日常は非日常と隣り合わせで進んでいくのだけれど、という第19話
「ライト=サリス、前に」
「はい!」
返事をして俵の前に進みでる。体術の授業である。体術とはいうものの、剣術や各種武器の取り扱いも含まれており、とどのつまり、魔法以外の攻撃手段や防御手段を学ぶ場、ということだ。
木剣を構えた俺は、ダンっと踏み込んで30kgにもなる俵を跳ね上げる。気とその運用の1つ、畳返しの応用版だ。そのまま半回転して柱のようになった俵を空中で縦に切り裂く。
ここまでが一連の動作である。
「お見事!」
体術担当の木蓮先生が声をあげた。木蓮先生はかつて前魔王リャララのもとで近衛6番隊の副隊長まで務めた体術のスペシャリストであり、齢300を越えてなお壮健。見た目は人族ならば40代。
「――あれは真似できねえぞ……」「師範演武とかそういうレベルじゃなくねえ?」「剣を切り上げたのか振り下ろしたのかも分かんねえ」「木剣だよな、木剣で切るってありえんだろ」「30kgって私と同じ体重なんだけど」
騒めく一同。学年の半分が今この体育館に入って授業を受けている。
「うむ、凄まじい剣技である。皆にコレを要求しない。何故ならコレは100年の修行の後に『できるものはできる』ようになるかもしれないレベルの剣技だ。儂も300をとうに超えているが、ここまでの剣技はあまりお目にかかったことがない。齢10にして――これとは」
まあ、お目にかかることもそうないだろう。
「自分、11になりましたよ」
入学してから1ヶ月がたって俺も1つ歳を重ねていた。
「10も11もないわい。儂からしたら10代なんぞまとめて10歳だわ」
ひい。恐ろしい。
「まずは皆等しく剣の扱いに慣れてもらう。二人一組で向かい合い、交互に俵に斬りつけを行う。この時間内に下まで貫通させること――それが課題だ」
ちなみに、俺は課題をクリアしているので、木蓮先生の隣でみんなの練習を監視させられる。適宜、木剣の持ち方などをアドバイスする。
「いやしかし、確かに傑物。人族なのが惜しい」
俺は魔国の民ではないので、魔国の官僚や要職に就くことはない。
「まあ、魔帝にして叙爵させてしまえば問題なかろう」
「え?なんです?」
「なんじゃ、知らんのか。魔帝は叙爵対象でな。もっとも准士爵という一代限りのものだがな。対した恩賞もないが、貴族として振る舞える。当然拒否は許されていない。恩賞はないが、義務は発生する。魔国に対して叛旗を翻すな、というまあ、ごく当たり前のもの。魔法によって契約成されるので強制力が発揮される」
知らなかった。まあ、しかし、叛旗を翻すような危ない橋を渡るつもりはないので、別に問題はなかろう。
「まあ、それにお主は禁忌の鬼子の夫となるので、叙爵ぐらいしておかないと問題があるからな」
俺はその瞬間に抜き打ちを仕掛けた。見えないレベルの剣である。しかしその抜き打ちは、木蓮先生が立てた杖によって、ギンッと音を立てて阻まれる。
「ほほぅ、鋭い抜き打ちだな」
「木蓮先生、プララのことを私の前でそう呼ばないでいただきたい」
手の内の木剣が砕け散る。俵を切り裂く俺の剣技が一本の杖によって防がれたのだ。
俺はプララがその呼ばれ方をされることを仕方ないと思っていることも知っているが、悲しみを感じていることも知っている。この1ヶ月俺はそのことを痛感し、『禁忌の鬼子』といった表現をする輩をザックザクと粛正してきた。
「いや、すまんな。ふふふ、面白い子だ」
「あまりおふざけになりませんように。木蓮先生」
今のは俺を試したのだ。俺はそのことに気づいて頭を掻いた。
ふと顔を上げると皆がこちらを向いてオロオロしている。そりゃ、そうだ。1回生の王がなぜか担当教諭に抜き打ちをして、その木剣が砕け散ったのである。音もしたし、殺気も膨れた。
「えーと、コレが木蓮先生の気の運用だ。当代随一と言われる気のスペシャリストで、俺の一撃すら意にも返さない。皆が叩いて全く動じてないその俵を一撃で切り裂く剣をも受け止め反射する」
実際に凄いが演武の一環という大義名分を課すために説明してみせた。
