師匠は新しい弟子を見て喜んでいるようで。第70話
「あー、やっぱり家はいいなあ」
ガント兄妹との宴会が一応の散会を見せたあと、俺はハナハプーナの教会に設置した転移魔法陣からイルスに帰還した。明日は師匠やらエミーたちと打ち合わせをしなくてはならない。
「お疲れ様です。ライト」
「ああ、今回は骨が折れた。まだラトーガとやりあっていた方が気が楽だよ」
俺は教皇の寝所でソファーに体を深く沈ませた。プララが紅茶とお菓子を用意して持ってくる。
「悪阻は大丈夫?」
「ええ、ほとんどありません。この子も心音がはっきりしてて、元気そのものですって」
ありがたいことだ、と思う。子供は宝だ。
「この世界の在り方を子供にとっていい世界にしたいねぇ」
俺はガント兄妹を念頭に置きながら、どの子も穏やかに育つように願っていた。あの兄妹は地頭は十分にある。しかし、たぶん20を超える彼らは読み書きができない。そういった教育は一切受けることができずにいた。
「子供にとっていい世界ですか。ライトの前世の世界とは、子供にとってどんな世界ですか?」
「ああ、いろいろあるけれど、少なくとも死ににくいし、良くも悪くも教育をされる世界だな。俺が産まれた国の新生児死亡率は1%を切る。子供は6歳を超えたころに皆学校に入り、最低でも9年は教育を受ける。90%以上がさらに3年間高度な教育を受け、50%がさらに4年間の高等教育を受ける」
当時はそういうものと考えてきたが、人がすべからく教育を受ける世界というのは文明としてとても高度だ。当然の識字率であるし、識字率が高くなければ高度な民主主義は存在しえない。
「すごい状況ですね」
「少なくとも俺はこの世界の識字率を向上させたい。この――の―として」
突然の禁忌。喉が焼けるように熱い。それを意味する言葉が吐けない。初めての禁忌。これが禁忌に触れるということか。
俺は喉を抑えて体を丸くした。
「ライト!?」
「ああ、大丈夫。あれ、あれだ。神の禁忌。初めてこの禁忌に触れた。でも、そうか。分かったよ。禁忌に触れたということは」
これが正解。サンスースが俺に課したことはこれだ。人には盛らせない。禁忌に触れたのならば、間違いではないだろう。
「神理解を果たした者同士でも禁忌が発生するんだな」
「ええ……なにに気づいたのか、聞かないほうがいいんですか?」
「答えられないから。仕方ない」
心配そうな顔をするプララに手を振って大丈夫だよ、答えた。
「そんなものは本来どうでもいいから、とりあえず俺は識字率を向上させることがみんなの幸せにつながると思っているよ。そのために学校を作りたいんだ」
学校を作る。これは俺の新しい目標だ。
そう、人々の幸福は大切だ。この世界の神として。
★
次の日。俺はハナハプーナに戻ると、ガントとカンナを連れて再び魔法陣をくぐった。
「な、なあ。きょ、教皇猊下――」
「兄ぃでいいわ」
「あ、兄ぃ、俺達、こんなみすぼらしい格好でいいのか?」
2人は体を縮こまらせて、所在なさげに俺の後ろをついてくる。そりゃそうだ。聖都イルスのサンスース大聖堂、その最も高き場所に教皇に関する施設はある。装飾にかける金もとんでもない金になっている。
2人は聖都に連れられてくるということで、一張羅を着てきてはいるが、場所との相対的にみすぼらしさは確かに否めない。
「そうだな。大丈夫だろ。俺達は冒険者だったからさほど着るものに執着はないし、ジャロロは、まぁ、そんなものを吹き飛ばすほどの圧がある。エミーは、そうだな、苦労人だから、良くも悪くもちゃんと教えてくれるだろ」
「う、うちは、う、浮気相手とか思われないですかっ」
カンナは少し青い顔をしている。
「思われるかもしれないが、大丈夫。ライトニングアローを打ち込まれるのは俺だから」
そう、なんだかんだ言って女性には寛容?なのだ。だが、そのことを告げられたからと言って心が楽になるわけではないようで、カンナは生唾を飲み込んでいる。
実は昨日、プララにはガント兄妹について話を通している。カンナを後宮に見習いとして召し抱えることも許可をもらっている。あまりいい顔はしなかったが、エミーが気兼ねなく使える人間も必要であるといったら納得をしてくれた。
今日は俺の嫁さん3人と師匠、あとはイル様が喫茶室に来ている予定。
「な、なあ、喫茶室って言ってたけれど、このレベルは喫茶室というのか」
「ガンちゃん、まずいよ。うちら、めっちゃ浮いているよ」
扉の前の執事に俺が声をかけていると、後ろでヒソヒソと2人の声がする。
「教皇猊下、お帰りなさいませ」
扉が開けられるとズラッと並んだ執事とメイドが一斉に頭を下げた。俺は軽く手をあげて感謝の意を示した。
普段はこういったことは止めてもらっている。かなりめんどくさいし、人に動いてもらうのは申し訳なさが先に立つ。だが、今日はガント兄妹を連れてくることを伝えてあったため、このような体裁をとったのだろう。対俺ではない。イル教として俺のメンツを保つためだから、ありがたく受ける。
「無理無理無理無理……」
「ガンちゃん、ガンちゃん、ウチら間違ってた、間違ってたよ――」
