異世界の産業革命は愛娘のために、な第20話
本日2本目の投稿になります。
執行部黒猫の男達、もちろん俺も含めてであるが、目の前にあるものを見て憂鬱そうに溜息を吐いた。
俺たち3人は寮の前に届けられたものの説明を読みながら愕然としていた。
「エルフ領への往復にかかる移動日は4日と言ったやつは出てこい」
テムジンが分かりきったことを聞いてきた。
「俺ですけど、普通考えて見てください。エルフ領の主座まで約500㎞。馬車を1日18時間走らせてやっと2日です。街道が整備されていることを含めて何とか走れる距離です。それでも馬をつぶす勢いです」
「テムジンさん、ライトくんが言っていることは妥当です。一日で500㎞を走破できるものなど、魔道船を除いてありえません。――いえ、ありませんでした。見立ては間違っていません」
ううう、とテムジンがうなる。
「師匠は天才なのです。しかもここにきて円熟期を迎えたと1週間前に話されてました」
「760年生きてきて、今更円熟期だと?」
そう、確かに円熟期である。師匠はたった一人でこの世界にIT革命と産業革命をもたらし始めているのだ。
「プラローロ様がこの数年で開発したものは音声通話ができる装置と、そしてこの出来たばかりのこの魔道車。どれも世界を変えるものです」
ジャリリが現実逃避のように感心している。
「これはちゃんと走るのか?」
「ここまで走ってきています。師匠の配下のエルフ18人が交代しながら、なんとかここまで走らせてきたそうです。なにせ動力は魔力ですので、もう這う這うの体だったそうで。エルフの皆さんは今でも宿屋で寝込んでいらっしゃいます」
俺の言葉にテムジンの顔がぱぁぁと明るくなる。
「ちょっとまて、そりゃ、俺たち5人しかいないぞ?無理だろ!そりゃ無理だ!!いやあ、残念だったなあ!」
「執行部黒猫のメンツの総魔力量を考えるに、余裕です」
正確にはプララだけで余裕なのだ。ちなみにテムジンとジャリリでも10人分は確保できる。シュシュトリと俺の魔力は予備でも余裕。
通信機も普通の魔力量では数分話せば魔力が尽きるのだが、俺たちの間でそう言った事態に陥ったことがない。
「つまりどれもこれもプララや俺が使うことを考えて作られているので普遍性はありません。そんな普遍性なんてものを無視すれば、そのうち空も飛べるはずですよ。」
動力を魔力に頼れれば複雑な内燃機関はいらない。事実、俺の魔力を吸い上げれば転移すらできた。
「――余裕ですか。なんというか、これほどまでに自分たちが規格外であることが恨めしいと思ったことはありません」
ジャリリが疲れたのか、その場に座り込んだ。
「考えても仕方ありませんよ、お二人とも。とりあえず兄弟子として言わせてもらうならば、がんばりましょう」
2人よりも俺は慣れている。切り替えも早い。諦めも早い。
「兄弟子ー飯作ってくれー」
「テムジンさん、もうなに言ってんすか。作ってあげますから元気出しましょうよ」
2人がボロボロになっている。
「じゃあ、俺レバニラ」
「あ、私もレバニラをごはんで食べたいです」
「意外に元気じゃないですか。二人とも。出立の準備だけはしといてくださいよ。明日の朝イチで出ますからね」
俺はそう言って笑いながら厨房に向かった。
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その日の夜。俺の部屋にプララがやってきた。
「しかし、お母様は本当にいろいろなものを作り始めましたね」
「ああ、俺の前世の話が影響しているのかな」
ここに来るまでの3年の間、何度となく話をさせられた前世の科学技術。他の魔道世界のことについてはあまり興味がなかったようだ。新しい道具の概念さえあれば、賢人である師匠にとっては再現して見せることぐらいは造作もないことなのだろう。
