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パリス=サリス伯爵は驚く 第74話

『ジャロロがトンネル繋げたからさ、ちょっと来いよ』

「ほんとに?」

『一時間後に迎えに行くわ』


 パリス=サリスは、通信機で義兄ライト=サリスから領地が魔国とつながったことを聞かされた。もちろん、事前に打診も了承もしていたが、本当につながるとは思わなかった。打診があったのが二日前、つながったのが今。


 ――ライトはやることが最近本当に人外じみてきたなぁ。


 もっともそのライトの力で不老不死になっている自分も、そこそこの人外だとは思う。実のところ生身であったら暗殺されていたことが何度かある。


 だが、行動まで人外の領域に踏み入れつつあるのが、最近のライト=サリスという男だ。


「魔力とは強大だ――アインさん!」


 彼は家宰のアインを呼んだ。家宰はもちろんパリス=サリスの使用人であるが、経験に鑑みてパリスにはアインを呼び捨てにできるほどの自信はない。


「ここに」


 パリッとしたスーツ姿。静かに素早く姿を現した。


 パリスの父サザーリン辺境伯がその家を継承したころにはもうサザーリン家の家宰を引退していた。その後は家臣団の最高顧問として決して安くない年金を払った上に邸宅に住まわせていた男である。そしてそのサザーリン辺境伯家の判断は、決して間違ったとは言われない。超がつくほどの有能な人だ。


 パリスがサリス家の養子に入ると同時にパリス付となり、その上、教皇ライト=サリスによって若返らせられた。


「猊下がトンネルを完成させたらしい」

「ほぉ、さすがな御仁でありますな」


 実年齢87歳、表出年齢60歳、肉体年齢30歳のアインは驚きの顔を浮かべた。


「伝説の魔王様の土木工事だってさ。すごいよね」

「ジャロロ=ジャロ様ですか。一度お会いさせていただきましたが、見た目は少女であるのに気配は確かに納得させるものがあるお人でしたな」

「ああ、それで、ちょっと行かなくちゃいけない。申し訳ないけれど、ダリアスと魔国が安全な陸路でつながったこと、大々的に宣伝と広報活動を企画してほしい」


 パリスの言葉にアインはふむ、と考えた。


「分かりました。ジャロロ様のお名前を大々的に宣伝させていただきましょう。未だ燻っている反乱分子どもを壊滅させるには痛烈な出来事でございましょう」

「ああ、そうしてやってほしい。トンネルの名前は『ジャロロトンネル』だ」

「ふふふ、猊下はパリス様のために行われているかのような――」


 アインがそう言って楽し気に笑うので、パリスは頭を振った。


「ライトはいつだって自分がしたいようにしてるんだよ。今回のことだってジャロロさんを讃えたかっただけだよ。まぁ、概ね、僕の人生にはいつもプラスに働くんだけどね」


 胸につけている白剣章は懐かしくほろ苦い思い出だが、確実に彼の箔となっている。


「ついでに領兵のうち10人を選んでほしい」

「わかりました。中の上クラスから選んでおっつけ向かわせます。それからご帰還の折には教皇猊下とジャロロ様を讃える式典を用意しておきます」


 中の上。精鋭でなくとも務まる仕事であるが、収益的には領内最大の収益をもたらす施設のためにそれなりの人選が必要となる。さらには教皇によるスピーチでつながりを示す。


「ああ、頼む。まぁ、これはイル教やライトにとっては実験の一つらしいが、我々にとっては千載一遇のチャンス。さっさと安定的な基盤を作るぞ!」

「仰せのままに」


 パリスはこれが自分のためでないことは当然分かっていた。ライトの妹であり、パリスの妻であるレティに対するやさしさ3割、彼が言うように実験3割、趣味4割の世界だ。


 それでもライトは間違わないだろう。そんな確信がパリスにはあった。


 ☆


 転送魔法陣は直接ダリアスにつながっていないので、ライトがイル教国経由でダリアスまで連れてきてくれる。ある程度の魔力、と言っても上級レベルの魔力があればたぶん跳べる、とライトは言う。


