聖都でデートでもしようじゃないか 第76話
聖都イルスは文字通りイル教のサンスース大聖堂を中心に建設された人工的な都市である。といってもその歴史は数百年に及び、伝統と歴史ある古都然とした景観である。
サンスース大聖堂の南の広場を道の起点として半円放射状に道が伸びており、多くの神々を祭る地域、商人が集まる地域、人が居住する地域、巡礼者が寝泊まりする地域など、雑多な人々が少しずつかかわりあいながら生活している。
俺とプララはどこの街にもいるような若い夫婦の格好をし、赤い髪を目立たせぬよう帽子を被った。
「ふふん、まぁ、よかろう」
ジャロロは笑みを浮かべてそう答えた。俺達をエミーとともに2人して送り出してくれる。
「そりゃぁ、ジャロロ様はいろいろなところへ猊下と旅行なさっているからです!」
「エミーよ。心配するでない。あ奴ならばあと一日くらいはあけられるであろうよ。プラローロの魔道具によって、帝都、魔都、エルフ自治領主座、イルス、どこであっても今や瞬時に移動ができる。たまにはお主も付き合ってもらえ。のう、お前様、問題あるまい?」
俺は片手をあげて了解の意志を示した。
「では、ジャロロ様、エミー、一日ライトをお借りしていきますね」
「くははは、我らの旦那様はもとより皇后であるお前のものじゃ。嫉妬するほどあほらしいこともあるまい」
「いってらっしゃいませ、お帰りをお待ちしています。猊下、プララ」
2人に送り出されて、俺たちは出かけた。
「最初は服でも買いに行こうか?」
「ええ!まだ目立ちませんが、お腹が出てきたら着る服がありませんから!」
実に上機嫌。こんなに機嫌がよくなるなら、もっと出かければよかった。俺達はイルスの商業地域を回っていく。
「あれが最近とっても評判のいいマタニティの専門店です!」
マタニティ専門店なんてのができるということは、今のイル教国が平和であることの証左ともいえる。
「あ、あなた!これとってもかわいいです!」
「いいね、それ買いなよ」
「はい!」
値札を見ると銀貨が何枚も飛んでいく値段だ。だが、それくらいの財力が俺にはある。
「お、お客様、大丈夫でしょうか――?」
あまりにも高額商品をさらりと買っていくので、店員――名札を見ると店長と書いてある――が、心配そうに声をかけてくる。
「ああ、大丈夫」
俺は財布を見せて「それくらいは大丈夫な金額があるよ」と答えた。
これはプララと学生時代に冒険者ギルドで買ったものだ。金を入れるということに関しては無尽蔵に近い容量を誇り、これだけでも銀貨2枚はする。
「失礼しました」と店長は畏まった。
見るものが見れば、この財布を持つ者がどれくらいの金を持っているかはわかる。ブランドではないが、一流の冒険者の証でもある。
「しかしお客様、お目が高いです」
「そうかい?妻が楽しそうに買い物をしているのが嬉しくてね。金は気にしなくてもいいから、と言ってあるんだ。いいものかどうかは、正直分からなくてね」
「お客様、当店は新進気鋭のデザイナー、ミリィ=マリエントが自身の妊娠を機に作ったブランドショップです。世界初の総合マタニティブランドですから、妊婦様にとてもやさしいブランドなんですよ」
そうかぁ。ミリィ=マリエントかぁ。
――母さんやん!!
