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世界の黄昏に愛する人と  作者: 白紙撤回
終章  兄妹
85/90

10 - 2

 

 

 

     *     *     *

 

 

 

 夏休み前、七月中旬。

 夢の世界から解放された陽祐は、自分の部屋のベッドで目を覚ました。

 カーテンの隙間から差し込む日が明るい。

 

「……お兄ちゃん」

 

 ベッドの横に、パジャマ姿の美沙が膝をついていた。微笑みながら、

 

「よく寝てたよ、お兄ちゃん。こっちに帰ってから、ずっと」

「そっか……」

 

 枕元に置いていた携帯を見た。

 木曜日の朝六時。

 当然のようだが、腹に痛みはない。

 

「……おまえは、起きてたのか?」

「眠れなかったよ」

 

 微笑みのまま、美沙は眼に涙をにじませた。

 

「お兄ちゃんに、謝らなきゃと思って……」

「もう謝ったじゃねーか。夢の中でさ」

 

 陽祐は体を起こし、美沙のやわらかな髪を、くしゃっと撫でた。

 美沙は、こそばゆそうに眼を細める。

 陽祐は言った。

 

「泳ぎ、まだちゃんと教えてやってねーよな。夏休みになったら、海に行こうぜ」

「え……でも、予備校は」

「俺だって勉強ばかりする気にならねーよ。夏休みの楽しさに味をしめたし」

「そっか」

 

 二人で笑い合う。

 笑いながら、美沙は涙を拭う。

 

「……学校、遅刻しちゃうね。早く着替えなきゃ」

 

 美沙は言って、立ち上がった。

 

「お兄ちゃんも、急いでね」

「ああ」

 

 うなずいた陽祐に微笑みかけ、美沙は部屋を出て行きかけた。

 だが、戸口で足を止めて、振り返り、

 

「……お兄ちゃん」

「ん?」

「ありがとう」

 

 美沙はもう一度、涙を拭って微笑むと、部屋を出て行った。

 

 

 

     *     *     *

 

 

 

 制服に着替えて、ダイニングへ降りていった。

 

「おはよう、陽祐」

 

 キッチンで弁当を詰めていた母親が声をかけてきて、テーブルについていた父親と美沙も、

 

「おはよう」

「おはよう、お兄ちゃん」

「おはよーっす」

 

 陽祐はあいさつを返して、テーブルについた。

 両親の顔を見るのは久しぶりだった。もちろん、相手はそうは思ってないだろう。

 美沙は笑顔で何気ない様子を装っている。

 朝まで眠れずに兄の部屋にいたことは、兄妹だけの秘密だ。

 母親が用意した朝食はフレンチトーストとオムレツとサラダだった。

 

「いただきます」

 

 陽祐は手を合わせて、食べ始める。

 母親の料理には文句がつけられない。

 これと遜色ない料理を作れるのだから、美沙もたいしたものだ。

 

「あのさ」

 

 父親に向かって、言ってみた。

 

「夏休みに、美沙と海に行こうと思うんだけど」

「あら、いいわね、海。家族旅行もしばらくしてないし」

 

 弁当の支度を終えた母親が、席に着きながら言う。

 しかし陽祐は、

 

「二人で行こうと思うんだ。いいだろ、オヤジ?」

「まあ、いいんじゃないか」

 

 父親は答えて、コーヒーに口をつける。

 

「あら、つまんない。あなたたち二人きりなの?」

 

 不満そうな母親に、陽祐は笑って、

  

「兄妹で旅行なんて滅多に行けるもんじゃねーだろ。たまにはいーじゃん」

「つまんない。私たちもどこか行きましょうよ、パパ」

「うーん、そうだなあ……」

「もうっ、パパに任せてたら話が進まないわ」

 

 母親はふくれ面をして、陽祐に、

 

「いつ出かけるか決まったら、教えなさい。その日に合わせて、こっちも計画立てるから」

 

 盛り上がっている母親に、陽祐は美沙と顔を見合わせて、くすくす笑った。


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