即断即決の戦略帝ミド=アッティラ21世の第33話。
アッティラ新帝国。300年前に魔国への侵略を企てた旧帝国は魔王ジャロロ=ジャロの極大消滅魔法によって多くの人民と大地を失った。さらに狂乱した旧帝国はキエサル大山脈に2300㎞にも及ぶ壁を作り国を疲弊させ、民の心を離れさせた。
のちの戦略王こと旧帝の甥で公爵だったミド=アッティラは、鎖国している魔国に一方的に敗北宣言と賠償金は支払わないことを宣言し、この侵略戦争は終わった。
魔国にしてみたらそちらが仕掛けたくせに都合のいい話だ、と一部で声があったが、唯一戦いに参加し、唯一戦果を収めた魔王ジャロロ=ジャロがそれを公に認めたこと、そしてかの魔王自身が退位をしたこともあって、話はそこで終わっている。
ミド=アッティラはその功績をもって、旧帝の失態を責め、退位を迫った。多くの貴族もそれに同調し、旧帝国の責任にすべて擦り付け、新帝国はスタートしたのだ。
「だから、新帝国の国是は自領安堵。他国との関係をこじらせないようにしてるのよね」
「へえ。俺はこの国の成り立ちほとんど知らないや」
「でしょうね。スクールに通わなくちゃ、教えられないもの」
レティが胸を張る。
「ちなみにジャロロ=ジャロの極大消滅魔法、プララがほぼ復活させた」
「え?」
「山に穴があく程度ですからまだまだです」
レティは腕を組んで何かを考え込んでいる。
会談の間に行くことができる控室。ここにいるメンバーは俺たちを抜かせば、マリエント家のおじい様とサザーリン伯、プラローロ師匠に枢機卿のヨハンさん。
父さんと母さんは家長的なおじい様に遠慮をした。
一昨日。サザーリン伯がゼナの町につくと、すぐに話し合いが始まった。サザーリン伯は基本無口な人らしくほとんど口を開かなかった。
ただ、師匠とヨハンさんには恭しく頭を下げていた。
敬虔なイル教徒ということで、最後に「ライト様に、我が信仰をささげるとともに、他言しないことを誓います」と宣言されていた。
さすがに自分の寄り親であるサザーリン伯に頭を下げられて、耐えきれなくなったおじい様が「いえ、我が孫にそのような」と口をはさんだ。
しかしサザーリン伯はおじい様を一瞥すると「卿の孫に頭を下げているのではない。我が信仰の対象であるライト様に頭を下げているのだ」とドスの利いた声でおじい様を窘めていた。
そんなこんなで、今はアッティラの帝都ララミスに来ている。表向きは師匠とミド21世との会談であるが、我々は謁見扱いとなっていて、ややこしいが仕方ない。
「ミド21世陛下の準備が整いました。こちらへ――」
侍従が現れて師匠とプララを案内する。ここでは彼女たちは国賓扱い、我々は臣下扱いだからだ。もちろん、案内はされないが、同席は許されている。会談の間に進んだ。
「ずいぶん待たすんだね!21世くんも偉くなったものだよ!」
ヒッと侍従の喉が鳴った。
そう、なんどもアレだが、プラローロ師匠は伝説であり、歴史そのものだ。初めて会う人には畏敬の念を抱かずにはいられない。
「プラローロ殿、よくぞ参った!」
「やあ、ミド、戴冠20周年以来だね!」
部屋に入るとミド21世はすでに席についていた。謁見の間ではなく、会談の間、ということで円卓だ。
後宮ではあるが強い主張を感じさせない瀟洒な服装は、帝王を名乗ってはいるが、穏やかな人柄を感じさせる。
「もう戴冠して四半世紀になるが、そなたはいつまでも変わらぬな」
もう700年も変わってないんだよ、と師匠は言いながら、円卓の対面に腰を掛けた。
「セバスティアン卿、サザーリン卿、そして――うむ、マリエント卿もよくぞ参った」
大人3人と、俺たち兄妹は立ったまま頭を下げた。ヨハンさんは国民のため、4枢機卿とはいえ臣下扱いをされる。
若干、おじい様の名前を呼ぶときに逡巡していたのは仕方ない。士爵位は最底辺の貴族で山ほどいる。貴族の7割が士爵家であることを考えれば、覚えていたというよりは、あらかじめカンペが差し込まれたのだろう。