 だが、普通の剣士であるパリスにはその魔力がない。


「まぁ、もっとも魔力を固定しなきゃ、並みの上級魔力量だと一週間は身動きが取れないレベルになるけどな――」

「ライトは7歳の時にもっとごつい方法でプラローロ様を召喚させられて、髪を真っ赤に染めたね」

「染まっただけで良かったよ。魔力量が足りなければ死んでた」


 ライトは短く刈り上げた赤い頭を撫でながら言う。つまりこの幼馴染は魔力量だけは子供のころから上級レベルだったのだ、と思う。


 何もかもが規格外の幼馴染だ。確かに妻が言う通り人外。


 まぁ、妻のレティは兄のライトを差して人外と誇らしげに言うが、夫である自分から見ると妻もずいぶん人外の存在だ。

 妻のレティは神聖魔法のSクラス。現在資料として上がっている神聖魔法Sクラスは5人。うち4人は神理解を果たして神聖魔法を付与された義兄などのイル教関係者ばかり。天然物の神聖魔法Sクラスは妻一人だ。なぜイル教主に推挙されないのかはわからないが、常にイル教から気遣われている。


 そんな人外幼馴染のライトに連れられて、ライセロー施術院の魔法陣をでてダリアスについた。


「サリス様、ダリアスへお越しいただきありがとうございます!」


 そういや、僕はここの為政者だった、と頭を下げる一堂を見てパリスは再確認した。

 領都で頭を下げられるのは慣れた。もちろん、サザーリン辺境伯の領地で頭を下げられて生きてきたので、頭を下げられることには慣れている。


「出迎えに感謝する。私がパリス=サリスである」

「はっ。私がこのダリアスの村の庄屋のタロポです」


 パリスは60がらみの年取った庄屋タロポに手を差し出した。は?といった顔で庄屋タロポは首を傾げ、それが握手を求めていることになかなか気づかなかった。


「あんた!手を!」

「お、ああ、いや、すみませぬ!」


 30そこそこの女性が後ろから声をかけて、ようやく庄屋タロポはパリスの手を握った。


「緊張するでない。見た通り私はまだ若輩者。多少の力はあるが、助けてもらわなければならぬことが多い。よろしく頼むぞ」

「はっ、この身にかえましても」


 パリスは基本町の有力者と会ったときは握手を求める。

 それを軽いとみる向きもあったが、ライト=サリスとジャロロ=ジャロの行幸を経て、領主としての、トップに立つ存在としての重みが増したため、感激されることが増えた。

 これは父であるサザーリン辺境伯の教え『手を握れば相手が見える。手を握れば相手の心に近づく』という言葉を忠実に守っている。


「マイロード!バンザイ!」

「「マイロード!バンザイ!」」


 1人がそう叫ぶと、大きな声でダリアスの村人が続けて叫んだ。パリスは最初に叫んだ義兄の方をちらりとみると、すました顔で万歳をしていたので、ライトは変わらないな、と思った。昔から、こういうことが好きだ。


 庄屋タロポの先導で用意された馬車に乗り込む。御者は別にして、四人乗りの馬車は2×2の向かい合った座席構成だ。パリスと庄屋タロポが並んで乗り、正面にはライトとジャロロが乗った。


 馬車はゆっくりと走り出した。


「ふふふ、ああいう、ケレンは本当にうまいな、パリスは」


 走り出すなり、ライトが嬉しそうにパリスに話しかけた。ちなみに庄屋には正体をばらしていることはすでに聞いている。


「足りないものは、他で埋める。それくらいやらないとさ。でもいつだって必死にもがいているんだよ」

「パリス殿は慢心をせぬのう」

「慢心できますか、ジャロロ様。ライトも妻も遥か上にいる。僕がその横に立つためにはどれだけ努力しても足りない」


 それはちがいないの、とジャロロは笑っていた。あの『ジャロロが来るぞ』の張本人と普通にしゃべっている自分に驚きを隠せなかったが、もうそういう英雄とともに歩む人生に足を突っ込まされてしまったのだ。


