少年は英雄にあこがれる(閑話休題)
パリス=サザーリンは伯爵家の3男である。
つい先日、親は「イル教の神託の御子を守り育てた」という名目で辺境伯になった。ついでに寄子であるマリエント家も男爵に、自分の許嫁の実家のサリス家が準男爵になった。同じ理由で。
――で、戻ってきたのは、行方不明になっていたライトなんだよな。
混乱する頭で父であるサザーリン辺境伯に聞いた。
「ライトが神託の御子なのですか?」
「お前は様をつけろ。ライト=サリス殿は侯爵に叙爵された」
父はそれ以上言わなかったが、パリスにはその意味が理解できた。
――神託の御子。多神教イル教が創造神サンスースの名のもとに数百年にわたり追い求めてきた神託の御子。それがライトか。
彼にとって幼馴染でもあり、許嫁の兄でもあるライト=サリスは憧れの対象であった。
小さい頃は同級生ではあるが、「勝つ、負ける」という相手ではないことを感じていた。身分は確かに自分の方が上であったが、彼がその次元にないことは幼くてもわかった。
すくなくとも同じ子供ではない。
許嫁であるレティ=サリスが強烈なブラコンなのも頷けた。彼のライト=サリスに対する憧れもレティ同様に強烈なものだった。
数年前、ライトが連れ去られたあの日。パリスはサリス兄妹がいつもと違う雰囲気を出していることに気づいていた。今から入学するスクールに対して気持ちが向いていない。
パリスが「楽しみだねー」と声をかけても「ああ」「ええ」しか返ってこない。
そして、野盗騒ぎが起こる。
彼はパニックになったが、ブラコンを自他ともに認めるレティが全く騒いでいない。かわりに彼女がブツブツとなにか呟いていたことを彼は記憶している。
その後、ライトの行方不明が知らされた時も「そう」と呟いただけであったし、彼女の叔父で優しそうなヒルディ=サリスが責任を痛感して自殺したという話を聞いた時には、本当にうっすらだが笑みを浮かべていた。
「お兄ちゃんは死んでないから大丈夫よ」
「それはお祈りなの?」
「そうかもしれないけれど、そうでないかもしれないわ」
そんなはぐらし方をされた。
それからのレティはとんでもない天才っぷりをいかんなく発揮した。
曰く「負けられないのよ」という一言に強い意志を感じさせる。勝てる相手はいないだろ、というパリスの言葉は、あいまいな笑みで返された。
さらにここ数カ月は彼女はスクールのトップに立つために一切の妥協を許さなかった。
学業の成績、体術や剣術などの成績、魔力制御の成績などすべてで学年トップの成績を収めた。それでもまったく油断しないばかりか、一学年上、二学年上の試験にも無理を言って参加し、すべてをなぎ倒し、名実ともに学園のトップになった。
少し満足そうな顔をしていたのが、4月。しかしある日を境に、さらに上を目指して動き始めた。
「負けられないのよ」
誰が彼女に勝てるというのか、とパリスは思った。
パリスはこの地の領主の息子である。そのため、早くから彼に接触してあわよくば恋仲になろうとする女の子は多かった。それこそ貴族も平民も問わずだ。
だが、それらをすべてつぶしたのもレティだった。
悪徳令嬢もかくや、という形で、自信を頂点とする派閥を学内に作り上げ、上下左右どちらに向いても彼女の顔色と言葉を伺う女の子の一団を作り上げた。
彼女に敵対すればかならずどこかで致命的な割を食う。が、味方になればとことん面倒を見る。そんな一団であったため、派閥はとんでもない勢いで成長した。
そんな彼女の恋人であるパリスに手を出そうとする子は今はいない。
「嫉妬しちゃうのよね」
といって悪びれもせずに笑う彼女は少し怖かったが、パリスは「浮気とかありえないよ」と笑って見せた。
すでに学内のパリスの立ち位置は「領主の息子」ではなく、「レティ=サリスの恋人」であったからだ。
そんな彼女が「ちょっと1週間くらい学校休むよ」と言ってきた。といっても、もうそろそろ夏の長期休暇。彼女の成績と人間関係なら問題ないが、少し不思議に思ったパリスはなぜかと尋ねた。
「お兄ちゃんが帰省するから、出迎えてあげなきゃ」
「お兄ちゃんって――ライト、生きてたの?!」
「死んだなんて一言も言ってないわよ」
冷たい顔でレティが言った。確かに聞いていないし、彼女は生きているを繰り返していた。
「ああ、ごめん、素直に意外だったんだ」
「いいよ。ただ、パリス、ちょっとこれからは刺激的な時が続くよ」