「へ、へえ。そうなんだ」
「アッティラ新帝国では、空前のマタニティウェアブームでして、その火付け役として他者の追随を許さないブランドがこのミリマリなのです」
母さんも商売しているなぁ。しかし、プララが見てよいもの、というのならば本当に良いものなのだろう。
「あら、これ、お腹がすっぽり覆う形になっていて冷えない仕様なんですね」
「ええ、奥様、ここに緩やかにゴムが入っておりまして、お腹が目立ってきてもずり落ちない上に、締め付けない仕様になっています。妊娠中期から後期にかけて、もはや必須とも言える逸品ですね」
「そうなんですね、こちらも頂きますわ」
俺も「それいいねえ」とか、いちいち返しておいた。
母さんが作ったブランドであるならなおのこと、金を払っても問題ない。一部の収益はサリス家のものとなっていくのだ。
インナーもどんどん購入していく。袋の山ができたが、俺にはアイテム袋がある。店長がその袋を見てまた驚いていた。
「それは!エルフ謹製の状態保存のついた120㎏のアイテム袋ですね!ああっげ――っと、いえ、なんでもございません。買い物をお楽しみいただけたご様子、我々光栄に思います」
買い物を終えると、店長は俺たちを店の外まで送ってくれた。
「お客様のまたのご来店を心よりお待ちしております」
と、店長はうやうやしく礼をする。この店だけで金貨数枚分は使ったが、問題はない。良いサービスの店だ。
「いい店ですね」
「ああ、店長は必要以上にこちらの事情に突っ込まない。今のは中々できることじゃない」
「お義母様のブランドですしね」
クスクスと笑うプララ。
「ああ、わかったかい?」
「エルフは耳もいいんです。でもほんと、お義母様の作品には気品があります。さらには機能性商品としての合理性も担保しているんです。これは間違いなくイル教国でも流行りますよ」
「ああ、公の場に出るフォーマルのマタニティウェアも購入してくれてたな。宣伝に貢献してくれてありがとう」
こちらの世界ではマーケティングの概念も薄いので、ステマもし放題だ。プララがマタニティウェアを着て公式の場に臨んだら、爆発的に売れるに違いない。
俺達はそんな話をしながら、カフェに入って話をしたり、レストランでイル教国南部料理を食べたり、ちょっと気が早いな、とか思いながらベビー用品を購入したりして、イルスの街をデートした。
イルスの街は全体的に治安が良い。歩いていても緊張する場面がない。
もちろん世界の宗教の中心国家の首都なわけだから治安が悪くても困る。実のところ最大の要因は多くの神殿が、孤児や浮浪者を引き取っているからだ。
イル教国の中心で、慈善事業をすることによって寛容な精神を見せ、少しでも信者からのお布施を引き出そうという算段である。
また、最高神サンスース大聖堂も、そう言った慈善事業をしている神様の神殿にお布施額の分配を行っている。
余談ではあるが、お布施金額が最も多いのはサンスースを祀る大聖堂である。最高神だから当たり前であり、その財力は圧倒的である。他に人気があるのは大地神、火神、水神といった実用的な神様が人気がある。
逆に圧倒的に人気がないのは破壊神。神格としては創造神のサンスースに並ぶ唯一の神らしいのだが、呪いの類も魔術の類も使わない神ということもあって、必要性がないということらしい。各地の教会は創造神サンスースを中心とした多神教イル教の末端組織であると同時に、それぞれがそれぞれの神をまつっている。
多くの人間が『まぁ、よくわからないけれど参拝はとりあえず近くの教会や神殿に行っておくか』的な感じで、それほどこだわりがない。ここらへんは日本の神道に似ている。ただ、その教会や神殿に所属する司祭や助祭連中は、しっかりとしたこだわりをもって活動している。これも当たり前のことか。
俺はこれを機会にそちらの区域を見ながら帰ろうということになった。
一軒一軒、尋ねてお参りをしてお布施を置いていく。もう日が傾きかけているということもあって、あまり参拝している人はいない。だが、どの教会や神殿でも俺たちが入って見ると、ピリッとした空気があたりに漂っていた。
――うん、完全にバレていますな。
もしかしたらどこぞから通達が言っているかもしれない。
