行軍訓練はカオスな第37話
2ヶ月にも及ぶ長期休暇が終わり、後期が始まった。
俺たちは毎日のように冒険者ギルドに詰め、1回生や2回生のサポートを行った。特に2回生はリミットが半年後に迫っているため、なるべく早くDランクに上がらなくてはならない。
シャララはDランクになっていた。4回生の妖魔族のピリン=ピリャとチームを組んで休みの間中狩りまわっていたらしい。
重力制御魔法を利用した食肉系の動物の乱獲らしい。
「ずるいか?」
彼は少し照れながら笑ったので、「全然ずるくない。正しい使い方だ」と褒めたらうれしそうにしていた。
ピリンは少し疲れた顔をしていた。当てが若干外れた感じか。だが、ラクを選択せずにシャララに献身したことは認めてあげたい。
しかし、ピリン=ピリャの雰囲気が想像と違って驚いた。さぞかしエロエロ姉ちゃんかと思ったら、どちらかというとお母さんのような地味目のやわらかい雰囲気。
プララに聞くと「あの人は本物の男たらしですから」と返答があった。目当ての男をしっかりと狩る姿勢はすごいとも。
ギルドのワギュウに長期休暇の様子を聞くと、皆必死だったという。どうしたら攻略できるか、より効率よくポイントを貯める方法は、など皆で情報交換をして、どんどん仕事を効率化してきているという。
「こんなことはプライドの高い冒険者では無理だからな。だが学生は義務でやっているから死にたくないし無駄を嫌う。安全と効率化は必然だったな。今は駆け出しの冒険者はここで学生の話に耳を傾けたり、一緒に組んだりしてるんだ」
昨年に比べ冒険者数は膨大になったが、ケガや死亡の確率は極端に減ったという。とくにEランクの死者はいまだ0人であり、勇気と蛮勇を勘違いし死亡する新人がいないというのはとても珍しいことだ、と笑っていた。
驚いたのはミラー=キャスとラビの採集コンビ。貧弱系の1回生の女子を巻き込み、冒険者ギルドの一大派閥となっていた。その動きはチームというよりは組織。組織力を生かして採集ポイントの地図化と採集の難易度を調査し、Eランク向けの採集マニュアルを完成させた。その功績を買われて、ミラーとラビ、他2名がDランク昇格を果たしていた。
「そんな方法があるんだな」
「今はDランク採集を見ているんだけど、やっぱり難しいよ」
キャスは笑って言った。プララは彼女とラビの寮内の対人能力の上昇に驚いたと言っていた。
執行部黒猫のメンバーは、この長期休暇を利用して、各々が体や魔法を鍛えていた。秋になると大樹海の行軍訓練がある。その責任ある立場として、さらなるパワーアップが必要らしい。
「俺の代で死者を出したくないからな」
当代の魔帝テムジンはそういって体をパンプアップさせた。
「昨年はでてるんですか?」
「でてはない。だが、俺が2回生の時に一人出た」
「4回生の王の方ですね」
ジャリリがつぶやく。
「まだ、私は王に就任していなかったので、交流はなかったのですが――」
「俺はあった。一年半以上一緒にいた竜人族の女性。アッシドハルーン。責任感の強い人だった」
その責任感の強さがな、とテムジンは言って再び筋トレに戻る。
「まぁ、私が回復魔法をかけてあげるから、多少の傷なら大丈夫」
シュシュトリが重い空気をはじくように言ったが、「ああ頼む」といったテムジンの顔は、硬いままだった。
3回生以上は参加する行軍訓練は魔校3校の対抗戦の意味合いもある。各校の威信をかけたものではあるが、参加者はそれ以上に命の危険があることに緊張を隠せない。学校としても、最も大きな行事であるため準備期間はそれなりにとっている。
だが、1,2回生はあまり関係がない。毎日、同じように授業を受けて、帰宅するとギルドの依頼を見に行く、といったことを繰り返していた。
行軍訓練まで1カ月を切った。今年の行軍場所である大樹海は歩行移動であれば3週間はかかる場所にある。訓練であるため、3回生以上の学生は大樹海までの長距離移動を開始する。
出発の2日前、俺はバーベキューをした。3回生以上は自由参加の壮行会だ。1回生2回生を使って大量の肉を焼いた。黒猫のメンバーはもちろん、ほぼすべての学生が参加した。
ちなみに、俺たちはすでにアイテム袋を二つ手に入れている。どちらも120㎏を収納し状態保存もかかる。今は仕送りなどなくても十分にやっていけるだけの収入もある。今回の肉は俺たちがとってきた肉と、学生指定で俺がギルドに発注した肉である。