「いや、大丈夫だから、早く」
尻込みするガントの手を取って引っ張ってくる。
大きな円卓が用意されていた。当然、プララ、エミー、ジャロロは座っている。イル様と師匠プラローロ様もいるし、内縁の夫のリャララ様もいる。ついでにジャリリとシュシュトリもニコニコしながら座っている。
「皆さん、おそろいで」
俺は自分の指定席に座った。そして俺の横にガントとカンナがカチコチに固まって立ち尽くしている。
「紹介するよ。この二人が俺の弟分のガントとその妹のカンナだ。これからオゴタ=ハンと妖精王マクダウェル攻略のために手足となってもらう男だ。」
「ガント、で、です」「カンナ、です」
直立不動のまま、上を向いて話す2人は確かに兄妹っぽい感じがする。
「ふふ、お二人ともお座りください。ようこそおいでくださいました」
ここで最初に口を開くのはプララだ。権威上では皇后のプララは、この場で俺に次いで序列2位であり、迎える側としてはトップである。そういった序列的なものは普段は意識されないが、対外的にはきっちり守られる。
2人がおずおずと席に座る。とても浅く空気椅子でもやってんのかよ、と突っ込みたくなるほどの状況だ。
その後、それぞれが一言ずつ自己紹介をしていく。だれが自己紹介しても米つきバッタのように頭を下げていく。
「だめだ、ガンちゃん、うち、こんな雲上の人たちと話すことがあるなんて思わなかった」
「ふふふ、カンナさん、後宮で働きたいんですよね?」
ぼそぼそと呟くカンナをとても温かい目で見ているのはエミーだった。
「え、エミー様、あの、その、うち、めっちゃバカですけど、働きたいです」
「いいわ。働いてください。プララもいいでしょう?」
「もちろん、エミー。頼みますね」
2人の中ですでに話はできていた。
エミーは「とりあえずですが」と前置きをして後宮の制度について話し始めた。
プララの位置を皇后とする。これは唯一無二。エミーとジャロロの2人を王妃。妃の位。今後、王族などと婚姻した場合はこの地位に据えられる。次は九品。貴族、官僚などから入宮した場合はこの地位に。最後は側官。一般女性が入宮した場合はここだ。
「カンナさんは側官見習いとして入っていただきます。そこで私の手伝いをしていただきながら、様々なことを学んでレディとしてのたしなみを身に着けてください。とはいっても、まだ私とジャロロ様、お客様であるシュシュさんがいるだけですから、緊張なさらなくてもいいですよ。もちろん、猊下がお手を出されたら見習いが取れて側官としての妻扱いになりますが、そうでなければ何れイル教国の領主、貴族の方々とのご縁談をセッティングさせていただきます」
「き、貴族とカンナが――」
ガントが驚きの声をあげる。
「家格が釣り合わぬ、というのなら、わしの養女にでもしておけばいい。我が旦那様の舎弟の妹ならば問題なかろう」
ジャロロが口をはさんだ。ジャロロ=ジャロの娘、というだけでどれだけの婚姻価値が産まれるかは想像に難くない。それが例え、名ばかりであっても、である。
「う、うちが伝説の大魔王様の娘に……」
「お主が良ければじゃがの。まぁ、もっとも、そういうことならば、わしが少々鍛えなくてはならぬ」
ふふふ、とジャロロは笑った。
「ああ、そうね、ジャリリ、あなた、まだ一人じゃない。カンナちゃん、かわいいし、お嫁さんに貰ったらどう?ジャロロ様の娘だったら、ジャロ家としてもうれしいんじゃない?」
シュシュトリが静かに事の成り行きを見守っていたジャリリに声をかけた。
「私は魔国の外務補佐官ですよ。越権行為になりますから」
ジャリリは口とは裏腹に明らかに動揺していた。ジャロロとの縁を深めることはジャロ家の宿願なのだ。俺とジャロロの子だとしたら家格のつり合いが取れないが、ジャロロの養女ならばつり合いが取れる。
「ガント、プラローロ様は俺の師匠で、今回の技術的なことは全部師匠に丸投げしている。知っておいてくれ」
「兄ぃ、お、俺がいくら無学だって、その、プラローロ、様のことを知らないわけがねえ」
「ふふふ、光栄だね!でもね――ガント、キミは今、もしかして俺たちは運がいい、とか思ってないかい?」
師匠がニヤニヤしながら聞いてくる。
「……思ってるっす。兄ぃと知り合わなければ、俺たちは苦しいままの生活だった。だけど、少なくともカンナは貴族とかの嫁さんになれるんす。こいつが食うに困ることがなくなるのは最高で、嬉しいんすよ」
「いいね、キミはいい男だ!うん、キミはそういう意味では運がいい」
師匠は人をあまり嫌わない。だが、気に入るとなると話は別だ。決して珍しい、ということではない。むしろ人好きするタイプだ。だが、話は別なのは、『気に入られると大変だ』ということにおいて。
ここには師匠の弟子が勢ぞろいしている。
「私の弟子になるかい!」
「いいっすか?!」
「決まりだね!まぁ、キミの魔力は微々たるものだろうから、技術を叩き込んであげるよ!」
俺とジャロロとリャララ様とジャリリ、シュシュトリの視線が瞬時に交錯する。
(お前様が言うべきじゃ。いたいけな弟分が地獄を見るんじゃぞ?)
