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世界の黄昏に愛する人と  作者: 白紙撤回
終章  兄妹
88/90

10 - 5

 

 

 

     *     *     *

 

 

 

 陽祐は、ぽかんと口を開けて、絵筆を眺めた。

 筆先は白く、まだ一度も使われていないようだ。

 軸は金色をした金属製で、時計の模様がいくつか並べて彫り込んである。

 女の顔を見て、言った。

 

「……あんた、夢に出て来た麻生のニセモノか?」

「えっと……」

 

 女は苦笑いして、

 

「素知らぬ顔で通そうと思ったんですが」

「こいつは過去を書き換える《アーティファクト》だって? 説明が頭に流れ込んできた」

「それが取扱説明機能です」

「もしかして、その大荷物の中にも、妙な魔法の道具がいろいろ入ってるのか?」

 

 あきれてたずねる陽祐に、女は苦笑いのまま、

 

「うちの別荘がこの近くにあって、普段使わないものを置くようにしてるんです」

「使うとか使わないとか、どういう基準だ?」

「コレクションの強化に役立つかどうかですね。もっとも……」

 

 女は、肩をすくめる芝居じみた仕草をする。夢の中でも夏花の姿でやっていたことだ。

 

「《アーティファクト》はそれ自体、お互い引き寄せ合う性質があるんですけど」

「《アーティファクト》に関わった俺が、ここであんたと顔を合わせたことも、そうなのか?」

「陽祐さんの場合、魂が《アーティファクト》に触れ続けていた影響が残っているのかも」

 

 女は小首をかしげてみせ、

 

「だって、普段は釣り好きの人しか来ない、こんなマイナーな場所にいるんですから」

「穴場の民宿を見つけたつもりだったんだけどな、俺としては」

 

 陽祐は仏頂面をする。

 女は苦笑いで、

 

「ところで……それ、返して頂けないでしょうか?」

「ああ……」

 

 陽祐は絵筆としか見えないそれを女に渡そうとして、手を止め、

 

「過去に戻れるんじゃなくて、書き換えるだけってのは、どういう意味だ?」

「時間を巻き戻せる《アーティファクト》は、まだ出現していません。世界に与える影響が大きすぎるので」

 

 女は答えて言った。

 

「ですが、過去の結果だけを書き換えるなら、この《アーティファクト》で可能なんです」

「不合格だった大学を合格したことにするとか? それも影響デカいだろ、代わりに誰か不合格になるとか」

「心配ないですよ。大学は入学辞退を想定して余分に合格を出しますから、辞退者が一人減ったと思えば」

 

 女は、にっこりとして、

 

「それに、人ひとりの大学の合否なんて、世界的な規模で考えれば、大した問題じゃないです」

「個人的には大問題だけどな、受験生の身としては」

 

 陽祐は憮然として、

 

「織田信長が桶狭間で負けたとか、第二次大戦で日本やドイツが勝ったことにしたら、どうなるんだ?」

「戦国時代とか教科書レベルの昔のことは、それこそ教科書が書き換わるだけでしょうね」

 

 女は苦笑いになって言う。

 

「世界への影響を最小限に抑えるよう、その《絵筆》は働くんです」

「信長がいなくても、ほかの誰かが天下を統一したことになるのか」

「それと《アーティファクト》は、ほかの《アーティファクト》の効果を上書きすることはできません」

 

 ですから……と、女は言い添えて、

 

「イギリスは決してヒトラーに降伏しませんし、日米交渉は必ず決裂してアメリカが参戦するのです」

「それって……」

 

 陽祐は、ぽかんと口を開け、

 

「まさか、チャーチルやルーズベルトも《アーティファクト》を使ったってのか」

「チャーチル本人ではないですが、近い立場の人物が《アーティファクト》を所持していたそうです」

「それこそ世界に与えた影響がデカすぎるんじゃねーか……?」

「でも、この場合は過去を改変したのではなく、影響を与えたのは、当時まだ存在しない未来に対してです」

 

 女は、また肩をすくめてみせ、

 

「過去への介入は制約が大きいんです。その《絵筆》も、個人レベルの身近な過去を変えられるだけ」

「だから、あんたは『使わない』ものとして、別荘に置いておこうとした……」

 

 陽祐は、手にした《絵筆》を、じっと見つめる。

 そして、たずねた。

 

「……たとえば、美沙と俺が血がつながってなかったことには、できるのか?」


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