俺達は道なき道を切り開く。第72話
「さて、うちの馬鹿旦那達は置いておくとして、ライ先生、今日はなんの御用ですか」
アシビはそう言ってほほ笑んだ。彼女の子供も数カ月前に生まれている。この村に限っては核家族とかは存在しえないので、彼女も自分の子であるから大変だろうが、周りのサポートもたくさんある。順調なのだろう。
「ああ、今からキエサル大山脈に穴をあけて、魔国との通商道路を作ろうと思ってな」
「魔国が攻めてくるのではないですか?」
「大丈夫じゃ。魔国が攻めてくるなどということはない」
ジャロロは少し食い気味に話した。
「もともと魔国というのは保守的で自国の中で世界を回している国なんじゃ。他国に侵略する意図なんぞこれっぽっちもないわい」
「そうなのかい?」
「もし攻める意図が少しでもあれば、山脈があろうがなかろうが、関係なく攻めることができるわ。それくらいの力の差が魔国とアッティラにはあるのじゃ」
これは事実。そもそも大陸の5%を消滅させる魔王の前で、山脈の一つや二つ意味などはない。
「だが、ここに道を作る意味はある。アッティラ新帝国と魔国を結ぶ唯一無二の陸路による交易路。サリス伯爵家の領兵も派遣されるし、大樹海側は魔国が管理する」
「――ライ先生、そんな話ができているのですか!?」
「ああ、ジララ王とは話がついている」
俺は庄屋をちらりと見る。庄屋はOKの意を示すようにコクンコクンと頷いた。
「開通までには若干の時間がある。俺の旅館や食事施設もアップグレードさせたい。アシビやみんなにも手間をかけさせるが、必ず金で報いるようにするから手伝ってくれ」
「ふふふ、面白いねえ。ライ先生が何者かはもはやどうでもよく、とんでもない相手だとしか思えないけれど、私らに損はさせたことのない人だわ――あんた達!いいね!?」
アシビが庄屋や集まってきている男たちに向かって声をかけた。男たちはわけもわからず――だが、女房の言葉には逆らわないこの村の男たちらしく、元気な声で「おう!」と声を返した。
★
俺はジャロロを連れて村の北隣の森に入っていく。庄屋、そしてアシビも一緒に来ている。彼らは村の代表としてどこに道を通すのかみたいという。
「私ら、こっちの森には入らないんですが――」
庄屋がびくびくとしながら言う。
俺はそんなことには構わずに歩を進めながら「なんで?」と聞いた。
「この森は大樹海とつながっていると噂でして、数百年前にカオスティックベアが出たなんて言うことも聞いたことがありましてな」
へぇ、と思いながらも俺たちは森を進んでいく。誰も管理していない原生林で、地元の人間たちも入ったことがないために荒れ放題というか、ある種の美しさを感じる。
俺は草を薙いだり、木を切り倒したりとモノホシを振るった。このモノホシはかなりの使い込みであるが、さほどのメンテナンスを必要としないのは素晴らしいことだ。サクサクと簡易の道を作っていく。
「ふふ、お前様よ。儂の土木魔法は真に土木に特化しておってな。こういう道を整地するのにちょうどいいのじゃ」
ジャロロは腕を振り上げて魔法を発動させる。呪文もなにもない。だが、正確無比に道が整地されていく。馬車が2台すれ違えるだけの整地されて平らになった道が出来上がる。
「どうやっているんだ?」
「草や木などのごみは闇魔法で虚空に消しておる。後は土魔法で石灰と火山灰と小石を混ぜ合わせてやって、水を入れ込んで硬化させたものを敷き詰めておる。お前様がいると魔力の消費を考えなくていいからの。楽なもんじゃ」
石灰と火山灰……つまりコンクリートか。これはいい。道の形状をこの規格で統一していけば、おのずと馬車の形状も決まってくる。規格が決まれば流通が増す。
俺は声を潜めた。唖然としながらついてくる庄屋とアシビに聞かせる話ではない。
「俺が前いた世界では、これをコンクリートと言ってな。一生懸命に人力でこねて塗り付けていたもんだ」
「ふふん、その前の世界のことを儂にも一度聞かせよ。考えてみれば、お前様の魂の説明は受けたが、お前様から聞いた話ではないしな」
「興味あるのか?どの世界のことを聞きたいんだ?」
「全部じゃ。寝物語にでもしてほしいもんじゃの」
まぁ、また今度シェヘラザードにでもなった気持ちでしてみようか。
その時だった。俺の知覚がソレをとらえた。ゴブリン・パーティだ。
ゴブリンは決して強い敵ではない。1人でも少なければ敗北必死のため、彼らも人間を襲うことはあまりない。ある程度の知能を有しており、自分たちが下級種であることを理解している。上級種の灰ゴブリンにでもなってくると一般人では若干手に余るようになる。魔物らしく、突発的な変異で上級種になるが、その条件は不明だ。