一同にどよめきが起こる。
「魔法が苦手、もしくは特性が戦闘向きじゃない者も、この気の運用を多少なりとも身につければ、強さと防御力を手に入れることができる。頑張ってくれ」
「おう!!」
そう答えると、皆はまた俵に向かう。
「なかなかの詐術じゃないか」
「詐術じゃないですよ。純粋に凄いと思っています」
「俺の剣を防いだから凄い、というのは奢りじゃないか」
「奢りではありません。この通り俺の手はボロボロですから」
俺は皮膚が切り裂かれて血まみれになった右手を見せた。
「ふむ、儂の手も痺れてはおるぞ――」
痺れるのと血まみれになるのは随分違う。
「しかしそれでも平然としておる。なんとも恐ろしい子よ。末が見えぬな」
「そうですかね」
「しかし惜しむらくは人族。その力も30ー40年しか持つまい。儂の衰えが本格化するのに100年はかかるが、お主はそうはいくまい」
まあ、そういうことだ。師匠達エルフは1000年の時を生き、魔族は種族の違いはあれど400ー500年は生きる。人族の平均寿命は、まあ、70年くらいは生きられるのが一般的だ。
プララには俺が死んだ後、新しい恋人でも見つけてもらえるといいのだが。
「まあ、人族としてはしっかり生きて子孫を残せばそれで満足なんですけどね」
「人族とはそういう思考なんだな。儂らは当然子孫は残すが、残し始めたらきりがないし、息子や孫、ひ孫に玄孫まで見えてくると、もうほとんど別の家族でな。そうなると、社会が安定していることだけが大切になる。だから超保守的と言われても変わらないことが大切なのだよ」
「なるほど」
その生や社会に対する意識の違いが、300年前の帝国の侵略につながり、ジャロロの極大魔法の発現につながったのか。
「お主は10にしては随分達観しているが、短い命ならば尚更しっかり燃やせよ」
「はい、わかりました」
俺は頭を下げた。そう、この世界は最後の世界。しっかりと生き抜いて、俺が俺として生きた証を作らないといけないのだ。
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授業後、執務室に着くと黒猫のメンバーが集まっていた。
「みんなどうしたんですか?深刻そうな顔をして――」
プララも同様に深刻な顔をしている。
「あの、先程、お母様から通信が入りまして、5月の連休に黒猫のメンバーを連れて戻ってくるようにと――」
「へえ、それはそれは」
流石である。無茶だ。無茶だが俺は大賛成。
「でも、そんな全員連れて行けるわけもないだろ?学校がこのメンツが揃って国外に出ることを認めるのか?」
「お父様の了解は得たと――」
俺は繰り返すが大賛成。
「おい、ライトはコレに賛成なのか」
「テムジンさん、賛成も反対もないです。俺は当然、どんな言いつけがあろうとなかろうと、この連休には帰ろうと思っていました。プララの実家で、俺の親代わりですから」
「はっ、まさか、ライトくん!!僕たちをスケープゴートにしようと!?」
ジャリリが俺の意図に正確に気づいたようだ。
「まさか、まさかそんなことありませんよ。なんていうんですかね、大切にしたいのは皆さんとともに強くなりたいという思い。シュシュさんも来ていただければ、5人が勢ぞろい。いつもは俺に集中していたものも少なくとも4人に分散される。別にそれが狙いではありませんが、単純計算で死ぬ確率が1/4になるわけです。すくなくとも1/3。最高ですね」
本音が漏れる。
「く……この悪魔め」
「テムジン、そんなにプラローロ様の修行は凄いの?私は少し楽しみなんだけれど」
唯一、師匠の修行を経験していないシュシュトリが能天気に口を挟む。
「だって、エルフ領なんて普通は入れないのよ?それこそすっごい観光じゃないの」
「シュシュトリさんは黙ってもらえますか――」
ジャリリが制止する。
「これは本当に生きるか死ぬかの選択なんですよ。あなたは恐らく連休の間、『なんでもっと真剣に私を止めなかったの』と言い続けるはずです」
その見解は正しい。