明らかに教会関係者は、俺とプララのことが分かっている様子だったが、決して平伏したり、そのことを指摘したりしない。ただし金貨を1枚ずつ渡していく時だけは、どの神殿や教会でも『なんという志の素晴らしきこと、きっとあなた様は貴い魂をおもちの方でありましょう』と褒めたたえようという姿勢を見せた。
教皇の抜き打ち検査じゃねえよ、と思う。
すこし茶番が続いてうんざりしていたが、その中で面白い神様を祭る神殿を見つけた。
最高神サンスースの像とその隣にあるのはトイレの神様だった。なんやねん、と思ったが、考えてみれば前世日本でも、水回りの神様のためにトイレに鏡餅とかお供えしたことがあった。
あんまり流行らないだろうな、と思ったが、実は需要は高いらしい。といっても特定の地域に教会や神殿がなく、ここイルスにあるのが唯一らしい。
それゆえに小さな子のトイレトレーニングなどで各地からお布施が送付されてくる。こじんまりしているが、少人数で運営されている上にオンリーワン。もちろん上位に進出はしないが、収益は高く潤沢な資金があるらしい。
俺たちの子供も当然お願いしたいので、金貨を3枚ほど渡した。
「こんなによろしいのですか?」
おずおずとこちらの顔色をうかがう。
「また生まれたら、正式に立ち寄らせてもらうから、頼みます」
「は、猊――いえ、お二人のお子様にトイレの神ル・バンの加護のあらんことを」
そういって神殿をでた。
どの教会や神殿もそれぞれに特徴があったが、どれも『しっかりとしている』という印象だった。しかし、唯一『ヤバくねえ?』と思わされた神殿があった。
その神殿が祀るは破壊神ハードン。神格の高さからか、もっともサンスース大聖堂に近い位置に作られていたが、見るからに手が回っていなかった。
「失礼する」
「あ、はい!」
中から出てきたのは10歳前後の少年だった。
「なんでしょうか。サンスース大聖堂でしたらここから先に行ったところです」
「ああ、いえ、私達はハードン神の参拝させていただきたいと思いまして」
プララがそう答えると、男の子はとても驚いた顔をした。
「え?ほ、ほんとうですか!?あ、でも、すみません。僕はここを任されているマンバオ=グエン=クオックと申します。マンバ、とお呼びください。ハードンの使徒ですが、こちらには助祭様もいらっしゃいませんので、儀式等はできません」
教会付きの子供たちはその神の名前+使徒と呼ばれる立場になる。
「マンバ1人で、ここを?」
「ああいえ、他の教会の方々にお世話を頂いてますので、何とかやれています。もっとも人を一人置いておかなくてはならないというだけで、参拝者もいらっしゃいませんので、これまで問題はなかったんです」
「ハードン神は人気ないんだな」
ここまで見てきた神の中でもっとも人気がない。
「僕は詳しくは知りませんが、ハードン神だけがここ数百年でその力が顕現していないと言われてまして。もつとも、破壊神様に顕現されても困る、ということですけど」
サンスースもあまり顕現されてないが、俺の結婚式で衆目の前で堂々と顕現しているので、大人気である。
「そうか、マンバくん、大変だな。これ、お布施だから、上手に使いなさい」
そういって俺は金貨2枚を渡した。もちろん教会関係者が金貨をネコババすることは神罰の対象なのでちゃんと上納されるはずた。
それとは別に銅貨で20枚ほどマンバに握らせて、おいしいものでも食べなさい、と告げた。
マンバは驚いていたが、頭を何度も下げていた。
「ハードンは人気ないんだな」
「仕方ありません。世界でもエルフ領のとなり、南部地域のごく狭いところで祀られているだけの神様ですから――」
「破壊神なんて活躍の場がないことがみんなの幸せ、ということか」
「ええ」
そんなことを話ながら俺たちはハードン神殿を後にした。なんとなく、今度、マンバになにか美味しいものでも食べさせてやろうと思った。
「今日は本当に楽しかったです。ライト」
「俺もプララが幸せそうな顔をしててすっごい嬉しかったよ」
「また、デートしてくださいね」
プララが本当に明るい顔で笑っていった。
俺は「もちろん」と笑い返してプララの手を取って大聖堂に向かって歩き始めた。久しぶりに純粋に遊んだ一日だった。
久しぶりにプララとのデート回+設定回でした。
読んでいただきありがとうございます。
そろそろ立秋ですが、暑い日が続きますね。お体ご自愛ください。