パリスは彼女の笑顔に少し心が冷えたのを覚えている。
しかし、彼もうれしかった。あのライト=サリスが戻ってくるのだ。小さいころから、恰好が良く、何をやらせても完ぺきにこなす。
「じゃあ、ライトもスクールに通うの?」
「お兄ちゃんは、今、違うところに通っているわ」
「どこ?」
「あたしの口からはちょっと。休みになったら来て自分で聞きなよ」
レティは笑っていった。
それから数日したころだった。
「おめでとうございます、パリス様」
突然、声をかけられた。
生徒会長のレティの補佐役であるパリスが、彼女の休みの間にしなくてはならない仕事をこなしている時である。とはいっても、校内清掃活動の活性化ポスターを張り出すという簡単な仕事であるが。
「学園長先生、なにがですか?」
「お父様の辺境伯への陞爵のことです!」
父の陞爵。なんのことだ、と一瞬耳を疑った。
父は伯爵として、なんら滞りなく領地運営を行ってきた。堅実を旨とするその姿勢は、正しく領民に受け入れられてきた。
だからと言って陞爵するほどのことではない。
「神託の御子を守り育てたというのですから、素晴らしいことです」
「父が、神託の御子を?」
「パリス様は神託の御子にお会いされたことがあるのですか!」
「いえ、ありません――」
パリスは曖昧な返事をして、その場を切り抜けた。
その後、判明する父とゼナの町のマリエント家の陞爵、レティの実家のサリス家の叙爵を聞き、一つの仮定を立てる。
「ライトが神託の御子なの?」
「お前は様をつけろ。ライト=サリス殿は侯爵に叙爵された」
実家に帰って父に尋ねるとこの返事。
――ライトが神託の御子か……
幸い、明日はライトとレティに会う。
――そこで話を聞けばいい
彼はすでに見誤っていた。
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「パリス=サザーリン、生贄のブンドの討伐に多大なる功績を果たしたことを認め白剣章を叙する」
パリスは混乱する頭のままに、叙勲式に臨んでいた。目の前にいるのは苦虫を噛み潰したような顔の父サザーリン辺境伯だった。
「は――!」
「またその功績をもって陛下より騎士爵位を下賜される。謹んで拝命せよ」
「は――!この剣をミド陛下を守るために」
生贄のブンド討伐は、彼がなしたことではない。彼の友人であるライト=サリスがちょっと散歩にでも的な感じで洞窟へ向かい、殴り倒して縛り上げただけである。
しかし、ゼナを守る兵の詰所に突き出したのはパリスだった。正確には突き出させられた。
領都ザーリスやゼナの町の熱狂具合はすさまじく、パリスの父サザーリン辺境伯がとても悩ましい顔をしていた。
「御子殿か――」
「すみません、ですが、ライトが――ライト様がどうしても僕に突き出せと」
「しかたない。御子殿の名前もプララ殿の名前を出すわけにもいかぬ。お前が義憤に駆られ冒険者を指揮をして、討伐に赴いたことにするしかない――」
という、やり取りがあった。
サザーリン辺境伯は、権限で出せる最低ランクの白剣章を出して、その功績を形だけ取り繕うとした。
しかし、どこをどう間違ったか、帝都までその話が伝わった。様々な思惑が重なり合い、パリスの叙勲まで話が進んだ。帝都の上層部にとってサザーリン辺境伯周辺の話は、国家の最重要事項であったためだ。
「よ、英雄!」
「見事な叙勲並びに叙爵の言葉でしたわ」
いろいろあって一週間後、ライトとプララがそろそろ魔国に戻るというので、領都ザーリスでデートをした。サザーリン家の別邸のあるゼナの町はサリス家もあってよいのだが、領都見物もかねて3人がやってきたのだ。
「――それはなんの嫌味なのさ」
「嫌味じゃないわよ、お兄ちゃんは普通に楽しんでいるだけよ」
レティがレモンティをすすりながら、淡々という。
パリスは息を一つ吐いた。
「これでライトに向けられた答えのない疑惑の目は、分かりやすい結果を出した僕に移ったということだね」
「ああ。でも、別に意図したわけじゃないさ」
意図したわけではないのは分かるが、ライトの力を目の前で見させられたら、意図する意図しないなど別次元であることは理解していた。
「ほんとにライトはいつだって天才だね――」
そう、彼はいつだって別次元。パリスは自分が歴史上の偉人となるであろう男と友人であることを心から嬉しく思った。
ちょっと閑話休題をはさんでみました。