「いや、このタロポ、伯爵様の差し出された手に戸惑いましたが、握ってみると意外にごつごつとしていて、年のわりに相当な苦労をしておる手だと感心しましたぞ」

「そうかい?」

「ええ、あのごつごつした手で、奥方様の乳房も撫でておられるのでしょうなぁ!」


 え?と顔が固まった。今、いったい自分は何を言われたのだろうと逡巡した。


「しかし、私くらいになりますとな、この中指の先と親指の腹のところに愛撫だこができてましてな。これを――」

「ストップ。庄屋、さすがに気持ち悪いぞ」


 ライトが鞘から抜かずに刀の柄の部分を、庄屋タロポの鼻先に突き出した。そこそこなレベルの剣士である自分にも見えない神速の静止だった。


「パリス。こいつは悪気はないが、全力でセクハラをかましてくる奴だからな」

「男に対してもするんじゃの」

「え、今、やっぱりセクハラだったんだ――」

「違いますぞ!わしは、――ごぼっっ」


 そこまで言って、庄屋タロポの鼻から鼻血が噴き出してしゃべられなくなる。


「物理的に口をふさがなければ、いつまでもセクハラを続けるからな」

「今のは当ててないよね?」

「ああ。気で毛細血管がはじけただけだから」

「ひどぃでごxばおああび」


 パリスは庄屋タロポにハンカチを差し出してやった。


「ジャロロにセクハラをし続ける男だからな。すごいだろ」

「儂も何度もこやつを殺そうかと思ったが、その都度こいつの大勢の子供らが土下座するんじゃ。めんどくさい奴での」

「ジャロロ様にするなら筋金入りのセクハラですね」


 そんな話をしていたらトンネルについた。


「揺れが全然ないと思ったら――これはすごい」


 馬車を降りて気が付いた。道中ほとんど揺れなかった。なぜなら完全に舗装されていたからだ。馬車とは揺れるもの。そういう概念が崩されている。


「すごいだろ、うちの嫁」


 ライトはジャロロの頭をぐりぐりと撫でた。あの伝説の大魔王ジャロロが、その手に嬉しそうにくねくねしている。

 意外だ。


「馬車が悠々すれ違える道路幅、平らな路面、すごいな――」

「馬の蹄を保護してやらないと足を痛めるかもしれぬが、まぁ、馬車が土に埋まったりしない分、動かしやすいであろうよ」


 頭をわしゃわしゃされながら、胸を張る。


「ちなみにこれが100㎞続いているからな」


 と、トンネルを前にしてライトが誇らしげに言った。しかし100㎞と言われても、パリスは感覚がよくわからない。


「サザーリン領のゼナの街から領都までよりも舗装されていると思えばいい」

「とんでもない力だ。ジャロロ様、ありがとうございます――」

「ふふふ、義弟殿よ、気にするでない。大きな声では言えぬが、これは腕ならしでな」


 パリスの顔が引きつる。ジャロロ=ジャロは、この間違いなく歴史に残る一大工事を腕ならしと言ってのけた。


 ふと頭をよぎる。もし、旧アッティラ帝国がこの偉大なる大魔王が治める国に侵略をしなかったら、どうなっていただろうか、と。


 エルフの血を引く長命な大魔王が、この300年間、自らの力に絶望せずに、ひたすら内政に特化し開発し続けていたら――たぶん、世界は違う形だったはず。彼女が覇権を唱えなくとも、覇権は確立し得ただろう。


「これほどまでの能力、300年間無為に過ごされていたのか――」

「ふふん、ジャロロはこれからいくらでも能力を発揮してもらうし、世界の役に立ってもらう」


 ただ、とライトは照れたように笑った。


「なんじゃ、お前様」


 いぶかし気な顔でジャロロは聞いた。パリスもその先が気になった。


「役に立たなくても、これからも無為に過ごしても、俺の愛する嫁さんだから、そこは勘違いしないように」


 は?こいつナニ寝ぼけたこと言ってんの、とパリスは思ったが、隣のジャロロは顔を真っ赤にして喜んでいたので、ちょっとむかついた。

暑いですね。ここまでお読みいただきありがとうございます。

ジム通いを始めたらすげえ執筆量が落ちてて驚きました。

見捨てんといてください。


では

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