「盛大な会をありがとう」
テムジンは肉を食らいつくして、もう誰も手を伸ばさなくなった頃を見計らって言った。
「我々3回生以上は行軍訓練をみんなで乗り越えてくる。もちろん、3校の中でトップの成績を持ってくるから、下級生諸君は楽しみに待っていてくれ」
大きな声でそう宣言すると、会場のボルテージはマックスになった。
シュシュトリが竪琴を取り出すと、音楽を奏でた。それに合わせて自然と男女がペアになって踊り始める。
シャララはピリン=ピリャのもとに走っていくと、手を取って広場の中央に進んで踊り始める。いい雰囲気である。
「シャララはピリンさんのことを心配でしょうね」
「ああ、心配していた。まるで自分が行軍訓練をするかのような顔をしていたな」
「あ」
プララが声を上げる。会場の真ん中で、シャララがピリンにキスをした。無理やりではなく、ピリンがリードをしてシャララを引き入れたような形。
シャララの顔は真っ赤だが。
ヒュゥと、口笛が吹かれる。だがそれは冷やかしというよりは応援に近い。
3回生以上の誰もが緊張をし、気持ちが高ぶっている。不安を打ち消すようにパートナーを求め、相手のぬくもりを感じながら踊る。逃避ではあるが、咎めるようなものでもない。
シュシュトリはその空気を読み取ると、艶のある曲を奏で始める。澄んだ夜空に美しい声が流れる。
「シュシュの歌はきれいですね」
「うん、だが、シュシュさんはいつもああして歌っているだけだが、彼女は恋人とか作らないのか?」
「シュシュの許嫁はご実家にいらっしゃいます。それにラミアは基本卵生らしいのであまり相手のぬくもりを感じたいという気持ちはないそうですよ」
それは知らなかった。
「女の子の方が気持ちがいいとかいって、お風呂ではすぐに体をくっつけてきますけどね」
あの巨乳をくっつけるのは女子だけなのか!うらやましい!
穏やかで緩やかな空気に悲壮感を隠して、壮行会は消灯の時間になるまで続けられた。
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それからの一カ月は、俺とプララで1,2回生をまとめながら学園生活を送った。5月のころに比べれば、3/5が行軍訓練に出ているのでいたって穏やかだった。
シャララが毎晩俺のもとに来て、「今はどこにいる、けがをした者はいないか」と聞いてくるので、通信機で話したことを伝えてやった。その都度、胸をなでおろすのを見ていると、本当に好きなのだな、と思う。
ただ、通信機が使えるのは大樹海のふもとに作られたベースキャンプまで。行軍訓練にそんなチート物品を持っていくわけにはいかない。行軍訓練の5日間は入ってくる情報は0に等しかった。
「な、なあ、ライト。3年前の行軍訓練の死者はどうして出たんだ?」
シャララが不安に駆られている。
「狂乱熊、さ」
狂乱熊、熊とついているが実のところ生物としての熊ではない。魔物である。
5mを超す体格と魔法に対する抵抗力で恐れられている。村や規模の小さい町などに出没すると壊滅することもあるので、見つけ次第軍隊があてられることになっている。普段は大樹海の奥地で活動するため、行軍訓練に出てくることはない。
「その狂乱熊がでた。運悪く、魔校3校のうちのサスティラ校の間近にだ。行軍訓練は即時中止。とにかく最短ルートを魔帝が切り開き、4回生の王が殿を務めた。4回生の王、アッシドハルーンは竜人族で防御に優れ、普通の刀では傷がつけられないといわれるほどの人だったらしい」
俺はため息を吐いた
「アッシドハルーンはその他の学生を逃がすことには成功した。しかし、彼女自身は連れ去られてな。彼女の遺体が見つかった時の状況は凄惨だったそうだ。明らかにいたぶられた跡があったそうだ」
「なぜそこまで危険なことを――」
「狂乱熊は行軍訓練が行われるような大樹海の浅い部分には出てこない。一言でいえば運が悪い。数百年の歴史の中で狂乱熊が出てきたのはその一度だけだ」
一度出てきたからといって、行軍訓練を無くすような倫理観を魔国の人たちは持ち合わせていない。たまたま、なんらかの、突発的で、不作為の要因が重なって、狂乱熊が現れた、とされた。
アッシドハルーンは殿を務めたことを高く評価され、生前にさかのぼって魔帝にされ、準士爵ではなく、士爵を叙爵された。
「無事で帰ってきてほしい――」