「そんなになの?」
「ああ」
テムジンは頷いた。緑の皮膚が青ざめて見える。
「地獄だ。3時間程度の訓練で地獄だった。休みが何日あると思う。1週間だ。旅程の4日を除いても3日だ。生きて帰られる――のは間違いないが、生き続けているかは疑問だ」
シュシュトリは少し息を飲んだ。
「あの、何か勘違いしていると思うのですが――」
俺がそういうとテムジンが怒ったように「何が勘違いだ!あれは地獄だった、お前も言ったではないか、地獄へようこそ、と」と叫んだ。
俺は手を振って、
「そこが勘違いではありません。先程からまるで『どうするか検討している』ように思うのですが、それが見当違いの勘違いだと申しているのです」
と言った。
「なにを――」
「お母様がそう言ったということは、これは決定事項なのです。無理ですよ、逃れられません」
プララの申し訳ないという感じの言葉に、テムジンとジャリリの顔が青ざめた。
「へ、へえ、それは私もなのかな、プララ」
「もちろんです、シュシュ。ただ、シュシュと私はお婆様と治癒魔法について理解を深めることになります。お母様は女の子には甘いのです」
「やった!!」
シュシュトリは手を叩いて喜んだ。
「ずるい!!」「ひどい!!」
テムジンとジャリリから同時に非難の声が上がる。
「大丈夫ですよ。先輩方、甘いのは男基準なだけです」
でなければ、プララがここまで強くはならない。
「それに、シュシュさんが軽くなろうがなろまいが、我々が苦しむのは変わりません」
俺は再び笑って言った。
「地獄へ、ようこそ」
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『お兄ちゃん、ひさしぶり!』
夜。通信機がレティのもとに届いたということで早速通信テストをしてみた。
「ああ、久しぶりだな。声を聞くのは3年ぶりか」
『うん、どう?修行は?』
「順調だよ。今年から魔国の魔校に入学した」
『うん聞いた。大丈夫なの?人族でそんなところに入ったら虐められてない?」
たしかにそれは心配だろう。もちろん杞憂だ。
「ああ、今、1回生と2回生の王って立場にいる」
『なにそれ!?』
俺は王と魔帝制度について説明した。
『お兄ちゃん、マジでヤバいでしょ……。つまりなに?あの強大な魔力を持つ魔族の学校へ行って、学年ばかりか、その上の学年まで統括してるってこと?将来は魔帝ってやつにつくの?お兄ちゃん、人外の生き物なの?』
妹は分かりがいいなあ。
「そうだよ、お兄ちゃんは魔校で無双しているのです。ついでに魔帝になれば、魔国での叙爵も受けられるのですよ。お兄ちゃんもお貴族様になるのですよ。ほっほっほ」
『私、初等部4年で6年を差し置いて会長になっていい気になってました』
はっはっは。精進するがよい。
『やっぱりお兄ちゃん、天才だし、あの時プラローロ様が言っていたことって、本当だったんだな』
俺は天才ではないよ、努力の人なんだよ、と呟いて続ける。俺の魂の流転を話すのは家族だからこそ、気が引ける。
「どうよ、そっちの様子は。パリスと仲良くやっているか?」
『うん、パリス、領主の息子だからすごくモテて、ヤキモチ焼くことあるけど、一応正妻としての立場は保証されているから、適当に締め上げて周りを牽制してるくらいかな』
怖い。
「うん、それは良かった。こっちもプララとは仲良くやっている。6月の試験休みが2か月くらいあるから、プララを連れて帰るわ。父さんたちの様子も見たいし」
『凱旋だね!私ももちろんいることにするよ』
「いやいや、立場が若干面倒臭いので、サラっと顔を出してくるだけだよ。下手なことを言わんでくれよ。だが、まあ、顔を見せてくれると嬉しいな」
『わかってるよ!楽しみにしているからね!』
と、久しぶりの兄妹の会話は、夜遅くまで及んだ。
20部。10万文字。思ったよりも楽しくこれました。めざせ一年で100万字です。
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