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交渉事は苦手なのだけれど。第67話

「なに行方不明になっているのよ」

「すまん」


 俺は頭を下げた。言い訳はできるが、どうであったとしても弟の誕生に立ち会えなかったことは、よろしくない。


「ちっ――生きているならいいわ。お兄ちゃんが連絡を取れないほど、追い詰められるなんて、そうないことなのにね。誰?」

「マクダウェル」

「――最古の賢人、妖精王か。お兄ちゃん、めんどくさいの相手にしているわね」


 実際、厄介だった。マクダウェルの闘いは、評価とは関係ない場での干渉。戦いというよりは搦手。究極の時間稼ぎ。下手したら数万年単位で時間稼ぎされかねない。今、あの場で数百年前の英雄が、数分の時の中に閉じ込められているということがあるのかもしれない。


 だが俺は顔には出さずに、問題ないさ、と言った。


 産まれて数日たった弟クルス=サリスを抱いた。うむ、かわいい。そして俺の子供の叔父となる。それだけでただひたすらに大変そうである。


 ついでにいえば、この年の離れた弟はサリス商会の跡取りとなる。パリスとレティが領地付きのサリス伯爵家を継いでしまったからだ。


 クルスが産まれた瞬間に、待ってましたとばかりに準男爵叙爵の知らせが届いた。義父さん(皇帝ミド21世)はとにかく俺の親族に対しては手厚い。分からなくもないが、本当に手厚い。

 ただ、結局サリス商会を継ぐのだから、貴族年金などもいらず、そして俺に対して恩を売ることができる。実質支出ゼロで大義名分もあり、悪い選択ではない。


「クルスはどんな人生を歩むんだろうな――」

「この子は教皇の弟でエルフの女王の義弟。帝室の義弟で魔王の義弟。やばいわ。劣等感に苛まれずに、なおかつ傲慢を戒める。ほんと性格をねじ曲げずに育てるのは大変よ」


 産まれた赤子のこれからを心配しても仕方あるまい。が、俺達は力になることはあるけれども、それ以上に彼にとっては悩ましい存在に違いはない。気を付けたい。


「母さん、間に合わなくて済まない」

「ああ、いいのよ。それよりもおかげで楽だったわ」


 母さんに声をかけると、椅子に腰かけてリラックスしたまま、笑いながら返事が返ってきた。少し心配だったが、評価の固定は成功であったと言える。


 評価での固定は、前世でいうところの無痛分娩に近い効果を発揮した。俺は「痛みを伴わなければ出産ではない」という考えには反対である。どのみちこの後、母親は苦労をするのだ。なるべく楽に出産させてあげたい。


「父さんもおめでとう」

「ああ、久しぶりで緊張したが、思った以上に母さんが楽そうでな。良かったよ」

「前途多難だけど、何かあったら言ってよ。教会としても、うちの国にしても手を貸すよ」


 父さんは手を振って笑った。


「お前のような子だったら、即プラローロ様に預けるぞ――」

「やぁ、それはかわいそうだ」


 と、笑い合う。父さんは言わないが、7歳の時のあの瞬間を思い出しているに違いない。クルスの評価はちゃんと覗ける。とりあえず神の類ではなさそうだ。


 この子が無事に育ちますように、と、俺は心から祈った。


<><><><><><><><><><><>


 港町ハナハプーナ。もっともイルス教国に近いオゴタ=ハン国の港町。俺が前回上陸地点に選んだ港町である。


 俺は酒場に入った。知り合いのガントを探してカウンター席に座る。


「エールのミルク割を一つ」

「お、ライ兄ぃじゃないすか!来てたんですか!久しぶりですね!」


 俺は手間が省けたのを内心喜びながらガントに向き合った。一度殴り合ってから、まるで子分のように近寄ってくる。悪い気はしない。


「よ、ガント、ひさしぶり」

「こりゃちょうどいい!ハゲ治療をうちの部族のお偉方から頼まれてたんすよ。髪の神ことライ兄を紹介しろってうるさくって。めんどくさいかもしれませんが、お願いできませんかね」

