俺は戦略的な互恵関係を構築したい。第68話
「率直に話をさせていただきたい」
俺は話を切り出した。
謁見の間には円卓と人数分の椅子が用意され、俺の隣に助祭とガントが座った。正面にはハッサム=ハプーナが座っている。まぁ、別に敵対しているわけではないが、自然と俺に近い人間が俺の近くに配置される。
「すまぬ、かりにも御前は教皇猊下。儂はハプーナの長であるがイル教徒でもある。本来は下座に座らせることは許されぬことだと思うのだが」
「それは気にしなくていい。今は国の代表として対等な関係を作りたい」
「はっ、イル教国と我がハプーナが対等?何かの間違いであろう」
ハッサムは苦笑する。
「儂は無学であるし、所詮田舎の部族の長よ。こういう時にどのようにふるまっていいかも分からぬ無礼者だ。だがな、御前の力を見誤るほどの低能ではない。この髪の件も指一つだと?」
左手を抱えるように右手を組んで、ブルルっとハッサムは身震いした。
「ほら、見てみよ。今でも必死で押さえつけて居なければ、御前に対する恐怖が込み上げてくる。その腰の剣一振りあれば、ここにいる者、そしてこの城中にいる者の命を奪うことができよう。儂らは腕に自信はあるが、それも御前においては塵あくたに等しい。さらには現在の最大の武力国家はどこか。御前の国であろう。魔国と帝国を従えた覇権国家といってもよい。対等? 強者が言うその言葉は、弱者である儂には恐怖しか感じぬ」
ハッサムのいうことは道理である。そしてそこに彼の戦術が見れる。自分たちを徹底した弱者とすることで、強者に対抗する手法。恥も外聞もなくそれを繰り出されると、強者とされたこちらは配慮しなくてはならない。
一言でいえば、「俺たち弱いんだから虐めるなよ」戦法。
「ハッサム殿、俺は話を聞いてもらわねばならぬ」
「――聞かぬ選択肢など、儂らにはないのだよ。まずはそれを理解してほしい、若き英雄にして強き教皇猊下よ」
繰り返される言葉。弱者がその弱者であるという立場で俺を責める。イラっとするが、それを責めるわけ気にはいかない。たたっ斬れれば簡単なんだけど。
「御前は儂らと平等な関係を築きたいと言った。そこに偽りはないか?」
「ああ、ない」
「儂らと平等な関係を築くのはイル教国か、それとも御前か」
「どちらも」
「叶わぬ場合はどうされる」
つまり、平等な関係を築けなかった場合、俺やイル教国はどう動くか、ということか。そんなもの決まっている。決別だ。まぁ、侵略もしないし、脅しもしない。時間をかけてゆっくりと。
「そうですね、一応今まで通り、ですよ」
言質を取らせないようにする。ここで、「決別ですね」とでも言おうものなら、侵略などと言われかねない。
「いや、そうはいっても今まで通りとはどういうことか――」
「今まで通りですよ」
「しかし断れば、なにをされるか――」
ドンっと俺は机をたたいた。
「あー、なんでもいいや、めんどくせえ」
そう声を上げた俺に、周りはビクッと体を硬直させた。
別に切れたわけではないが、世迷いごとに付き合うつもりはない。ないことを証明しろというのは悪魔の証明だ。ずるずると会話を続けているのは面倒くさい。なにも武で押し切ろうというつもりはない。
もう少しストレートに話をもっていこう。
「あのさあ、ハッサム殿、対等な関係という文言が気に入らないならば、互恵関係でどうだ。互いに利があるから付き合う。利がなくなれば、協議したのちに分かれる。感情ではなく、理と利で関係を作ろうじゃないか」
「それほどの利が我々が提供できるか――」
「利がなければ来ないよ。そしてそちらにも利があるようにするから、まず話を聞けよ」
ストレートに切り込んだ。
「助祭、この地区の司祭から話を聞いている?」
「はッ、もちろん、このヒップス。司祭より『オゴタ=ハンにて教皇猊下が神意が発現される』と聞いて驚いていた次第」
ヒップス助祭は立ち上がって答えた。
「神意を、発現?」
「そうだ、ハッサム殿。俺はハプーナの地に神意を発現する許可を貰いに来たのだ。その許可が俺が頂く利だ」
「なんと――」
神意発現。神の意志が世界に発せられること。神託といったレベルではなく、直接、ダイレクトにもたらされる神の意志。
俺とプララの結婚式で現れたレティ=サンスースの言葉も神意発現の一種だ。
さすがに歴々らも言葉を失う。
「しかし、兄ぃ、なんでこの地に」
その様子を見てガントが口を開く。
「お前がいるからな」
「え?自分っすか」
「ガントは喧嘩っ早くて短絡的だが、信用できる奴だ。ハナハプーナの人間も悪い奴らじゃない。そして何よりここはイル教国に近い」
ガントはへへっと嬉しそうに頭をかいた。まぁ、半分は本当だ。