ミド21世にしてみれば、事前のブリーフィングで誰が来ているかはわかっているであろう。俺たちの紹介はされない。当然、後の話になる。ミド21世の評価を見れば『サリス商会の長男と長女』だ。
「ああ、あと、私の娘を紹介するよ!」
「ほほう、そなたのご息女、とな」
ミド21世は興味深げにプララを見た。
「プララ=セローにございます」
「ふむ、美しい。プラローロ殿、そなたほどの偉人と恋に落ちることのできる男とはどんな男なのかな」
「リャララ=リャラだよ!知っているかい?!」
「――前魔王リャララ=リャラ――殿か!!!」
辛うじて、殿をつけることができた。ミド21世にしてみれば、リャララ=リャラは恐怖の対象であることが、評価で見て取れた。
「ああ。それも踏まえて今日は話しに来たのさ!!ちょっと重大な話だから人払いをお願いしてもいいかな!!」
「断ることは――」
ミド21世が言いかけた時だった。
「我が帝、発言をお許しください」
「――サザーリン伯。卿が朕を裏切る男ではないことは知っておる。それでもなお、ここにいるというならば卿の判断を発言することを許す」
「これは我が国の安全保障に関わる一大事にして、世界の在り方にかかわる問題。人払いなさらなければ、我が国に甚大な問題をもたらすでしょう」
ふむ、と、ミド21世が頷いた。
「さがれ」
「しかし――陛下!」
近衛の1人が声を上げた。
「愚か者。忠義の者サザーリン伯がこの場にいることこそ、朕の命が保証されておることを理解せよ」
「はは――」
近衛は鋭い眼光をこちらに向けて、一礼をすると下がっていく。
「サザーリン卿はミドくんに信頼されているんだねえ!」
「我が忠誠は陛下のためにあるものゆえ――」
サザーリン伯は立ったまま頭を下げた。
「これでよろしいか。話を聞かせていただこう。とりあえず、皆、座れ。」
ミド21世は首をコキコキと鳴らした。
「これ以上、気を張りたくはないのでな」
「は――」
師匠の左隣にプララ、俺、レティ、おじい様の順で座る。師匠の右側にヨハンさんサザーリン伯と座った。
「今日はミドにお願いがあってきたんだよ!」
「――その前に。プララ殿はリャララ=リャラ殿の娘、とは」
ミド21世は気色ばんでいた。父さんもそうだが、このアッティラ新帝国の大人は本当に魔国を恐れている。
「そのまんまさ。それも説明するから待ってなよ。めんどくさいな」
「うむ――」
師匠はそこそこ強い発言をする。
「まず、このプララの許嫁がこのライト=サリスなのさ」
「ライト=サリスです。そしてこちらが双子の妹のレティス=サリス」
「ふむ?」
突然紹介された平民の男の子、つまり俺に、アッティラ帝はいぶかしげな眼を向けた。まあ、俺のことは基本的な事項、サリス商会の跡取り息子くらいは話がいっていることだろう。
「ああ、ミドにこんな報告は上がっていないだろうけれど、この子はスクールに向かう途中に盗賊に連れ去られ、我が国に流れてきた少年さ!」
「そうか。そういえばサリス商会の息子だったな。いや、そんなことがあったのだな。難儀であった」
型通りの声掛けに俺は「もったいなく存じます」と返した。
「この少年の国籍を我が国のものにすることに反対かい?」
「いや――法に照らせば、我が帝室の御用商会であるサリス商会は継がすことはできぬが、問題はない。サザーリン伯の息子とそちらのレティスの婚姻が決まっているなら、跡取りの問題もあるまい。それを許そう」
「良かったよ。ということで、このライトは次期イル教主にして、650年前の神託の御子さ。髪が赤いだろう」
「――なッ」
さらっと告げた言葉にアッティラ帝が目を剥いた。
「連れ去られ、我が国にたどり着いた日が、神託にあった日でね。イル=サン27世によって認められた話さ」
「――セバスティアン卿、まことか」
「正しく神託の御子にございます。神託の御子様は我がイル教の主にて、教主イル=サン27世の上に位置すると考えていただいてよい話」