「別にいい。治療してやるよ、お前の頼みだしな」


 西部部族の中心的な部族ともいえるハプーナは、この港町ハナハプーナを中心とした領土経営をしている。

 聞くところによると、遺伝的にハゲ因子が強いようで、それを嫌った他部族に娘が嫁いでいくことがあまりないらしい。まぁ、それでも他の西部部族から嫁を迎え入れたり、部族内婚姻をくりかしても問題がないくらいには人がいる。

 漁業と牧畜を中心産業としており、革工ギルドを抱えている。地理的にイル教国に近いために、革細工や革製品を少しであるが輸出している。

 森林の外苑に住む東部部族に比べれば力はないが、ある程度の経済的な豊かさがあるために、西部の中心を担っている。


 まさに俺はその部族を取り込もうと考えていた。


 そのための土産の一つに、短期的にハナハプーナとハプーナ部族の地政学的なポテンシャルを一気にあげる方策がある。聖都イルスとの交易路を整備し、イル教の聖地であるサンの丘と言われる島を中継地点とした橋を架けることを了承する。巨大な橋なので設計は師匠にぶん投げた。最終的には俺が橋の強度を評価で固定するという手もある。


 もっとも、これは侵略の意図があると言われては困るので、ハプーナ部族からの申し出で橋を架けることを了承する形にしたい。


 もう一つの土産はイル教による神意発現が行われる場とするというもの。これはレティが提案してきたが却下していたものを行う。考えてみれば創造神が提案していることなら酷いことも怒らないだろうという目算もある。数年して問題が発生したら、さっさと引き払うことも可能である。


「ありがてえ。さっそく明日いいですか」

「もちろん」


 俺は了承した。部族の長を紹介するように頼む手間が省けてありがたい。


「そうだな!前はここでもうけさせてもらったからな。今日もここの代金は俺が持とう。マスター、今日の飲み代だ!」


 俺は大きな声でそう言って、マスターに銀貨5枚を渡した。周りがうぉぉぉ!!、と地鳴りのような声を上げる。


「ほっ、さすがライ先生だ!今日も宿泊もされていくんでしょう?」

「たのむ」


 その日は夜遅くまで盛り上がった。


 ★


 最後は力業で場を乗り切るのが、今生の俺の処世術だ。最後はいつでも力業。切ったはったで、強引にことを成す。一番の近道であったが、短絡的すぎるのも事実。


 今回もジャロロに同行を求めたが、ジャロロはニヤッと笑って、


「お前様よ。朝までともに閨にいることができるので、いっしょに旅をするのはわしも好きなのじゃが、今回はお前様1人でやってみるがいい。少し政治的な会話術も学ぶとよいよ」


 と言った。


「今回は刃物をちらつかせるのは命の危険がある時だけで、あとは禁止じゃ。それは侵略行為と言われても仕方ないからのう」

「ふむ――」

「相手の欲をちゃんと満たしてやるべきじゃな。幸いお前様には武に頼らなくとも相手に提供する材料は山ほどあるじゃろう」


 精進せいお前様よ、と言って、キスをされたので俄然やる気になった。姉さん女房に発破をかけられたらやる気になるしかない。


 そんなことを思い出しながら、俺はハナハプーナから10㎞ほど南に行ったところにある山城ハプトンにきた。


 ハプトンは洞窟を利用した横穴式住居の典型だが、この世界はそれなりに文明が発展しているので、外回りは石造りで固められ、内装は石と木材でしっかりと整えられていた。空気の循環は少し心配になったが、奥もどこかに通じているのだろう。空気は流れていてきれいだ。

 なによりも冬であるのに若干暖かい。高い温度の温泉が湧くらしく、それをパイプで場内を循環させ、温度を保っているという。


 温泉があるんだな。素晴らしい。


「兄ぃ、ハプーナ部族は気が荒い。俺は兄ぃの力を知っていますが、長たちは侮るかもしれん。失礼があったら許してほしい」


 城中、謁見の間に向かう間に、ガントは心配そうに声をかけてくる。


「大丈夫。気にしないから」


 俺はそう言って笑顔を作って見せる。そう、これは交渉事である。最後に暴力に訴えてはいけない。若干緊張している。


 自分でもよくないと思うのだが、ここ最近、権威慣れしてしまって、人が傅くのが当たり前になってきてしまった。教皇であるという自負と、当然の実力、それから権威として振舞わなければならないという責務が折り重なり、「なぜ俺に傅かないのか」とまで考えてしまう瞬間がある。気を付けなくてはいけない。俺が感じてしまうその思いは、俺に対する周囲の思いを捻じ曲げて行くことになるだろう。