若干のにらみ合いがあったが、すぐにゴブリン達が後ろを向いて逃げ出した。
「ライ先生、ゴブリンがおるっちゅうのは大丈夫ですか」
庄屋が驚いたように聞いてくる。
「ああ、あれはゴブリン・パーティだな。戦士系、格闘系、遠隔攻撃系と揃ってたな」
「いや、しかし、この村の近くにゴブリンが……」
「珍しいことでもないし、脅威でもないさ。この森は地下水脈か何かで確かに大樹海とつながっているんだろな。魔物が存在するからな。まあしかし、あの装備の様子だとずいぶん奥に集落でもあるのかもしれん」
だが、ゴブリンは脅威というよりも、むしろ安心な点が多い。つまり、この森はゴブリン程度でも生き残ることができる森。サスティラ森林よりもはるかに安全だ。
「子供だけでは森に入れないこと、森との境界に柵と鳴子ぐらい設置しておけば十分。道が通ればあいつら程度は近づかなくなるし、ここら辺はたぶん街になるから、今アシビたちが住んでいるところのクッション材になる」
「さすがライ先生だねぇ」
アシビが感心したように頷いた。
あの村はゴブリンレベルを脅威に思うほどには平和なのだ。もっとほかの脅威を知っていれば、ゴブリンを脅威に思うことはない。つまり、いい村だ。
村から5㎞ほど分け入ったところだろうか。日が暮れてきたのでひとまずここで野営をすることになった。
俺は二つのテントをアイテム袋から取り出した。
「野営用テントだ。そっちで組み立ててみろ。寝袋も後から渡すから」
「ありがとうごぜえます」
簡易なテントだが、素早く組み立てられることと、師匠の防寒プロテクトがされている、そこそこの一品である。
「アシビ、儂らは飯でも作るかの」
「ええ、ロロさん」
俺のアイテム袋から食材や調理器具を出して2人が料理をし始める。肉にコメなどの穀物類、柑橘系のフルーツなどが出されている。亜熱帯に属する地域なので北部に比べ温暖ではあるが、それでも季節は寒い時期。温かい料理が食べたい。
「しかし、ライ先生、勝気なおなごが私らのために2人で料理をしている光景はいいもんですなぁ。熟したアシビと青い果実のロロ様」
「庄屋さん、あんた、ブレないな」
「いやいや、こればかりは年の功というやつで。ライ先生やロロ様が伝説級の方々と知ったゆえに盛り上がる思いというのがございますな」
ニヤニヤと笑う。うん、この人は嫌いじゃないが、ある意味恐ろしいな。
「テントを二つ用意されたということは私とアシビ、ライ先生とロロ様でしょうな」
「ああ、そのつもりだが――」
「勇者と魔王の野外ライブ――たまりませんなあ!それを聞きながら、アシビと久々、というところでしょうかな!!」
うん、めっちゃきもい。
「悪いな。防音対策も取られているテントなんだわ」
野外で密談したいときに使えるように遮音して評価を固定している。
「おお、残念。しかし秘め事は想像することに面白味があるもんでしてね。楽しいですなあ!」
「ブレないなぁ」
テントが張り終わり、火も起こして焚火にする。周りはジャロロが整地したので、見晴らしがよくなっている。俺は評価で俺たちに向けられる悪意が周囲にないことを確認した。
夕食は中々の出来栄えだった。野鳥の肉を出汁に使ったスープは体の芯まであったまった。ご飯は山菜を細かく刻んで炊きこんだ菜飯。レンコンにターメリックを利かせたひき肉をはさんであげたレンコンの挟み揚げ。柑橘系の果物を剥いて、香りの高い蒸留酒をはちみつと合わせてかけただけのデザートもうまい。
「ううん、これは素晴らしいお酒だ。デザートに使うだけとは贅沢なもんですな」
「くくく、我が旦那様は見向きもしないが、献上される酒というのは山ほどあるもんじゃ。どれもこれもその地域の特別な酒ばかりでな」
「あ、ああ、すごいもんだよ。一本でうちの村の月の予算が吹っ飛びそうな酒を惜しげもなく使っていくロロさんの決断力。半分くらいは口に入っていったけどねえ」
アシビは苦笑いをしている。
「くかかか、600有余年も生きておると、酒の味にも詳しくならざるを得まいよ」
「600年――!!」
「なんじゃ、アシビ。気づいておらんかったか?儂があの伝説の大魔王ジャロロ=ジャロじゃ」
うわぁ。この人、酔ってるやん。なに口を軽く滑らしてるのさ。
「おい――」
「へ、へえ、大魔王ジャロロ=ジャロ様なのかい。い、いや、たぶん、特別な人たちだとは思ったけどね、も、もしかしてライ先生は、教皇猊下だったりするのかい?」
