土木工事は魔王の得意分野で 第73話
山を分け入った先にそのポイントはあった。評価で座標を確かめながら、発進立抗となる部分に到着する。20m隣に湧水が出ており、川の起点となっている場所だ。
岩盤を評価すると、その岩盤の硬さは、ちょっとやそっとでは崩れそうにない。ここから西に130㎞ほど掘れば大樹海につく。この幅でもキエサル山脈の中で一番薄い幅の部分だ。
「ロロさん」
「なんじゃ、お前様」
「頼んでおいてなんですが、いちおうこれ、世界の屋根と言われるほどの大山脈なんですが、行けますかね」
俺の言葉にジャロロはカチンときたらしい。
「お前様よ、儂をダークマニフェストだけの魔王と思うとったら許さぬぞ。見くびるでないわ。見ておれ」
ジャロロは手をパチンと合わせた。そしてゆっくりと合わせた手を放していくと、その手の間に深い闇が生まれる。
「これは別次元の世界につながっておる虚空じゃ。こちらに土などを放り込む。その一方で掘削した部分を、ええっと、なんじゃ、お前様の言う、あれだ。そう、こんくりいとで固めていくんじゃ。一気にできぬわけではないが――向こう側の様子が心配じゃな。」
「ああ、向こうにも人を配置してもらって、とりあえず半径100mは侵入禁止にしてもらっておいた」
ジャロロは満足そうに頷いた。俺はここに来る前にジララに話を通している。
「わかっとるではないか。そもそもじゃ、この魔法の魔力消費量は膨大じゃが、お前様のスキルでその問題は解決しておる」
そのコントロールができずして、何が魔王か――とジャロロは言う。とは言っても、崩落に備えて、俺は岩盤と山脈全体の評価を行う。
「ならばやるぞ、お前様よ――見ておれ。そして惚れ直せ。お前様の妻である儂の偉大さに――」
ジャロロは顔を真っ赤にしてそう言った。てれるなよ。だが、ジャロロの言葉に偽りはなかった。
彼女がぐぐぐっと力を籠めると、手の間の虚空がボボンッと広がる。半径15m前後の虚空の半円。
「ジャロロ、そこから角度4.4度で直線にして130㎞の斜辺を作ってくれ」
「はははは、お前様よ。細かいことをいいよるわ。だが、それでこそわが旦那様じゃ。任せておけ、儂は問題なくやってのけよう」
ジャロロの両手から打ち出された虚空は全く抵抗なく山脈に突入し、半円のドームを形成しながら、突き進んでいく。その時速はおよそ50㎞/h。およそ3時間で向こうまで開通するはずだ。
だが、土木工事、として考えると彼女の技術はここからが凄かった。飲み込まれ、削り取られてむき出しになった土をコンクリートで補強していく。シールド工法を彼女一人で完成させているのだ。
俺は彼女のサポートしながら、汗をぬぐったり、飲み物を運んだりしている。庄屋とアシビは進んでいく工事に呆然としている。
「ふははは、単純ではないのう」
一時間ほど掘り進めたところで、ジャロロが楽し気に、しかし緊張感をもって叫んだ。俺は素早く評価をする。
50㎞地点に流れる瘴気の流れ。それが大樹海の魔物を活性化させている。もたらす功績は全く違うが地脈に通じるものがあり、大樹海を螺旋状に網羅し、地下に向かって流れている。世界最大の瘴気だまりだ。
「1m下に流れている瘴脈を潰すと、どこになにが現れ、なにが失われるかわからぬからの」
ジャロロが冷や汗をかいている。
「瘴脈は俺が評価で固定する。やってくれ!」
「お前様、さすが人外よ。うははは、ギリギリじゃ!」
固定できるかどうかは、概念の問題なのでできる。評価スキルは物理法則の埒外にある。
瘴脈部分を乗り越えて、ジャロロの魔法は加速する。肉体的な疲労も魔力も固定しているとはいえ、精神的な疲れはくる。俺はジャロロの肩を支え、彼女の見ている削っている部分、もうすでに80㎞先の真っ暗闇の中を同じように凝視している。
「ふふふ、お前様は優しいのう。あと半日はこうして居たいほどじゃ」
