演説とマタニティブルー 第75話
「こうして、ジャロロ様のお力添えにより、キエサル縦貫トンネルが完成したわけである。これにより、魔国と我がアッティラ新帝国は近くて遠い国から、真の友好国へとなっていくのである」
パリスが領都で演説をしている。俺とジャロロは上機嫌で話し続けるパリスを横目に見ながら、領民の表情を見ていた。一言でいえば複雑。商人らしき人間たちは、しきりに符丁を飛ばし合っている。若い男たちはみな目を輝かせている。子供を抱えた母親は不安な顔を隠せないし、旧体制派の老人たちは忌々しい目でパリスを見ていた。
「それでは、我が義兄にして、イル教の教皇であられるライト=サリス猊下に挨拶を頂きたく思います。兄者、よろしくお願いいたします!」
俺は席を立つときにジャロロにも立つように促して、彼女の背を支えながらともに前に立った。
「ライト=サリスです。教皇やってます。知っている?それはよかった。教皇といっても、自分は説法するわけではないのですよ。主に世界を改革することをしています。うん、そう変革。みんなが幸せに生きられるように。それが戴冠式でサンスース様から命じられたことなんですよ」
俺はフランクに話し始めた。今更フランクに話して侮られるような立場にないし、言葉を受け入れさせるならば身近に感じさせた方がいい。
「このトンネルもその一貫。皆さんも死ぬまでに一度見ておくといい。白亜の石に囲まれたそれは見事なトンネル。それが130㎞は続く。ここからダリアスの村まですべて真っ白な石造りのトンネルになったらすごいでしょ?それよりも長い距離がトンネルになっている」
周囲の人間から「ほぅ」と感嘆のため息が漏れる。
「それをやったのが、前少し紹介した俺の嫁さん。ジャロロ=ジャロ。この名前聞くだけで、ドキッとする人たち多くない? うんうん、そうだろ? でもね、うちの嫁さん、確かに大魔王なんだけど、ホントに心優しいいい女なんだよ。ほら、まず見た目がめっちゃかわいいだろ。これでも600歳なんだぜ? ああ、ちょっと話聞いてみたいよねえ? このアッティラの歴史を紐解いたら一番最初に出てきてもおかしくない人物だよ。そう、オーケー、じゃあ、ジャロロ、どうぞ!」
わぁっと、拍手がはじけた。ジャロロは戸惑いながらマイクの前に進んだ。
「ジャロロ=ジャロじゃ」
その一言で、あたりが割れんばかりの拍手が沸き起こった。若干演説台に背が足りないので、踏み台をもってきている。それもかわいい。
「まずは子供たちよ。それからかつて子供であった大人たちに告げる」
いったい、あの大魔王ジャロロ=ジャロが何を言うのだろうという思いが、会場を静まり返らせた。
ジャロロは周りを見渡した。皆の目がジャロロを見つめているようだった。そしてその言葉を待っていた。
「悪いことをしても、儂は夜中にやって来ぬ」
数泊の間があって爆笑。ジャロロは悠然とその笑いがおさまるのを待った。
「ダリアスに一人の男がおった。その男は先日、儂に言った。『子供のころジャロロが来るぞ、と言われるとエッチな気分になった』と。世の中にはとんでもない変態がおるものじゃの。皆、儂よりもああいう変態に気をつけよ」
聞いている人たちはみんな爆笑している。こういう話の進め方にジャロロの演説経験を感じる。
「さて、儂は道を作った。魔国とつながる道じゃ。我が義弟、サリス伯爵よ、善政に励め。この道は伯爵領を富ませてくれるに違いない」
パリスは大きな声で返事をすると、深々と頭を下げた。
「商人たちよ、期待せよ。お主らの見たこともない商機がそこにある。
若者よ、目を輝かせよ。お前たちが期待する新しい世界じゃ。
母親たちよ、安心せよ。儂の家族が治めるこのサリス領が世界で一番安全な場所じゃ」