なにせ『動力は魔力』という禁断の技がある。化石燃料や原子力と言った複雑で有限な力に頼るよりは、再生可能エネルギーである魔力に頼れば技術の難しい点はすべて解決する。これはもはやチートだ。
ただし、魔力=才能による。
「考えてみれば、ここ最近の発明はすべて師匠の母心、親心なんだよな。心配だからいつでも無事を確認できる指輪。声を聴いたり相談に乗ったりしたいから通信機。なるべく早く楽に帰ってこさせたいから魔道車――」
「お母様……」
「師匠は本当に愛が深い。深い知識と魔力量で、どこまでも融通が利いてしまうので、やりすぎる面もあるけれどな」
プララは帰郷を楽しみにしている。ホームシックというほどではないが、寂しさもあったんだろう。だが、あまりにも先輩たちが煩悶しているので、その喜びを出せないだけだ。
俺たちは互いの明日の準備を整えると、お金のアイテム袋を引っ張り出した。
この1カ月で討伐に20回は行った。ワイルドボアやライチョウ、ヤマバトといった食肉となるものばかり取った。換金率が高いからだ。小さなものだがクマも狩った。ただし、越冬後なので脂肪部分が少なく、いまいち換金率が低かった。
「さて、と。この一カ月にたまったお金は――」
「金貨1枚と銀貨4枚。あとは銅貨で82枚ですよ」
「早い!」
プララが俺の賞賛に少し照れて見せる。
「毎日楽しくて数えてるんですよ。ちょっとはしたないですけどね。今月はこの財布用のアイテム袋の銀貨3枚がちょっと痛かったですけど、身に着けて運べる分安心できますし、中が分けられているので数えるのも早いんですよ」
1カ月でこの金額というのはすごいと自賛したい。アッティラ新帝国の働き始めた子の給金が、銀貨1枚と銅貨20枚と言われるから、1年分に近い金額を稼いだことになる。
だがアイテム袋100kgは金貨十数枚は必要で、前世ならば家一軒は建つと言われている値段。買えるのはまだまだ先である。しかも俺たちが狙っているものは、それに加えて状態保存が可能なものだ。必要金貨も20数枚と跳ね上がる。
ちなみに俺の父さんの法術アイテムボックスは120㎏で、しかも法術なので状態保存も効くらしく、改めて商人の鏡だなぁと思う。
「楽しいよな。こうやって二人でお金貯めるの」
「分かります。なんか着実に積み重なっていきますし、私たちの手際が良くなっていくのも感じて、成長を感じます」
俺はふと思いついた。
「そうだ!とりあえずエルフ領についたらさ、アイテム袋のお店に行ってみようぜ」
「いいですねえ!専門店があります。見せてもらいましょ!」
こういった魔道具はエルフ領の専売品である。特許とかそういうことでなくて、他国では「作れない」のだ。魔国とイル教国にはトップを通して卸している。最近ではアッティラ新帝国にも、サリス商会を通じて卸すようになって、エルフ領は潤っていると聞いている。
「修業はともかく楽しみになってきたなあ」
「ふふふ、分かります。そういう楽しみがある分先輩たちとはちょっと違いますね」
それは確かに違う。
きっと今頃、先輩たちは眠れないだろう。
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翌朝。
俺たちは荷物と作ってもらったお弁当を抱えて魔道車に乗り込んだ。馬車の馬が機関車になっている形で、御者台でハンドルを握り、となりで魔力を供給するシステムだ。
車体と車軸の間に独立式のサスペンションを組み込んでいるために、乗り心地もそこまで悪くない。安定性も高い。さらに席に乗っている者の魔力を少しずつ吸い取り、車輪の摩耗や跳ねを抑える親切設計がなされている。
――なあ先輩たち遅くないか?