「何時間でも」
「冗談じゃが、冗談ではない――が!抜けるぞ!!!」
一瞬だった。
ジャロロの魔法が貫いた、と感じた瞬間に光がトンネル内に満ちた。
「美しい」
俺の言葉がすべてを現していた。
それは一本の直線。魔法によって白亜のコンクリートを敷き詰められた道。
「ふふふ、闇を消した瞬間にそれまで食っていた光を吐き出したのじゃ。もう消える」
ジャロロは疲れた顔をしつつも、自分の魔法に満足している。
「ありがとう、素晴らしい道ができた!」
「嬉しいかの?」
「ああ、めっちゃ嬉しい。俺の嫁さんは確かに信じられないほどに有能な人だった。誇らしく、愛おしい!!」
「ふはははは!」
まごうことなき本心だ。これほど正確に敷き詰めながら進めるとは思わなかった。評価による補強は瘴脈の間でしかしていない。
俺は向こうの出口で待ち構えるワギュウに通信をする。今回は大樹海ということで、ワギュウの手も借りている。
「猊下!うははは、完璧だ!これがジャロロ様の魔法か。すごい、すごすぎる。ジャスト入り口が予定地にできたぞ!」
標高差が10mほど高かったので、4.4度の角度をつけたがきっちりハマったらしい。
「うちの嫁さん、天才だな」
「伝説の大魔王様だぞ、当たり前だ!」
ワギュウが言うには、向こうの林道の正面に向こうの到達立抗が現れて、コンクリートで完璧に補強されているという。
130㎞を超えるトンネルになると空調が気になるが、俺は評価によって風の流れを整理してある。つまり空調完備だ。排水も完璧。正直、この世界における物理法則を超える魔法や法術は、前世世界の科学を超える。
このトンネルも前世の人が通ることを前提としたモノと比べれば、世界記録で二倍以上の長さを誇る。
「このトンネルの名はジャロロトンネル。全世界に伝えたい。このジャロロ=ジャロの凄さを。そしてこのトンネルを通る誰もが思うだろう。ジャロロ=ジャロとは世界を変えた魔王である、と」
俺は妙に感極まってついジャロロを抱きしめた。
★
俺はジャロロとともにダリアスの森のゴブリン集落にやってきた。ゴブリンの集落を叩き潰すためである。
トンネルが通るとすぐに庄屋たちが不安になって依頼してきた。
「まぁ、ちょいと過剰反応だよな」
「――うむ。ゴブリン程度では何ら脅威にならぬというのに」
だが、不安だというならば仕方ない。俺が評価をして、捉えた集落まで歩いていくと、すでにその集落の入り口にゴブリンが整列していた。その数十数匹。真ん中に一回り大きなゴブリンがいる。あれはロードか。
俺はモノホシを構えた。ジャロロは気乗りがしていないようだ。
「ツヨキモノ、ワレハ、コノモノタチノオウ。コロスナ、タノム。オマエ、オウニナレ」
土下座。周りのゴブリンもそれに従い、同様に土下座する。
「これは、どういうことだ?」
「オマエタチノツヨサ、スゴイ。オレ、ヨワクハナイ。ダガ、オマエトナラ、ゴミ。ミンナシヌ。ノゾミ、イキノコル」
くくく、とジャロロは笑う。
そして、ふと思いついたようにゴブリンたちに告げた。
「ならば、ゴブリンロードよ。お前たちは教皇ライト=サリスの下僕となるのじゃ」
「ゲボク、イキノコレルカ?」
「誓いを立てるのじゃ。ライト=サリスの意に沿い、ライト=サリスのために働き、死ぬときもライト=サリスのためじゃ。さすれば、お主の一族は永遠に生き続けることができよう」
「ワレラハ、ライト=サリスノタメニイキ、ライト=サリスノタメニシヌ。チカウ」
ジャロロは俺に向かってほほ笑んで、
「返事をせよ。それから族名をつけてやるのじゃ」
と言った。
そんなもんかな、と俺は深く考えもせずに返事をした。
「お前たちの誓いを受け入れよう。お前たちはこれより我が僕として生きるがよい。おぬしらの族名は『ライト=サリスとゆかいな仲間達』だ」
「オンナヲイタダケル!ワレラ『ライト=サリスとゆかいな仲間達』ナリ!」