商人たちの動きが活発化した。大商人とみられるものは使用人を家に走らせ、若者はまだ見ぬ新天地に心を躍らせ、子供を抱えた母親は笑顔を見せた。
「ご老人たちよ――なんじゃ、みな、100年程度も生きておらぬ若造ばかりではないか。くくく、この世界は我が夫ライト=サリスが変えるぞ。600年生きた儂が保証する。我が夫は本物の英雄ぞ。この急速に変わる『今』、過去を懐かしく思うようなもったいないことに時間を費やすな」
「それはどういうことだ!」
演台近くの老人が叫んだ。ジャロロはふっと笑うと諭すように告げた。
「ミド21世のことを知らぬのか?イル27世のことを知らぬのか?我らが義父と義母が50近くで出産したことを知らぬのか?それを考えよ」
周囲が騒めき立つ。ジャロロは満足そうな微笑みを浮かべた。
「サリス伯爵家とともにあれ。さすればまだ見ぬ世界を見せよう。以上じゃ」
さらっとジャロロは礼をして俺の横に立った。
当然沸き起こる万雷の拍手。
「「ジャロロ様ばんざーい」」
強者に対する恐怖は、それが味方になった時に崇拝を産む。ただでさえ、相手は歴史の教科書に出てくる大魔王である。寿命の短い人族からしてみたら信仰の対象にすらなる。
「やりすぎたかの?」
繰り返される万歳の声に、ちょっと気まずい顔でジャロロが言った。
「イル教は多神教だから問題ない。安心して神様のような扱いを受けてくれ」
「ふふん、神様はお主じゃろうが」
俺とジャロロは顔を見合わせて、「そうかもしれんな」といって、笑った。
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サリス領都での演説の後、俺達は転移魔法陣をくぐってイル教国聖都に戻ってきた。いつものメンツに現状報告をして、教皇の部屋でプララとともに夕食を食べる。
「私も前みたいにライトと旅がしたいです」
「妊娠中はよほどのことがない限り、旅は止めた方がいいんだ」
「状態固定は今でも受けていますけど――」
もちろん状態固定していれば問題はないとは思う。実際、アッティラ第三皇女エンデは妊娠中に窓から飛び降り自殺を図ったが、死んでなどいない。
子供が生まれたという報告は聞かないが、もうすでに末節に属する話題。俺のところまで上がってくるはずもない。
「ただ、万が一はあったらたまらない。生まれてくる子ファーストで」
「わかってます。私は皇后としてここにいる身です。でーもー!!!」
ああ、なるほど典型的なマタニティ・ブルーだ。
「思った以上にストレスたまるんですよ!悪阻は軽いですけど、いつも火照っている気がします。あっふあっふ言ってるんです。でも私もライトとお出かけしたいです」
観察し、声掛けし、理不尽にたえよ、とあの小娘先生は言った。彼女がストレスが溜まっているのはなぜだ。妊娠しているからだ。誰の子だ。もちろん俺の子だ。
「わかった。遠出はさせられないけれど、一日くらいなら開けられるから、聖都イルスをデートしよう。うん、デート。俺達がサスティラでよくしていたように、のんびりとカフェでお茶したり、ショッピングしたりしよう」
「いいんですか!?」
プララの目が輝く。そう、彼女が求めているのはこういうことなのだろう。
いきなりではないし覚悟はしていたものの、学生を終えたら皇后になった。皇后になって落ち着いたら、妊娠した。妊娠は望んでいたものだったが、少しずつ自分の生活が狭まっていく感じがする。
プララはそうはいってもまだ18才の娘だ。
「うん、いろいろなものに目途が立ったから、大丈夫。教皇でも皇后でもない感じで、遊び歩こう!」
「はいっ」
プララのニコニコとした顔を見ながら、明日は聖都でゆっくりとデートをしよう、とプランを考え始めていた。
暑いです。
よんでいただきありがとうござる。




