神の禁忌が意味するところの第32話
「ライト、固有スキルについて教えてくれまいか」
おじい様が言った。まるで何かをあきらめたかのように、まるで現実でないものを現実として受け入れたかのように。弱々しく――。
「俺の固有スキルは評価。評価するスキルです」
「聞きなれないぬ」
「固有スキルですから。能力はそのまま、評価する力です」
「まあ、固有スキルについて聞くのはマナー違反なんだよ!私が決めたマナーだけどね!」
そりゃそうだ。今、俺たちが認知している固有スキル保持者は師匠と俺の二人だけ。神託等を考えれば、そこまで隠遁できないだろうというのが師匠と俺の考えだ。
「そういうものなのか――」
「私もライトさんに命を救ってもらった身ですし、この固有スキルのすごさも理解しています」
「どれくらいすごいのだ。イル教主が務まるほどなのか?」
「おじい様は相変わらず常識の範囲でしかものを考えられない人ね」
レティがふっと笑った。
「お兄ちゃんの力は人外。人が務まる程度の教主なんて――」
そこでレティがわざとらしく口を閉じる。「あら、申し訳ありません、セバスティアン様、口が過ぎました」
「今更ですな。気にしなくていい。ここにいることができるということは、彼を教主と認め、かつ能力を信奉していることなのだと、今、私も理解しつつある。教主様もプラローロ様と同じ考えであろうからな」
「そうだね!歴代の27人のイル=サンとは別物で別格さ!!腹立たしいことに――。ライトの前ではこのプラローロも歴代のイル=サンと同じ扱いさ」
ここにいることは、俺が人の理の外にいることを受け入れることだ。それを前提に話を進めなくてはならない。
「もっと現実を受け止めてもらいましょう。お兄ちゃん、そうね。その刀で割腹してよ」
コンビニでジュース買ってきて、程度の雰囲気で自殺を勧めないでほしい
「やだよ!何言ってんだよ」
「え?割腹程度で、お兄ちゃんどうにかなるの?」
「おまえなに言ってんの、頭大丈夫?」
レティは少し考えて、
「じゃあ、おじい様、そこの壁にかかっている槍でお兄ちゃんを全力で突いてみて。あたしが何を言いたいかわかるから」
と言った。
「お前、マジで狂ってるだろ!」
「レティの言う通り突かせてあげればいいじゃないですか。それで皆さん理解できます」
思わぬ援護射撃がプララから入る。
「だよね!お兄ちゃんったら、何気取って、人間だったころの痛みを引きずっているのかしら」
「ええ、出し惜しみしなくてもいいじゃないですかねえ」
「お前たち、俺のこと本当に好きか?」
俺はあきれて聞いた。
「「だからよ!!」」
声があったことを喜び、認め合い、そこで握手しないでほしい。
「このあたしの誇るお兄ちゃんが誰かに低くみられることが許せないの!わかる!?」
「わかります!!ライトが誰かの風下に立たされるなんてことがあってはならないのです、だって、ライトなんですから」
二人は立ち上がって演説を始める。
「どうせ何ともないのだから、すごいところを見せて見せて見せまくって、誰もがお兄ちゃんに平伏する世の中になればいいのに」
「ライトに恐れ、平伏する状態を私は見たことがありますよ!!」
「うっそ!」
「今の魔国サスティラ魔校の2回生はライトを恐れ、敬い、服従しています。それこそ、神に対するがごとく!ライトが何かを指示すると声をそろえて『イエス、マイキング!』と叫ぶのです!!」
「いい!それだけで、その2回生を愛でる自信があるわ!」
分かった。すごく信頼されているのもわかった。
「ああ、わかりました。おじい様、俺を槍で貫いてもらっていいですか?」
「――それは死なないのか?」
「付けられるものなら傷の一つもつけてみてください」
おじい様は立ち上がり、壁から槍をとった。俺は評価で状態固定されていることを確認する。
「孫を突くことになるとは思わなかったが――許せ!!」
俺の不意を突くように、烈火のごとく繰り出される連続の突き。さすが騎士と言われるだけはある。
――だが。
くぬん・くぬん・くぬん・くぬん、擬音をつけるならそんな音だろう。実際は音すらしない。すべての突きが、俺の体に突き刺さり――いや、突き刺さらずに、くぬんと戻る。
「おじい様、遠慮とか、孫に対する心配とかない突きですね」
「ああ、もし貫いてたら、わしもこの二人に何をされるかわからん。なら、逆に安心して全力で突きさすことができる。突き殺した時の覚悟を決めたまでよ」
「なるほど」
俺は納得した。良い判断である。
「理解したぞ。レティにプララさん。ライトはその『評価』っちゅうスキルで、死なないのだな」
「ええ、おじい様。やっと賢明なところをみせていただいたみたいですね」
「プララよ、お主の言葉の槍はわしに突き刺さっておるからな」
「あら、よかった」
無駄にならずに、とつぶやいた。
「ああ、これは、たしかに人外とレティが言うだけはある」
ここまで周りに遠慮していた父さんが感じ入ったように言った。