途端、俺の体からゴソっと魔力が流れていくのを感じる。
「お前様よ。自分の名前を冠するとは思い切ったことをするのぅ」
ジャロロは愉快そうにゴブリンたちを見つめている。彼らに俺の魔力が流れ込んでいくのを感じる。そして始まる進化にして臣化。そこに居並ぶゴブリン達全員の形状が変わっていく。
「使い魔の名前はお前様との関係を表す。お前様の名前が入れば当然近くなり、より強大な魔力を保有する下僕ができるのじゃ。その代わり相手に渡す魔力はけた違いでな」
「そういうことは初めに言ってくれないか――」
「くかかか、すまぬすまぬ。召喚師でもなければ、使い魔なんぞ作ったら魔力はカッラカラじゃ。お前様なら大丈夫であろう?」
それは確かに。
俺達がそう話している目の前でゴブリンたちは進化を遂げた。ゴブリンよりも一回り身長が高くなり、猫背であった背筋はピンと立ち、全身の筋力が目に見えて増し、表情はより人間に近くなった。ただし、前頭部に角がある。
小鬼というよりも鬼に近い。オーガ族は人類であるが、ゴブリンは魔物だ。
魔物と人類の違いは瘴気によって、生み出されたか否かによる。種族交配の結果、魔物との境界にいるものもいるが、それらは基本人類として扱われる。
「偉大なるマスターよ。我が部族に名前を与えていただきありがとうございます」
先程までしゃべっていたロードが代表をして頭を下げた。しゃべりも流暢になっている。
「ああ」
「一族全体をこれほど進化させるマスターの底知れぬお力。『ライト=サリスとゆかいな仲間達』一同、全力でお使え申し上げる」
「とりあえず、略称は『愉快な仲間達』で頼むわ。俺の名前は隠しておきたい」
「は!分かりました」
もはやゴブリンとは言えない。俺は彼らに便宜上、モトブリンと名前を付けた。
「しかし、これは中々のものよの。使い魔ならば、お前様を裏切るようなこともない。良い駒を手に入れたの」
「は、奥方様には、感謝申し上げます」
「うむ、よくわかっておるの――」
ジャロロは奥方と言われて上機嫌。くかかか、と変な声をあげて笑った。
★
俺は彼らを引き連れて、ジャロロトンネルの入り口に戻る。二人がテントを張って、夕食の準備をしていた。
「ライ先生――!なんですか、その者たちは!?」
青い顔をして、こちらを見ている庄屋とアシビ。俺は使い魔にしたことを告げ、このトンネル周辺の治安維持に充てることを伝える。
「大丈夫なんですか?」
「我々『ゆかいな仲間達』はマスターにその魂をささげた。マスターの定めた法に従い、マスターの望みを体現し、マスターの役に立つことを望む。心配はご無用である」
「ほぅ、さすが、ライ先生だ」
俺はこのトンネルの入り口に彼らの村を作り、そこに簡易の宿泊所などを設置することを話した。もっとも、トンネル全体を見回る仕事の拠点となる場所という意味合いが強いので、さしずめ屯所という感じか。何れ中心部にもそういった施設が欲しい。
「当然、通行料金の中から、彼らに対する手当も彼らに支払われる。戦力としては中々のものなので、いろんな人が行きかうことになるこの村の治安にも貢献してくれるだろ」
「ありがたいねえ。いろいろ頼んでいいのかい。もちろん、払うもんは払うよ」
「あなた方の集落はマスターが懇意にしていると聞いた。マスターの命が上位に置かれるが、報酬次第で頼まれよう」
まぁ、そこらへんは報酬とのつり合いだ。俺の使い魔だが、村のものではなく、彼らにも彼らの生活がある。当然のことだ。
「彼らはモトブリンの『ゆかいな仲間達』。戦闘力も知力も高く、俺の意に反することはしない。安心して、ともに生きてほしい」
こうして、魔国とアッティラ新帝国を陸路でつなぐジャロロトンネルは完成したのである。
読んでいただきありがとうございます。
死ぬほど暑いですね。
死なないように頑張っていきます。




