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その朝は駅のホームで、夏花と出くわした。
「おはようございまぁっす。センパイいつも、もう一本前の電車でしたよねぇ?」
「朝メシゆっくり食べてたら遅くなった。おまえは、いつもこの時間か」
陽祐が言うと、夏花は笑って、
「前はもっと遅かったんですけどぉ、遅刻の回数、やばくなってきたんでぇ……」
「まだ一年の一学期からそれじゃ、しょうがねーな、おまえ」
陽祐は、あきれた顔をする。
いつもと変わらず混み合うホームで、陽祐は、夏花と並んで電車を待つ。
夏花が言った。
「あの……センパイには、なかったことにしちゃいたい黒歴史って、ありますかぁ?」
「……はあっ?」
陽祐は夏花の顔を見る。
いきなり何の話かと、あきれながら、
「そりゃ、いままで生きてきて、失敗は大きいのも小さいのもやらかしてるけどさ」
夏花とつき合ったことも、その一つかもしれない。結局、長くは続かなかったのだから。
だが、それは口には出さず、
「失敗をなかったことになんて、できねーだろ? 過去は変えられないんだから」
そして、言い添える。
「変えられるとすれば未来だろ。現在は過去の結果だけど、未来の結果は出てないんだ」
「センパイ、前向きですねぇ」
くすくす笑う夏花に、陽祐は渋い顔になり、
「笑うところか、これ。おまえが振ってきた話じゃねーか」
「はい、すいません。でも、参考になりましたぁ」
「参考? 何の?」
陽祐は夏花の顔を、じっと見て、
「……おまえ、本物の麻生か?」
「えっ?」
「なんでもねーよ」
陽祐は眼をそらし、
「なんでそんなこと、きいてくるんだ?」
「なんで、でしょうねぇ?」
夏花は陽祐の顔を下から覗き込むようにして、にっこりと笑い、
「陽祐センパイ、来年あたしがインターハイに出たら、応援に来てくれますかぁ?」
「出られたら、な。甘くないのは自分でわかってるだろ、今年はついにインハイ逃がして」
「ですから、ついに反省する気になりましたぁ」
夏花は敬礼してみせて、にまぁっと笑い、
「約束ですよ、センパイ? 来年、応援よろしくお願いしまぁっす♪」
「毎年、インハイの遠征は直近のOBが手伝うのが伝統だからな」
陽祐は真面目くさった調子で答える。
「俺たちの代も、みんなで行くことになるだろ」
「みんなで……ですか。そうですよねぇ……」
夏花は、ふむふむとうなずいている。
電車がホームに滑り込んで来た。
ドアが開き、並んでいた客たちが、順番に乗り込み始める。
陽祐も前に進んだが、夏花は足を止めたまま、
「センパイ、先に行っちゃってくださぁい」
「おまえは?」
振り向いてたずねた陽祐に、夏花は笑って、
「友達と待ち合わせてたの、思い出したっていうかぁ……」
待ち合わせを忘れるとか、いい加減すぎるだろう。
あきれる陽祐だったが、後ろの客に背中を押され、夏花を残して電車に乗り込んだ。
ドアが閉まって、電車はゆっくりと動き出す。
窓越しの夏花の姿は、すぐに見えなくなった。