ジャロロは苦笑している。
(そうね、ここはライトがいうべきよ)
(猊下、ねえやはり、猊下でしょう。ここは他国の人間が口出しすべきことじゃないですよ)
シュシュトリとジャリリは都合のいいときだけ外交補佐官のような顔をしている。
(ほれ、年寄りに働かせるな。あいつに対する発言権はお主が一番強いのだから)
リャララ様は年上で師匠である妻に完全に尻に敷かれていた。
「いや、師匠、ガントは普通の人間ですし、ねえ、イル様?」
俺はイル様に一縷の望みをかけて視線をやったが、あっさりと、その望みは打ち砕かれた。
「ふふふ、プラローロ様はお優しい――」
イル様はそういって笑みを浮かべた。イル様はたまに違うベクトルで物事を考えているから、ドキッとする。
「おや、イルはさすがにわかってくれたかい?」
「もちろん――あのオゴタ=ハンに我が国の力の一つ示すためですね。さすがプラローロ様のお考えは遠大にして王道なり」
「あたり――って、昨日のプララとライトの話を聞いていて思いついたんだけどね――」
相変わらず盗聴をしていたことはこの際、良しとしよう。それをヒントとなって、師匠がなにを考えているのか、俺にも理解できてきた。
「なるほど、学校ですか」
「その通りさ。まあ数十年あればできるだろうね!オゴタ=ハンにも。初代校長はキミ、ガントくんさ」
ガントには意味が分からない様子だった。そもそもガントは学校に通ったことがないのだ。学校という概念がそこに存在しない。
だが、これから師匠によってさまざまな事を叩き込まれる。それは確定路線であり、彼がものにならないなんてことは、ありえない。
「大丈夫さ、ライト。このプラローロが師匠なんだよ?彼がどんなにアホで無能であっても、トップレベルの技術者にはなるさ。それを広めさせて、キミのいう幸せな世界を一歩実現しようじゃないか――」
「うん、悪くないですね。一段落したら、俺は同じことをしようと思ってました」
この国の文化レベルは前世世界における中世のそれである。しかし中世と違うところは、ほぼ世界的に同一宗教であり、どの地域にも組織的に教会が存在していることである。
それゆえに実現できる寺子屋。俺の前々世のころから少しずつ広まった江戸時代の庶民にまで字を覚えさせた。読み書きと計算を教える施設。
俺が求めるのは一般庶民の生活・文化レベルを上げるための学び舎で、師匠が作るのは技術を拡散させるためであったり、それを通した文化・文明の均一化と統一のためであったりする違いはある。
「オゴタ大学校とか、ハプーナ技術学校といった感じで作れたら最高ですね」
俺が続けると、師匠は真顔に戻った。ここにいる師匠の弟子たちはみんな知っている。あの顔は最も楽しんでいる時であり、キメ顔でドヤる時の顔だ。
「そう、そこで最初の問いに戻るのさ。キミの人生はすでにこのプラローロが預かった。キミがどんな愚物であっても、オゴタ=ハン最初の大学校の校長になるレベルの人材に仕立て上げるさ。それは果たして運がよかったか――」
ガントが少しだけ青ざめているので、俺は真顔で言った。
「やぁ、我が舎弟にして弟弟子よ。この地獄へようこそ。遠慮なく死んでくれ」
「「「「ようこそ、弟弟子よ!!」」」」
みんなの声が一斉にハモる。
「えっと、もしかして、運、悪かったっすか?」
俺達はとてもいい笑顔で頷いた。
修羅場をかいくぐりながら小説を書く楽しみってありますよね。
どうもツイッターやってると突然激しく落ち込むんですよね。
何が自分の心にキてるのか、あまり理解できていません。
難しいなあ、と思います。
小説だけ書いているのが、向いているのかもしれません。
ああ、コレはこういう時、いう言葉なんですかね。
「自分、不器用なんで」
今回も読んでいただきありがとうございます。では。