「私としてはもう体のことを心配しなくていいのはありがたいのですけど、レティの言うように『そういう次元にない』というのが――困りものね」
そう何とも言えない表情をしたのは母さんだ。
まあ、今現在あなた方もそうなんですけどね。が、ヨハンさんがいるので、そのことは話さない。家族レベルでとどめておく話にしておきたい。
「だいぶ、みんな分かったみたいね。ねえ、プラローロ様、そのことの意味を説明しちゃっていいかしら」
レティが師匠に話を振った。師匠は沈黙。雄弁な師匠が沈黙をしている。
「全部――禁忌に触れ始めたのね」
「どういうことだ?」
「今この瞬間にも禁忌に触れる事項は更新し続けられているということよ。今、ここが禁忌の只中にあるといってもいい」
レティはにやにやしながら話し続ける。本当に何が見えているのかわからない。
「神理解の極みというのは、おそらくこの世界の真実のカギを与えられること。それがあると世界が理解できるのよ。たぶん、それはお兄ちゃんに直接関係ないけれど、お兄ちゃんのこと――。だからお兄ちゃんが目覚め始めている――いえ、目覚め続けている今、今まで禁忌に当たらなかったことも禁忌に認定されうる」
ふふふ、と笑う。なんだか怖い。
「レティ、つまり神理解の極みはライトを理解することの一つ、ということね」
「いいわね。その通りよプララ」
5賢人の1人の特殊能力が、俺を理解すること。それもどうかと思う。
「――だから――そうか、そういうことなの――」
「プララ、なに?」
プララはレティの問いかけに首を振った。俺は家族には「何度も生まれ変わって、世界を渡り歩いている」ことは伏せている。話すつもりもない。
「プララはこれ以上しゃべるわけにはいかなくなった。これは、俺と師匠とプララとイル=サン27世だけの話と決めたからだ。レティであっても、父さん、母さんであっても――話すことができない」
話したくない、が正確な表現であるが、それは言わない。
「なんで?!」
「――家族だからだ」
俺の絞り出すような声に、レティが10秒ほど考えていった。
「……ふーん、しかたないわ。じゃあ、考える。お兄ちゃんが『そういう次元にいない』ことの意味とは、魔族やエルフ、人族や獣人族といった人としての教主におさまらないということ――つまり神にでもなるのかしら」
「なるほど」
レティの言葉にヨハンさんが頷いた。
「その可能性がありそうですな――」
「なにをバカな、と言えませんね。それならば、確かに我が息子は私が考えているよりも重要な存在です」
父さんも得心が言ったとばかりにうなずいている。おじい様も槍の穂先の刃の部分が刃引きもされていないことを確認しつつ、頷いた。
師匠が手をパンパンと叩いた。
「さて、大まかな現状は把握してもらえたかい?」
一同は、黙ってうなずいた。
「ライトは我々の切り札でもなく、出世の手段でもなく、自己顕示の道具でもないことは分かってもらえたね!そういう意味で、その次元ないのさ」
「まあ、そうですけどね」
俺は苦笑いをしながら笑う。
「一言でいえば、手に負えない相手、手に余る相手ですな。プラローロ様」
「ヨハン!言いえて妙だね!だから、私はライトが納得するまでなにかを強制しようと思わないんだよ!」
「わかったわ!お兄ちゃんに無理やり世界の神様になってもらっても仕方がない――ってことね!」
レティは納得したように頷いている。師匠はそんなレティを苦笑いしながら見つめている。
まるで日本の八百万の神への対処方法のようだ。つまり神にもなるし、祟り神にもなるから、障らないようにそっとしておこう、ってか。
「では、整理しますね。ライトはこのまま様子見、でいいのかしら。お父様――」
母さんが、何か言いたげな顔をしているおじい様に話を振った。
「ああ、いや、済まぬ。プラローロ様、それからセバスティアン様、わしから一つお願いしたいことがあるのですが聞いてもらえんだろうか」
「聞けることなら聞くよ!」
「私はプラローロ様に従いますので」
おじい様が頭を下げて、
「明日にはこちらにやってくるサザーリン伯に、ライトが神託の御子であることを伝えたい。その他のことは抜きでいいのです。わしはサザーリン伯の寄子である、ということも理由の一つじゃが、ライトが大手を振って歩けるようにもしたい」
と言った。
「おじい様、いい考えね!お兄ちゃんが日陰者のような扱いを受けているのは、私も納得いかない。プラローロ様とセバスティアン様がそろって認めれば、神託の御子であることも納得するでしょう」
「お母様――私もそれは良い考えだと思いますが」
ふむ、と師匠は考えるような顔をした。
「だとしたら、間違いなくアッティラ帝まで話が行くけどいいかな!?だって、イル教国は国。アッティラ国民のライトの所属の問題が出てくるんだよ」
「どういうことですかの?」