俺が御者台でとなりのプララに耳打ちした。
――大丈夫ですよ。もうきますって。
噂をすれば、という奴でシュシュトリが楽しそうにやってきた。荷物はない。
「シュシュさんは荷物いらないのですか?」
「私はアイテムボックス持ちなの。8㎏くらいだけど」
「へえ!すごいですね」
「内緒よ」
そう言って「持ってると言えるほどのものではないから」とけらけらと笑っている。
楽しそうだ。
シュシュトリが乗り込むとサスペンションがクン、と若干深く沈んだ。ラミアはその体の構造上胴体部分が重いのかもしれない。もちろん女性にそんなことを聞けない。
続いて、意を決したようにテムジンとジャリリがやってきた。男だからか荷物は簡素だ。
「先輩方、覚悟を決めたような顔をしてますね」
「――カラ元気というやつだ。これでも魔帝と言われるならば、修業ごときでいつまでもウジウジしたくはなくてな。俺はやる。生き残ってさらに強くなる」
「右に同じです。僕だってジャロロ様のようになる。小さい頃からの思いはこんなことで砕けるほど安いものじゃない。この道は間違いなくジャロロ様に通じているのですから」
へえ、と俺は思う。これが王たる資質、か。
進行方向に平行に椅子がついているので、右側にテムジンとジャリリ、左側にシュシュトリが乗り込んでいる。
「では、行きますか」
「おう!」
俺はハンドルに力を籠めるとスピードを徐々に上げていく。石畳で車輪が跳ねるかと思ったが、サスペンションと3人の魔力を吸い取って発動する装置のおかげで安定走行している。
魔力を吸い取ると言っても、走らせているわけではないから、プールから水をコップで掬っているくらいの量だ。大した負担にはならない。
俺は郊外にでると、さらに魔道車を加速させた。俺のスキル、評価で速度を計りながら走らせているが、時速は40㎞くらい出している。
普通の馬車の3倍くらいの速度であり、かなりの魔力が消費されているはずだが、となりに座るエネルギー源のプララは涼しい顔をしているので驚いた。
「思ったよりも快適に走ってるな」
「ええ、私もこれなら数時間は疲れないと思いますよ」
「ほんとに?」
「ウソつきません。私の最大の特徴は魔力の総量の多さですよ?これだけはお母様にも負けませんもの」
評価の数値を見てもそれは裏付けられている。いや、そもそもたぶん500㎞なら余裕でたどり着けるだろう。
「すごいな――さすが、俺のプララだ」
「ありがとうございます!」
先輩たちの魔力消費も問題ない。俺も全方位に評価を飛ばして安全だけは最大限の配慮をしている。
「いや、しかし、さすがだな」
と嘆息したのはテムジン。
「乗り手のことをしっかりと考えられた設計だ。風よけも完璧だ」
時速40kmで走っているのだが、風が車内に心地よく流れ込んでくる。前世で乗っていたような自動車ではないのだ。何もなかったら、少なくとも風速11mの風に当たり続けるハメになる。
「確かに。こうして僕たちが話しているのも聞こえるくらいに走行音が抑えられていることも、特筆すべきことです」
「分かるわ。私の体に伝わる振動もすごく少ないもの」
そう驚くほどに快適。
減速加速のGもかかりにくい。
たまに他の馬車を追い抜いたり、すれ違ったりする時はスピードを落とす。相手の馬を極力驚かしたくはないからだ。
馬は驚かないが、御者は毎回驚いていた。
そのまま2時間ほど走らせて、馬宿があるちょっとした宿場町に着いた。
「ふう、ちょっと休憩とりましょ。これで全体の1/6ってとこですかね」
俺は宿場町の馬車用の停車場に魔道車を止めると、振り返ってそう言った。
――って3人とも熟睡かよ!
「マジかー」
「きっと昨日は眠れなかったんですよ。旅行前ってそういうものでしょう?」
「そういうもんだな。こりゃ、ここから先も運転していったほうがいいかな」
「次、私が運転してもいいです?」
「もちろん!」
俺たちは連れだって馬車を降りた。馬車が少し揺れる。先輩たちはそのまま寝かせておいた。疲れているなら休んでもらった方がいい。まだ先は長いのだ。
俺はプララと手をつなぎながら、休憩所に向かいながら振り向いて魔道車を見た。
ん?と、俺は何かが引っ掛かった。
その引っ掛かりが何かわからない。魔道車はきちんとそこにある――。
スキル発動――評価:魔道車――
俺はその結果にハッとする。
現在の魔道車の乗車人数4人。テムジンとジャリリ、シュシュトリと――クローリスト!!
違和感の正体は魔道車の傾きがないこと――だった。
続いてみました。
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