ある男と女の物語 第78話
ゼナの街では、エミーと連れ立って歩くと俺達を取り囲むように動く人だかりができた。町で最も有名な人物である俺と、皇女であるエミーの組み合わせは強烈のようだ。
俺は港町のゼナを案内して歩くと、エミーは物珍しそうに頷いていた。同じ港町と言っても聖都イルスと田舎の港町では持っている雰囲気が違う。
「安いがうまいコロッケだ。何度も食べに来たなぁ」
俺は広場のコロッケ屋で小さいころに買って食べたコロッケを二つ買い金を払った。
「猊下!皇女様にこんなもの食べさせていいのかい?」
コロッケ屋のおばちゃんがちょっと困ったような顔でコロッケを渡してくれる。
「何言っているんだよ、おばちゃん、エミーが食べたいって言っているんだから、いいんだよ」
「そうかい?」
「ええ、私が猊下が子供のころにお食べになったこのコロッケを食べたいと言ったんですよ」
「皇女様に食べてもらうなんてことがあるんだねぇ」
と、しみじみと言うおばちゃん。
エミーが一口食べて「美味しいです」と言ったので、「皇女様のお気に入りとして売り出してもいいかしら」とおばちゃんは笑った。
カフェでランチを食べたあと、マリエント男爵家にも顔を出した。
先触れというか、近くで見守っていたお爺様の使用人に伝言を頼んでおいたので、お爺様は門の前でニコニコした顔で待っていた。
「マリエント男爵家においでいただき、心より感謝申し上げます、皇女様」
「いえ、マリエント様、私はあくまでも猊下に嫁いだ身。今はサリス家の妻のエミーです。どうぞよろしくお願いします」
恭しく頭を下げるお爺様に、エミーは優雅に礼をして返した。
「はっ、ありがたき幸せにて――」
「お爺様、外で長々とあいさつするのは止めませんかね?」
「ライトよ、お前はそういう無礼で無粋なところを直さんか。皇女様をちゃんとお連れしろ」
無礼って、俺は教皇だけどな。まぁ、お爺様が俺を蔑ろにするのは今に始まったことではないし、別段嫌な思いはない。お約束の遊びみたいなものだ。
「いやいやいや、お爺様、この中で一番偉いの俺だからね?隣国のトップだよ?ついでにこの国でも侯爵位を持ってんだからさ」
「ならばわしがお前の祖父なのだから儂の方が偉いのぅ」
かっかっかと笑う。
無茶を言うな、と俺は苦笑するとエミーは笑って俺の手を取った。
「ふふっ、ちゃんとエスコートしてくださいっ」
「はいはい、奥様、こちらへどうぞ――」
俺達は夕食をマリエント男爵家で頂いた。お爺様はエミーに俺の自慢話を繰り返し話し、伯父様達に呆れられつつも、楽しそうに酔っぱらっていた。
夕食を終え、マリエント家を惜しまれながら後にした。
夜のゼナの街を二人で並んで歩いた。少しお酒も入っているエミーは、夜の闇に少し気持ちが解放的になったのも手伝って、俺に腕を絡ませて歩く。
「猊下、楽しい時間をありがとうございました」
「お爺様な、本当にうれしかったみたいだな」
「レティさんにただの皇女と言われましたけれど、皇女として私を喜んでくれることはうれしい、というか、ホッとしますね」
皇女であることは、当然彼女を構成する要素の一つである。好むと好まざるとに関わらず認められることが必要なのだ。
俺達はゼナの街の港にやってくる。世界でも有数の貿易港であるゼナの港は眠らない。当然、大灯台と各所にある魔力光によって夜景が美しい。
その夜景を見るための高台も整備されている。いつもは人気のスポットであるが、俺たちのために立ち入りが制限されている。俺の評価でみるかぎり、周りには教会暗部の皆さんも含めて人が一人もいない。完全に封鎖されている。
「きれいですねえ、こんな贅沢に光を使って」
「ああ、俺が産まれて、7歳までいた街だ。もっともこんな整備がされたのはサリス商会とエルフ領が交易で結ばれた後だから、俺が出て行ってからだな」
「そんなお小さいときから……あまり記憶がないんじゃありませんの?」
エミーが驚いたように聞いてくる。
「実は0歳のころからちゃんと記憶がある」
「0歳から――」
「うん、何度も生まれ変わったけれど、赤ちゃんの頃から記憶があるのは今だけ」
記憶はあれども、身動きは取れないあの1年はホントに苦しかった。なにせ暇。レティが隣にいなかったら、耐えられなかったかもしれない。
「――猊下は世界の中心であり、傍観者なんですね」
なんだか難しいことを言い出した。教皇という立場、俺に与えられたスキル、たしかに俺は世界の中心にいる。
だが、傍観者?どういうことだ?