「ライトを次期イル教主にするということはアッティラの国民をイル教主にするということさ。その上下関係などを整理しておくことは国際政治上大切なのさ。整理して、理解させて、納得して、天下御免をもらおうじゃないか」
「あんまり広がるのはやだなぁ」
「分かっているさ、ライト。サザーリン伯にはちゃんと口止めするし、アッティラ帝とは国と国との会談の体を取り、口外できないようにしておくから」
にひっと師匠は笑う。
「アッティラ帝が言っている意味を理解できないほど暗愚なら、力を見せれば穏やかになるよね!!」
「師匠、怖い!」
「しかし、理解いただきありがとうございます」
おじい様が頭を下げた。
「いいさ!!それくらいは私が親戚に払う敬意の一つだと思ってくれればいいんだよ!ただ――少し覚悟をしておいた方がいいよね!」
覚悟、と言われてみんながそれぞれ違う意味を考えたのかもしれない。だが、一つ一つそれらを師匠は解きほぐしていく。
「まずはマリエント殿は爵位があがるね!サリス殿も叙爵の準備をしたほうがいいよ!」
「――なんですと?」
「そりゃそうさ!!仮にも他国のトップの親族であると目されるわけ!!反乱などを考えられたら困るから叙爵させたりして少しでも味方にしたい。いざという時の保険だったり人質であるわけだけど、イルとアッティラの力の差を考えたら、無礼がないように厚遇するしかないよね!」
「――私が、貴族に?」
父さんが呆然としている。
「領地はなくとも金はあるのがサリス殿さ!アッティラ帝としても、給金などといった心配はしなくてもいい。だから叙爵程度でこのライトに恩を売れたら最高だろ。まずあるね!」
「つぎにレティちゃん!」
「あたしも?」
「もっちろん!!ライトの妹じゃなくて、他国の王の妹扱いもされちゃうのさ!レティちゃんの人生設計が変わるね!」
「後宮とかだったら、断るわよ!?一応、あたしにも許嫁はいるんだから!」
「どうなるかな!」
ちょっと意地悪そうに笑って、今度は隣に座っているプララの方を向く。
「プララもちょっと覚悟を決めなくちゃねー!」
「私もですか?何の覚悟を――」
「まちがいなく、ライトにアッティラの王女が紹介されるのさ」
ざわっと、冗談でなく、プララの髪が魔力で持ち上がった。
「政略結婚というやつさ。私が考えるくらいだから、アッティラ帝がそう考えるのもの仕方ないだろう?」
「ライトには私がいるんですよ」
プララの声に怒りが混じっている。
「ライトがなるのは、王というか国主なのさ。死なないとしても――いや、死なないからこそ親族を増やさないといけない。後宮も作られるだろうし、当然複数の妻を持つことになる――これは外交なのさ。恋愛じゃない」
「なんてこと!!」
「心配ないって。俺が愛しているのはプラ――」
「ライトは黙っててください」
黙らされた。プララの怒りによって魔力が漏れて、電気を帯び、周りをチリチリさせ始めた。
「仮にも魔国の王女でエルフ自治領主の王女でもあるプララがいるなら、アッティラからも一人くらい妃にと考えるのが政治なのさ。安全保障上、アッティラ帝としても譲れないだろうね!」
俺は一生懸命に『どんな子かな』と思うことを抑えた。俺は心は恋人であるプララに対して誠実にあらねばならぬ。
まじめか。まじめだよ?
「わかりました。覚悟しましょう!」
「大丈夫よ。どう考えても、人族でプララほどかわいい子なんて生まれやしないんだから」
レティがプララを気遣った。
「ありがとう、レティ。でも、わかりました。私はもっといい女にならなければならないのですね!ライトがほかの女と閨を共にするのは、許せないほど悔しいですが、必ず私の元に戻ってくるように気合を入れていきます」
バチィっと大きな雷光がおじい様が壁に立てかけた槍の穂先ではじける。そのままカランと槍が倒れた。
政略結婚か。政治が過ぎるなあ。
物語全体のプロットと一話ごとのプロット、それから実際の執筆の3つの中で、もっとも時間軸がゆっくりなのが物語全体のプロットでした。実は最初、書き始めたころ、この話は主人公が17歳くらいで書く予定でした。
もともとは魔国を卒業したプララと二人でコネストーガ馬車に揺られて樹海を超えて、世界を旅する商人の強いお兄さんのお話だったのです。もっと苦しいことがたくさん起こり、心が荒み折れ曲がり、プララに人間性を助けられながら、巨悪の叔父さんを倒す話だったわけです。
ですが、プラローロとプララ、レティが無能の存在を許してくれません。周囲の主人公に対する期待が跳ね上がり、ライトはその期待に応えようと必死で活躍します。結果、当時の形式上のラスボス叔父さんは簡単に死亡しました。
困ったものです。もちろん、最後のプロットは変わっていないのでさほど筋は違わないと思いますが、そこにたどり着くまでの道のりは、あっちへフラフラこっちへフラフラするのだろうな、と思います。
さて、ここまでお読みいただきありがとうございました。
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