アッティラ帝は震える手で目の前のコップをとると、中の飲み物をぐびっと飲み干し、ふぅぅぅっと息を吐いた。
「まだ幼子ではないか――」
「今、私の弟子として、魔国に留学しているんだけど、すでに人族の英雄扱いさ!齢11にして魔国のプロの暗殺者50人を1人で相手にし、無傷で30人を殺し、20人を生け捕った男さ」
「なんだと――化け物ではないか」
と言って、その失言に気づいたのだろう。「すまぬ、ライト殿――」と頭を下げた
「いやあぁ、話が早くて良かった。あと、このプララは魔国の王女で、エルフの王女という立ち位置にいるけど、魔国にとっては『禁忌』扱いでね。魔国とエルフとイル教国が手を組むってこともないさ」
「そう、か」
また一つ吐く安堵の息。
「ライト殿――」
「はい」
「そなたは何者だ」
「サリス商会の一人息子です。今は師匠の弟子であったり、神託の御子であったりするのですが、学生というのが一番あっています。魔国の冒険者ギルドではBランクを取得しました。このままなら魔国で準士爵に叙されることは既定路線になっています。といっても、イル教国の王になるので、魔国の爵位に意味があるかという問題が出て来るのですが」
アッティラ帝はそこまで話を聞くと、目を手で軽くマッサージしながら、「なんという話だ――」と呟いた。
「――わかった。ならば我が国の爵位も持っていけ。あって困るものでもあるまい。よいか、プラローロ殿」
アッティラ帝は投げてよこすように叙爵の話をする。
「うん、そうだね!ついでに我が国の次期王にしてイル教主の父親が平民でも、我が国としてはべつにまぁ、いいんだけれど、どうするんだい?」
にやにやと笑いながらプラローロは問いかける。
「――ふむ。我が国においてイル教主を守り育んだ功績をもって、カイン=サリスを準男爵に、マリエント卿を男爵に、サザーリン伯を辺境伯に叙する。それに値しよう」
「いいね!なかなか良い決断だよ!」
素直に称賛している。たしかに決断が早い。しかもおじい様は2階級、父さんは帝国の制度としては平民が士爵を飛ばして準男爵まで上がった例はない。
「そして、次期イル教教主ライト=サリス殿を我が国の侯爵に叙そう。しかしこれは我が臣下を意味しない。あくまでも我が国出身である次期教主殿に、我が国として栄誉としての称号を差し上げるものである。いずれ我が国の第3王女エンデを嫁がせたい」
――へ?
帝国貴族の序列的に言えば帝、公、候、辺境伯、伯、子、男、準男、士なわけだから、上から3番目である。
「セバスティアン卿には、我が国の宗教顧問に就任していただく。同時にイル教を国教として定める」
「そこまでもちあげていいのかい?!」
師匠がちょっと嬉しそうに笑った。アッティラ帝は表情を変えずに淡々と話していく。
「神託の御子が我が国から誕生し、イル教国の教主になるというのならば、我が国にとってイル教国との同盟がなったも同じ。さらに、魔国とエルフの王女プララ殿が第一王妃、我が国のエンデが第二王妃ともなれば、魔国に怯えることもなくなる」
「それは杞憂だ、と何度も説明しただろ!」
プララに対する気遣いなのだろうか。自分の娘を第二王妃とすぐに位置付けた。決断の速さと目的のために出し惜しみをしない姿勢、アッティラ帝はなかなかの人物である。
「朕が理解しても臣民は理解できぬ。イル教の次期教主によって三国が結ばれるというのは臣民が理解できる分かりやすい事なのだ」
「なるほど」
「そもそも国教だ、などといってもよほどの無宗教主義者以外は皆イル教の信者。だれも反対もしまいが、これもまたわかりやすい。朕は何もしていないが、朕によってもたらされた心の平穏と表現することもできよう」
アッティラ帝はニヤリと笑った。
「ありがとうございます。――ですが」
「ふむ、ライト殿、懸念があれば話すがよい」
「私はまだ、次期イル教主になるといったことは公にしたくはない」
