俺の妹がこんなに怖いわけがない、こともない 第77話
しっかり下茹でされたジャガイモとワイルドボアの肉の上に、ホワイトソースとチーズがまんべんなくかかり、オーブンで焼き色を付けられた料理、つまりグラタンをエミーが取り分けて俺に出してくれる。俺が個別の料理というのがあまり好きではないので、二人分を作って取り分けてくれる。
スープはコンソメ系のジビエスープ。パンはちょっと硬めに焼かれた黒パン。
教皇であるが、別に高級感のある食事を欲していない。ほんの少し、他の家庭よりは高い食材を使っているが、俺はできるだけ嫁さんの手料理を食べたいと思っている。
「そうか、まだエミーは会っていなかったな」
「はい、私の場合、嫁ぎ方が些か特殊でしたから」
エミーの部屋で夕食を2人で食べながら、俺達は次の休みにどこに行くかの話し合いを持った。帝都に里帰りしてもいい。良い思い出もないかもしれないが、かつて住んでいたパリス領都に行くのもよい。いっそのこと魔都、エルフ領主座なんていうのも面白いかもしれない。
だが、エミーの希望は俺の故郷ゼナの街だった。
「お義父様、お義母様にもお会いしたことありませんから、あの、一度ご挨拶を、と思っていましたの」
「そりゃ、喜ぶよ」
サリス本家はいまいち自由闊達な精神というか、もともと平民であることも踏まえて、帝室に対する尊崇の念というのは低いのだが、お爺様のマリエント男爵家にとっては雲上も雲上。騎士爵という末端の貴族が長かっただけに、逆に忠誠心は侯爵に劣らぬと公言してはばからぬほどだ。
そういえば俺に誰の子かわからない赤ちゃんを妊娠しているエンデを引き取れ、といったのもお爺様だった。酷い話もあるものである。
まぁ、そうはいっても、エンデの不倫相手であるジルベスター・キッキン伯爵夫人であるエミーと結婚したわけだから、さして結果は違わないが。
「ジャロロ様には、レティさんには気をつけろ、と言われましたが――」
「うん、気を付けた方がいいな。あいつを怖がっているのはジャロロだけじゃない。師匠もイル様も畏れている」
「レティさん、いったいなにもの、なんです」
エミーが顔を引きつらせて聞いてくる。さすがに『あれ、創造神サンスースの出先機関です』とは言えない。
「俺の妹。ついでにエミーが住んでいたあの町の今や実質的な支配者。その他の情報は禁忌扱い」
「イル教の最重要機密ってことですか?」
「ちがう――イル教はこの指定に関係ない」
話ながら、チリチリとした感じを受ける。ジャロロに同じように話した時は神の禁忌に触れる感じはなかったが、エミーにはある。つまり神の禁忌は人によるのだ。
「まぁ、基本的には自由奔放で、道理をわきまえていはいるが空気は読まない。驚くほどにブラコンな妹でな――」
「その上、イル教国の誰もが恐れているのですね?」
「ああ、そのことをレティに告げるのは禁止。世界が崩壊してもおかしくない」
俺はいたって真面目な顔で言ったが、エミーは真意を測りかねているようだった。
「冗談ですか?」
「冗談じゃないし――これ以上は話せない」
俺が頭を振って否定すると、エミーもそれ以上は触れてこなかった。
「私は皇女でしたから、人とは違う人生を送ってきたという自負と自責の両方あります。普通の家に生まれれば、凡庸な私などは、凡庸にいきていくだけでしたが」
「凡庸ではないさ」
「猊下はいつもそういって私を褒めてくださいますが、美人でもなく高い魔力ももたない私が、皇女である以外の理由で猊下のお傍にいることなどできませんもの」
その面は否定できない。が、そんなものは過程でしかない。
「でも、猊下はもちろん、私の今の周囲には『皇女』であることが普通に思えてしまうくらい、とんでもない生き方をされてきている方ばかりですね。少し考えてしまいます」
普通でないことを受け入れてきたが、完全に普通でない人間に囲まれていて、アイデンティティの揺らぎを感じている、ということか。
「レティは普通でない存在だが、普通に生きているんで、参考になるかもな」
俺はそういって炭酸水の入ったグラスを少し掲げて見せた。
「ええ。プララが『面白い子ですよ』とも言っていたので、少し楽しみでもあるのです」
「大丈夫――たぶん」
☆
「んで、エミー様、私に何か用ですか?」
我が妹レティに第一声がこれである。
次の日、俺たちは魔法陣による転移を行い、ゼナの街のサリス商会の屋敷についた。父さんと母さん、それから生まれたばかりのクルスが出迎えてくれた。
と言っても到着先は俺専用の部屋であるし、出迎えたと言っても屋敷の応接間に待っていた形だった。当然連絡はしてあったので、レティもいるかと思ったが、いなかった。
母さんがクルスを抱っこしながら、「エミー様には失礼のないようにっていったのですが、申し訳ございません」と頭を下げた。