 うん、自重しよう。


 長い廊下を何度も分岐し、謁見の間にたどり着く。俺の評価があれば、確実に正解ルートを通ることができるが、もう一度スキルを使わずここまで来いと言われたら自信がない。なるほど、これは守備力が高い。


 謁見の間にはいると幹部連がならび、最奥にハプーナ部族の長、ハッサム=ハプーナが座っていた。


 みんな、見事にハゲである。


「ライ兄ぃを連れてまいりました」

「うむ、大儀である――」


 俺が立礼をして頭を上げると、城付きのイル教の助祭と目が合った。ハプーナ族のイル教助祭はどこかで見たことがあるような顔だ、と言った疑問を目に浮かべている。

 あんまり俺の顔が浸透しないな。


「ハッサム様、ライ兄ぃは俺の兄貴分っす。よろしく頼んます」

「ああ、わかった。ガント、手間をかけさせたな」

「問題ないっすよ。じゃぁ――」


 ガントは俺を置いて退出しようするので、俺はガントを引き留めた。


「ん、ガント、まだいてほしい――」

「あ、ああ、構わないっす」

「すまない、ありがとう」


 俺は居並ぶハプーナ族のお歴々を見渡しながら、ゆっくりと自己紹介をした


「一応正式に名乗っておこう。私はイル教国教皇ライト=サリスである」


 周囲は、は?何言ってんだこの若造、といった顔。しかしさすがにザワザワせざるを得ない。


「ああ、まぁ、とりあえず、証明ではないけれど――」


 俺は言って、指をパチンと鳴らした。


 もっさぁ、とその場にいたハゲからみんな髪が生える。とりあえず坊主レベルではなく、角刈りくらいの長さにそろえておいた。


「「「おおお!」」」


 お歴々の顔が驚き代わり、声が漏れた。


 ――さて、どうしたら信じてもらえるかなぁ、と思案していると、助祭がすすすっと前に出てきた。


 助祭は袖幅の広い貫頭衣を利用して、優雅にかつダイナミックに正座し、首を垂れる。


「私は猊下のご尊顔を拝見したことが一度ございます。まさか我がハプーナ族が御幸の栄に浴するとは思わず、反応が遅れましたことをご容赦くださいませ」

「ああ、かまわん。助かった」


 俺はほっと胸をなでおろした。


「まさか、ライ兄ぃが、あの英雄ライト=サリスだったなんて――」


 とどまってくれていたガントが驚きの声を上げた。しかし、心なしか、その表情は驚きよりも喜びが勝る。


「ああ、ガント、黙っててすまない。このことはハナハプーナのみんなには黙っておいてくれ。今もこうしているのは、忍んできている」

「わかりましたぜ、俺は口は堅い男です――まかせてくだせえ!」

「たのむ」


 手足になって働いてくれる男が必要だった。ガントは荒っぽいが人情味あふれる男である。ハナハプーナの街でも顔役であるし、こうしてハプーナ族のトップにも顔が利く。どうしても彼みたいな男が必要だった。


「――ふむ、どうやら本物らしい。叩頭せねばならぬのは儂の方かもしれぬが」

「ああ、やめてくれ、そのままにしていてほしい」


 俺は逡巡しているハプーナ族の長ハッサムを手で制した。


「今日はお願いがあってきた。さっきのハゲ治療は、話を聞いてもらうための手付金だ」

「その話が、難しい話ならば」

「――断ってほしくないが、致し方なし。俺は先程のハゲ治療に『聞いてもらうための手付金』の意味合い以上のことを言うつもりはない」


 本来ならぶっ殺すぞ、いうこと聞けや、とやりたいところだが、そうはいかない。


 俺のあまり得意ではない交渉が始まった。


少し空いてしまいました。

いけませんね。ツイッターでかまけて居たら、どんどんと書こうとするリソースが削れて行きました。

表現はまじめに。

ただ、仕事が修羅場っています。コツコツ更新していきたいと思いますが、何卒よろしくお願いします。


読んでいただきありがとうございます。


では。

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