な空気になってしまった。


 ――なんだかあたしも出世したものね。


 兄が居なければたぶん生き残ることは難しかった孤児時代。つい先日までは、その延長みたいな感じだった。今はお給金も貰えて、豪華な部屋にも住まわせてもらっている。ありがたいことである。


 どうやら貴族の友達もできそうだ。なんだかとても楽しい。


 ☆


 実は最近、教皇庁や教会内部で少し話題に上がったことがある。あまり教会のシステムや一連の慣習について興味を示さない教皇ライト=サリスが、神ごとのの教会や神殿に任されている助祭の任用に口を出したり、それがかなえられないとなると恫喝して希望を通させたという。


 しかもイル教としては、かなりどうでもいいレベルの人事であり、裁量権を侵犯してまで行うことではない人事だったという。


 カンナもそのことについては話を聞いていたし、事実であることも知っている。ジャロロが夜中に女子会をしている席で首を捻っていたからだ。


「まぁ、そのことも驚いたのじゃが、すこし我が旦那様は雰囲気が変わったと思わぬかの?」

「そうですね、ジャロロ様。私がゼナの街で意識不明になった後から少し変わった気がするのですが――ただ、基本は相も変わらず優しい猊下です」


 2人の妻もライト=サリスの動向首をかしげていた。プララはどう考えているかカンナには理解できない。シュシュトリもその場にいたので話は聞いていたはずで、興味を示していたことも事実である。


「そう、私としてはそのハードンの使徒の助祭就任は、ちょっと調べておかなければならないことだから、手伝ってほしいな、と思って」


 ラミアのシュシュトリはとにかく目立つし、初見の人であったらとても驚く。人族の国であるイル教国では調査活動には向かない。カンナにサポートを頼むのも無理はない。


 もちろんこれは違法な情報収集ではない。少なくともエミーとジャロロは了承していることなので、問題はなかった。


 2人は聖都イルスのカフェに入ってブランチを食べながら、打ち合わせを行った。周りの人はシュシュトリをチラチラ見ているが、外交補佐官の証明書を首から下げているので、それ以上踏み込むことなく納得している様子だ。


「まぁ、こういうチラチラは実は魔国でもあるのよ。いろんな民族が集まっても、この下半身が珍しいらしくてね。私にしてみたら牛の頭を乗っけておいて、なに言ってんだってこともあったわよ」

「そうなんですね……」

「そもそも二足歩行とか、とても不思議よ?」


 そう言って笑う。

 カンナにしてみると、あまりにビックリ人間大集合の世界だったので、シュシュトリのラミアボディくらい「そういうこともあるわよ」くらいしかなかった。


 目の前を歩く、というか、進むシュシュトリを見ても同じ感想。


「静かに進めますよね、それ」

「そうね。冒険者をさせられていた時も狩りの時に役に立ったわ」

「貴族でも狩りをさせられるんですね」

「ライトが義務付けたのよ。今や三つの魔校のカリキュラムに必ず入っているわ」


 こちらを向いてげんなりした顔を見せる。


「私、2年半でBランクまで上げさせられたから――」

「超一流じゃないですか!」

「仕方ないじゃない。あの天才2人が後輩なのよ……」


 冒険者ランクB。国家からも声がかかるランクであり、Cランクで一流と言われる世界なので、超がつく。Aランクはもはや伝説、Sランクは世界に数人だという。


 教皇ライトと皇后プララは公式にSランクとAランクを取得している。まぁ、5賢人に列せられる人物は、非公式ながらSランカーと言ってもいい。


「私も普通の魔校の制度の中にいたら、生涯Cランカー止まりだったと思うわよ。プラローロ師匠の元で修業をさせられたら、意識も変わるしそれ以上に動きも変わるわよ」

「お兄ちゃんも、そうなるんですかね」

「戦闘力はさほど上がらないけれど、技術関係は間違いなくオゴタ=ハンで随一の人材になるわね。ご愁傷様」


 ご愁傷さまはそういうところに使われる言葉ではない。


「ご愁傷様って――」

「ご愁傷様よ。お兄さんにとってね。ああ、大丈夫。カンナちゃんは結果だけしか見ないだろうから」


 兄はいったい何をさせられているのだろうか、とカンナは首をかしげる。それを見たシュシュトリは、修業を思い出したように顔を青ざめている。


 そんな話をしていると、話題のハードン神殿に到着した。


 これは、と思う。


「なんで、こんなに子どもたちであふれているのかしら」


 シュシュトリが疑問を口にする。カンナも同じ疑問をもった。


 明らかに浮浪児と思しき子たちが、ハードン神殿の前に整列させられている。中心となっているのは、どうも件の人物らしい。


 ただ、どうみても、彼自身も浮浪児と変わらないような年齢である。


「なんでライトはあの子を助祭にしたのかしら」


 シュシュトリがぼそりと呟いた。カンナも同意見である。


 その理由を彼に聞いてみたい。


 シュシュトリとカンナはそのために来たのである。


読んでいただきありがとうございます。


夏休みのお子様たちはのこり19日ですね。自分は親として頑張っていきたいと思います。

こんなに中学の頃、宿題合ったかなというレベルの宿題の量で、子供が頑張っていますが、みなさんどうなんですかね。そろそろ頑張らないと(頑張らせないと)苦しいかもしれません。

ちなみにおっさんはそこそこたくさん仕事を抱えて後回しにしてちょっぴり苦しんでいますが、まぁ、夏なので何とかなると思います。


関係ないですが、カクヨムで「小学生のあたしは気高き男の娘なので。」の掲載を再開しました。最新話は「ええっと。せいつう?」です。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885949540/episodes/1177354054886688935

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