俺はまだイル教主になるつもりはない。肉体的な成熟ともう少し猶予が欲しい。
「それは気にしなくともよい。貴公がそう考えるならば、朕もまた貴公のことを公表しない。ただ、『神託の御子が我が国から見つかったこと』『功績があったものを叙勲すること』『王女エンデを嫁がせること』を示せればいい。エンデはもう17歳だが心の準備もあろう。正直時間があるのは父親としてありがたい」
指を三本折って見せながら、「エンデは末娘なのでな、こう見えても断腸の思いではある」といった。
「ははは、さすが戦略王の子孫!勝つ場を作るのが素晴らしい!!」
確かに、今、この情報を聞いてこれだけの策を出してくるのは並大抵ではない。
「ふふふ、プラローロ殿、ならば我が名に二つ名をくれてもよくないか?」
「わかったよ。こちらのことをずいぶん聞いてもらったからね。イドくんを戦略王――いや戦略帝という二つ名をイル教主教母として発表するさ」
二つ名を発表することも師匠がするんだな。影響力の問題だろうか。
「我が帝よ――先程、何もしていないと仰せになられましたが、戦略帝とは本来そのような『戦わずして勝つ場を見抜き決断する者』をいいます。300年もの間、我が国の国民の意識に横たわる安全保障の危機を、決断1つで解消なされた。まさに戦略帝にふさわしい。この辺境伯サザーリンも、この二つ名の持つ意味を語り継ぐ語り部となりましょう。歴史に名を遺す名君に巡り合えたこと、これも栄誉の極みであります」
無口だが、必要なことは雄弁に語る。サザーリン辺境伯が信用するに値するというのは、こういった姿であろう。
「うむ、頼むぞ――」
「陛下、発言をお許し願えますか?」
一段落したところで、レティが声を上げた。
「許す。なんじゃ」
「陛下はプララさんかライト兄さんの実力を見ておかなくてもよいのですか?」
「お前、何を言い出すんだ」
「お兄ちゃんは魔国のエリートが集まる魔校でも3カ月でトップを取るほどの天才、プララさんはジャロロ=ジャロの再来と呼ばれる天才。たとえ演武1つであったとしても、現状の魔国やイル教国への認識を深めることができるのではないか、と思うのです。正直、私も見たいわ」
レティの目が怪しい光を帯びている。あえてジャロロ=ジャロの名前を出したのだろう。
「ジャロロ=ジャロの再来だと――!?」
「そうだね。うちの娘プララは魔国やエルフ自治領ではそういわれているよ。実際、大陸消滅魔法だって打てるみたいだよ。魔国で大騒ぎになってたからね」
師匠はレティの発言にある種の匂いをかぎ取ったのだろう。めずらしく笑いもせず、当たり前だといった顔で話している。
「――なんだと!?」
「ええ、まだ未完成ですが、撃つことができるようになりました。でも、ある方と約束をしまして、二度と発現させないとお約束しているんです」
「……しかし、うてるのか、あれを」
「うちませんが、どうしても見たいというのならば――」
プララの言葉にアッティラ帝は首を振った。
「いや、いい。わかった。そんなものを見たら、和解ムードに水を差す。他のものならば見せてもらえるか?」
「精神魔法の効果の様なら、誰も傷つきませんから見せられますよ」
いや、心が傷つくだろ。この世界では、心が傷つくなどというのは傷にカウントされないのだろうか。
――結局。
プララは呼び戻された近衛兵のみなさんを、少しの間昏倒させてしまったのであった。
――なんで怖がらせることするのかな。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
ちょっと考えていたら6000字を超えてしまい、ちょっと読みづらい長さですね。
4000字程度が読みやすいのかもしれません。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
ブクマなど頂けましたらありがたいです。よろしくお願いします。