「ん?どういうこと?」
「私たちはこの世界の記憶しかありません。この世界、今の人生がすべてです。どうやって生きても、どんな経歴をたどっても、今の世界がすべて。ジルとの結婚生活もなんだかわけのわからないままに走っていた領地経営のころも、猊下との夢のようなこの瞬間も、一度限りの大切な、今」
港の高台の手すりを持ちながら、エミーがこちらを向いて俺を見据えている。少し目が座っている。
酒を飲みすぎたのかな。
「いや、俺もそうだが」
俺にとってもこの世界はとても大事だ。今までの世界でとても大切だ。
「いえ、猊下は世界の存在とは明確に立ち位置を異にするもの、その上で世界の命運を手にしている」
「師匠にも昔そんなことを言われたな」
「プラローロ様は喜びました?それとも怒ってました?」
言ってくすくすと笑うエミー。なんだか雰囲気がちょっと違う。端的に言えば別人っぽい。
「怒りながら笑ってた、気がする。最近はちょっと違う気もする」
最近の師匠はそれらを少し超えている。雰囲気でいうと隠居している感じ。
「私は皇女です。それは捨てたい思いもあれば、誇りでもある。皇女としてでなく私を見てほしいという思いもあれば、それを否定されたくもないのです」
相反する気持ち。だが、どれもがエミーを構成している要素であろう。
「ああ。それはなんとなくわかる」
俺にしてみても教皇であることを煩わしく思うこともあれば、尊重されなければ腹を立てたりもする。
「プラローロは世界の中心でした。歴史を紐解けば、いえ、神託の御子がアッティラの帝都に現れる数年前までは間違いなく、最上位の存在でした」
「まぁ、五賢人の中で最も世界に関わっていて、世界を作ってきた人だからな」
師匠は世界の形を変えてきた。その類希なバランス感覚と高い能力、そして固有のスキル神罰によって、イル教を作り、発展させ、宗教も、政治も統合させつつ発展させてきた。
しかし、ちょっと何かがおかしい。またエミーの雰囲気が変だ。
「でもプラローロよりも、ええ、失礼ながら上位のあなたが現れた。何もかも塗り替える超越者。ことここに至ってはあなたを無視して世界は成り立たない」
「そんなことはないだろう?」
「たとえばあなたはこの星を評価できますよ?この星の評価を書き換えることができますよ?固定もできますよ――あなたの思惑一つで世界は変わる」
強烈な違和感。なんだこれ。おかしい。俺の評価をなんでこんなに正確に分析できている?魔力も何もかも普通の人間であるエミーが――
「いや、そうだが、エミー?」
「しかもその神託の御子であるあなたは、この世界の人間ではない。魂は別の世界からやってきたもの。傍観者とはそういうこと」
「ちょっとまて」
俺の静止が効かない。瞬間的に彼女を評価する。した。
「わたしはすべての世界をあなたのために用意して、あなたとわたしの地を選び抜いた」
「――」
ことここに至って、俺は相手を完全に理解する。相手をみる。もうエミーには、みえない。エミーは、そこに存在しない。
「あなたのためにすべての世界は存在した」
思い出す。いや、思い出すことができるようになった。
「あなたのためにすべての世界を踏破した」
よみがえる。いや、よみがえってきた
「あなたのためにすべての世界を蹂躙した」
ああ、なるほど。そうだ。そうだった。
「三千世界のかなたの今が、あなたにとっての、そしてわたしにとっての最後の楽園。すべての可能性とすべての分岐を踏破して、手繰り寄せたこの世界」
「ああ、そうだな。――そうだったな」
記憶が摩耗していたといったな。あれは嘘だ。摩耗していたように見せていただけだ。
これまでの記憶を持って転生したといったな。あれは嘘だ。すべてもっていたように思っただけだ。
封印していたすべての記憶を――
すべて、思い出してしまった。
なんだろう、少し残念な気持ちと、晴れやかな気持ち。
「ともに最後の最後まで歩んでまいりましょう」
「ああ、無事に形はできた。最後のピースで俺たちの世界は完成する」
「わたしにしてみれば、あなたが最後の欠片」
「俺にしてみれば、お前が世界のすべて」
他に何もいらないほどに、俺たちは一つの存在。
「「三千世界の鴉を殺し、ぬしと朝寝をする世界」」
これは、最後の世界でともに歩む男と女の、物語。
やっと80部ですね。
突然節目の話的な感じですが、まだ、終わるわけではありません。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ちなみにこの物語は悲劇が苦手な作者が書いています。