「お義母様、私は猊下に嫁いだ身ですので、様をつけられては困ります」
エミーは恐縮した。そういったお決まりのやり取りがあった後、我が家でのエミーの呼称は『エミーさん』と決まったようだった。
それが決まった後だった。どこかで見ていたに違いないレティが不機嫌そうに入ってきた。
「んで、エミー様、私に何か用ですか?」
「あ、いえ、私もプララやジャロロ様と同様によろしくお願いしますとご挨拶を」
「左様でございますか。私はサリス伯爵の妻で、レティス=サリスです。どうぞよろしく」
ツン、とした雰囲気。エミーがちょっと困った顔をしている。
「レティ?何か言いたいことがあるのか?」
俺が助け舟を出すつもりで話を振るとレティは大きくため息を吐いた。
「ジルベスター・キッキンは私にとっては大逆の徒以外の何者でもないわ。その妻であったあなたが、お兄ちゃんの嫁になったことが正直気に入らない。ついでにあなた程度がお兄ちゃんの横にいるのも気に入らない」
「――それは」
「あなたが被害者であることも知っているし、成り行きなのも知っている。でも心情的な部分で許せないのよね。あなたはただ皇女であるだけよ」
エミーが危惧していたことをレティは的確に指摘していた。
「ただ皇女であるだけ、ということがどれほどのことか理解をしているのかい?」
クルスを抱きかかえた父さんが口をはさんだ。
「――帝室に生まれたものの責任、自覚、ふるまい、それらを生まれた時から学び、体に染みこませてきている。キッキン伯爵のようなよく知りもしない下種な男に下賜代わりと言わんばかりの待遇で嫁がされた。たしかにエミーさんは魔力も特別な力もないだろう。だが、それがなんだというんだ?」
「でも、ただの人なのよっ?!」
「強大な魔力を持った人間が価値があるわけではない。敬意は強さにだけ払うものでもない。私が考えるに、ライトに愛情を持ち、多くの経験の中で人間的な魅力を身に着けたエミーさんは、十分素晴らしい嫁であると感じるがね」
「お義父様――」
「……ああ、もうっ、」
レティは父さんに諭されて、ふぅっと溜息を吐いて頭を振った。
「わかったわよ。ええ、見苦しい嫉妬であったわ。ごめんなさい、エミーさん。ちょっとお兄ちゃんの相手が人外の化け物ばかりだったから、拍子抜けしてたのよ」
「レティさん……」
「レティでいいわよ、エミー姉さん。そうね、ええ、仲良くしましょう。お兄ちゃんを裏切らない限りは私は味方よ」
レティは右手を差し出した。エミーも驚きながらも手を差し出して握手をする。するとレティは手を握った瞬間に、にたぁと笑った。
「ふふふ、久しぶりに神聖術の囁きが聞こえるわ――」
「なんですか?」
手を放さずに笑うレティにエミーが困ったような顔で聞いた。
「ああ、大丈夫、エミー。レティはSランクの神性術師なんでな、法適正の導きってやつがたまに発動するらしい」
プララはSランクの魔術師として法適正の導きを受け、1人でダークマニフェストを完成させている。
「え、ええ」
「ふふふ、エミーさん!あなたの未来が見える――神を騙るものが神を討たんとするときに神を守るもの――ですって。神とはお兄ちゃん!それを守るものがあなたなのよ!」
口をパクパクしながらエミーが俺とレティを見つめる。
「いいわ。今なら心からあなたをお兄ちゃんの嫁として認められるわ!」
「私が、守る者、ですか」
俺の眉間に皺が寄る。神と聞いて真っ先に現れるのは当然サンスースの化身であるレティだ。神を討たんとする神を騙るもの、ってなんだ、と思う。
「おめでとう、エミー姉さん!たくさん子を産んでね!」
「あ、ありがとうございます……」
戸惑うエミーに母さんが申し訳なさそうに言った。
「すみませんね、エミーさん、この子、昔から極端なお兄ちゃん子だから、プララさんの時も前日はすごく荒れていたし、ジャロロ様もずいぶん虐めたみたいだから、通過儀礼みたいなものなの」
「なっ、母さん、そんなこと言わなくていいじゃない!」
「事実よ。お腹に子を宿してもお兄ちゃん子はなくならないのね」
父さんが違いない、と言って笑って、俺も一緒になって笑った。エミーも母さんも笑っていたが、レティは顔を真っ赤にしていた。
だが。
俺は思う。
神を騙るものが神を討たんとする。それをエミーが守る?いったいどういうことなのか。
それはあってはならないことだ。
そんな芽があるなら全力でつぶす。世界のためではなく、兄として許せないからだ。
お盆休みになりました。
座椅子も買ってたくさん書けるように頑張ります。
少しずつ佳境に差し掛かりたいと思っています。
亀仙人かもしれませんねぇ。
読んでいただきありがとうございます。