「で、内から用意できるそちらの利は二つ。一つはイル教国から、ハナハプーナまでの巨大大橋もしくは巨大海底トンネルの設置とイルスとハナハプーナの貿易の自由化」
「なんだと!この海峡に橋を架けることができるのか!?」
「ああ、うちの国母プラローロがすでに設計と作成に入っている」
これは本当。師匠に頼んだ宿題は大陸をつなぐものの設計と建築だ。前世日本でもこういった海峡大橋の建築には技術がいるが、師匠なら何とかしてくれるだろう。
「5賢人プラローロ様が……」
「こことキエサル大陸が陸路で結ばれる意味を考えたことがあるか?」
俺は説明する。
「このオゴタ=ハンはシルフの森に阻まれて貿易するには海しか使えない。しかし唯一無二のの陸路がこのハプーナの地にできるのだ。一気に行商が盛んになるぞ。町の賑わいもこの比ではない。シルフの森の天然資源?それらを換金する最も良いルートがここの地を通るということになる」
貿易の起点となることの強さ。
「ハッサム殿、一月あれば、このハプーナ領の年間予算額を上回る利益が齎されるぞ」
「それでは、こちらにあまりにも利がでかすぎる――なんの意図がある」
「工事はすべてこちらで行うが、発案と提案をハプーナとしてほしい。周りの民からしてみたら、イル教国から話を持ち掛けたとすると、いよいよ覇権の手を伸ばしてきた、と言われかねない」
俺は正直に語った。
「実際に覇権国家の意思はないのか?」
「違うという証明はできないが――まぁ、目標は妖精王マクダウェルとの友好関係を築きたいというのが最終目的だ」
「ああ、オゴタ=ハンとチャガタ国がマクダウェルと連名で出したあれを気にしているのか」
少し理解ができた、というようにハッサムが頷いた。
「そうだ。俺と妻の結婚にケチつけやがって、という思いもないわけではないが、うちの伝説の大魔王は平和主義者でな」
「あの伝説の大魔王ジャロロ=ジャロが平和主義者だと?」
「ああ、かわいいぞ。まぁ、そんなわけで、マクダウェルと友好関係を築き、世界を安定させたいのだが、話すことができない。そこでマクダウェルと関係の浅い西部地域に強引に根を降ろして、あのシルフの森から引きずり出してやりたい」
そこまでいうとハッサムは笑い声をあげた。
「わはははは、わかった。面白い。なによりもまず一つ、安心した。我がハプーナはイル教国から眼中になかったという安心感。つまり儂たちは大国の陰に隠れて、利益を安心して享受させてもらえるということだ」
「ま、まぁそうだな」
「ついでに儂らハプーナはマクダウェルになんの敬意も払っていない。東部南部地域ならともかく西部地域だからな。安心して乗ろう」
ハッサム殿は周りの幹部連中を見渡した。
「どいつもハゲが直ってやがる。いい顔だぜ。この男にあるハゲの呪いのせいで、どれだけほかの奴らからバカにされたか。くくく、十数年後にはオゴタ=ハンに覇権すら唱えられる!!」
「いや、もう少し早くするつもりだ」
先程説明の途中だった神意発現について俺は説明をした。
「この地に発現する神意は『不老長生』。数年に一度、不老長生の儀をここで執り行う。それによる永遠の若さの提供」
「兄ぃなんだそれは。兄ぃは人を若返らせるってことかい?」
「ああ、数万単位で可能だ。そしてその場に入られるのはイル教徒であること。まぁ、後はオゴタ=ハン国民は、ハプーナの地に入るわけだから、ハプーナ族の了解がいるだろうな。あんまりきついのは許さないが、敵対する部族は入れなくていい」
永遠の若さを手に入れるためには、ハプーナとの友好関係が必要である。
「すごいな、ただただ、すごい話だ。いやしかし、このハプーナが恨みを買って攻められたら、どうする?」
ハッサムはもう決めているようだ。そりゃそうだ。『乗るしかない、このビックウェーブに』状態だ。しかし、詰められる心配点は詰めておく。バカでないのがありがたい。
「イル教国が戦略的互恵関係に基づく同盟を結んでもいい。もちろん、そちらからの要請で」
国力の差を考えればどうしても外せない部分だ。
「なるほど。貿易を通して付き合いのあるイル教国にハプーナ族から要請があったという体を取りたいのですな。御前の望みと意図を理解した。ハッサム=ハプーナ、この申し出に乗らなければ、暗愚のそしりを受けますな」
ハッサムは立ち上がって襟を正してから俺に近づいてくる。俺も立ち上がってハッサムに近づいていく。
「良い話をありがとうございます。教皇猊下」
「こちらこそ、ありがとう、ハッサム殿」
俺達はがっちりと握手をした。
こうして、オゴタ=ハンの一部族とイル教国の戦略的互恵関係に基づいた同盟が結ばれたのである。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
書く方がストレスたまる話でした。