「今年の魔帝テムジンさんや4回生のジャリリさんは優秀だ。4月のころに比べてかなり力をつけてきたことを俺は知っているから、そんなに心配をすることはないさ」
「ああ」
恋人であるピリン=ピリャのことが心配なのだろう。それは分かるが、毎日不安そうな顔を見ていると、若干気が滅入る。
行軍訓練4日目朝、そんなことを思っていたら、一報がもたらされた。
ジャリリからの緊急連絡である。
通信機の伝達にタイムラグはない。つまり現地のことを最もつかんでいるのは俺だったため、そのまま職員室に駆け込んだ。
「ライト=サリス、何事です!」
「行軍訓練にて魔帝テムジンが死亡、3回生のシュシュトリが行方不明です――」
狂乱熊がでた。
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「なにがおこったのです?」
魔道車に乗り込んだ俺にプララが聞いた。
魔校は臨時休校となった。機動力のある俺たちは副学園長と主幹教諭、1,2回生の学年主任、など6人を魔道車に乗せて大樹海のベースキャンプに向かっていた。
客車はまさに通夜状態。御者台でよかったと思いながら、魔道車は俺たちの魔力を吸い取りながら走る。
「また狂乱熊が現れたらしい」
俺は魔道車を制御しながら、かいつまんで説明した。
3日目に狂乱熊が現れた。今回はサスティラ校の近くではなかったが、殿をすすむテムジンは声を聴くなりダッシュで現場に駆け付けた。シュシュトリはジャリリに行軍訓練の中止と先導を頼み、自分はテムジンのもとへと戻っていった。ジャリリは必死に大樹海のルートを外れてベースキャンプにたどり着いた。3校ともジャリリの先導でベースキャンプに到着できたことをホッとしていた。教師連が樹海の道を戻るとテムジンの首がちぎれた遺体と狂乱熊の遺体が重なるように倒れていたという。
――だが、シュシュトリの遺体も姿もなかった。
狂乱熊のとどめはテムジンに違いない。彼の腕の太さ分の穴が狂乱熊の体にあいていたからだ。しかし、テムジンを殺したのはだれか、という問題が起こる。シュシュトリに首をちぎるほどの力はないし、殺す理由もない。
だとすると。
すくなくとも狂乱熊はもう一体いるのではないか、とされた。
「シュシュ……」
「考えるな。テムジンもシュシュも務めを立派に果たした。他に死者はいないことがそれを証明している。俺たちの誇り高き先輩だ。今はとにかく急ぐ。後のことは現地でかんがえるぞ」
魔道車は二晩、休むことなく走った。俺たちは体の状態を固定しているので、疲労なく走ることができたが、適宜教師連と交代しながら走らせていった。
そしてたどり着くベースキャンプ。
生徒の避難、つまり帰校にむけた準備はすでに完了し、この地を出発していた。ベースキャンプでは領兵と学園の教師陣が狂乱熊への対応策を練っていた。
ジャリリは生徒を連れて帰路に就いたという。この数日、彼はほぼ不眠不休で指示をし、泣き言をいうものを叱咤し、支えていたという。
「ご苦労だった――お前たちも帰りなさい――」
「副学園長先生、帰るわけがないじゃないですか。シュシュトリを探すのは我々の仕事です」
「バカな、未熟者が残って何ができるというのか」
俺はふっと笑った。
「ロートルが偉そうに。誰に向かってモノを言っている――?」
「なっ」
「副学園長はツーザン30人殺しと禁忌の姫よりも戦力になるのですか?」
俺は、静かに言った。
「――Bランクの冒険者だったな。わかった、許可する」
「ありがとうございます。俺たちがしたいのはシュシュトリの捜索です。狂乱熊はお任せします」
副学園長と領兵の長は頷いた。
「さて、いくか」
「ええ」
そうして、俺たちは大樹海に足を踏み入れたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
話は関係ないのですが、次の話で20万字になります。誰もお祝いしてくれないので自分でします。わーい、おめでとう!自分!
読み返しているとたまにとんでもないミスに気が付くことがあります。ゼッターランドという姓をいつの間にかサザーランドにしていたりして、「なんでこんなにサザーリン辺境伯と同じ名前になっているの?」と悩みながら執筆していたことの答えが見つかりました。関係表も作っているんですけどね。
さらっと修正しました。
ここまで読んでいたきありがとうございました。