時はすでに遅し。ひきつった笑みを浮かべてアシビはこちらを向いた。
「ばれては仕方ない!」
と言ったのは庄屋だった。
「この私とライ先生との秘密であったことだが、このライ先生は、あの人族の英雄にして神託の御子。ライト=サリス教皇猊下である。アシビよ。くれぐれも内密にな」
「あ、あんた、知ってたのかい?」
「私はダリアスの責任者であるからな。当然、知っておったが、猊下の希望で黙っておったのだ」
いつから知っていた、ということは言わないところに、庄屋のセコイがしっかりした戦術が見える。
「まぁ、そういうことだ。今まで通りライ先生で通してくれ」
「そうじゃ!わしが伝説の大魔王にして、『ジャロロが来るぞ』で有名なジャロロ=ジャロであることも黙っておいてくれ!!」
酔っぱらっていらっしゃる。
「あの、ライ先生?その、ロロ様?は、本当にあの、絵本に出てくるジャロロ=ジャロなのですか?」
「そう。この国の伝説としては最も有名にして、最も影響を与えている伝説。それはなにも昔の話ではなく、今この瞬間もこうして生き続ける伝説なのさ」
「この国の数十万を死に追いやった伝説の魔王はこの儂じゃ……」
ジャロロはあれだけ気持ちよく酔っぱらっていたのに、今度は泣き始めた。
「すまぬ、と思って居るのじゃ。だが、儂は仕方なかったんじゃ。なにせ儂は魔王。魔国の王にして統治者じゃ。攻めてくる者よりも、守る者の命を守るのが道理じゃ」
ぽろぽろと涙が零れ落ちる。俺は彼女の肩を抱いた。
「私が思うにそれは自業自得ですな」
庄屋が口を開いた。
「いや、そこに関わった者すべての自業自得。アッティラ旧帝国と新帝国、その土地の人々、そしてロロ様の今も続く苦しみ。それらはすべて自業自得。自らのカルマによって自らを傷つけているにすぎませんな」
「自業自得、かの」
「十分苦しまれるがよろしい。しかし、それは所詮自分自身の問題に過ぎぬこと。他人に迷惑をかけとらせんので、いいことですわ。私なんぞは何度も自分の業の炎に燃やされかけておりますで」
「かっこよく言っているが、お前さんの業はただのスケベだねえ」
アシビが苦笑をする。
それからは気持ち的に打ち解けたからだろうか、目ん玉が飛び出るほどの高い酒を、アシビも庄屋も遠慮せずに飲み始めた。特にアシビは俺達みたいな存在に遠慮するのが馬鹿らしくなったのだろう。くいっと呷りながら、喉に染み渡らせていく。
唯一、ほぼ下戸の俺は、あれ?この片付け、俺の仕事じゃね?とか思いつつ、紅茶に蒸留酒を入れてアルコールを飛ばしたものを、ちびりちびりと飲んでいった。
★
結局、3人ともきれいに酔いつぶれたため、それぞれのテントに突っ込んでおいて、俺が片づけを終えた。と言っても、ごみは燃やして、あとはアイテム袋に突っ込んだだけだ。また今度洗えばいい。
火は消えないように、燃え広がらないように状態固定をかけた。周囲に評価を飛ばして安全も確認し、ごそごそとテントに潜り込んだ。
「ふふふ、お前様、やはり優しいのう」
「起きてたなら手伝えよ」
「儂がどれほど酔っていたかくらい分かるじゃろ」
知っていた。だが、いくら『ほとんど素面』であったからと言って、それをスルーしてやるやさしさくらい持っている。
「だから優しいと言っておる」
「聞きたかったんだろ、人族の本音を。で、本音が聞けてホッとした、と」
うん、とジャロロは頷いた。
相変わらず心配性な奴め、と俺はジャロロを抱き寄せて口を吸った。
「うぅん」と吐息が漏れる。俺はなにかこうたまらないリビドーが燃えあがる。ハーフエルフではあるが、遺伝子の関係か、彼女の耳はさほど大きくもないしとがってもいない。だが、それがまた燃える。
外耳の縁を甘噛みし、耳の中に舌を這わせる。
「ああッ」と声が漏れたことに気をよくして、首から上にキスをしていく。同時に服の間に手を突っ込んで彼女の肌を直に触れ敏感になった場所を撫でる。
彼女がしがみついてくる力を感じながら、少しずつ肌を合わせていく。
ゆっくりと、ゆっくりと。
★
「昨夜はお楽しみでしたな!」
宿屋の主人か、というような朝からセクハラをかましてきた庄屋に、ジャロロが若干引いていたが「まぁ、そりゃあ楽しむよなぁ」と答えたら、少し頬を赤らめて「馬鹿者が」といったのが、とても可愛らしかったので、すべてもろもろを良しとしたい。
読んでいただきありがとうございます。
修羅場は乗り越えたので、通常営業に戻りたいと思います。
夏は暑いですね。
まぁ、しかし劇中は暦の上では春かなぁ、くらいの寒い時期です。




