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* * *
夏休み前、七月中旬。
夢の世界から解放された陽祐は、自分の部屋のベッドで目を覚ました。
カーテンの隙間から差し込む日が明るい。
「……お兄ちゃん」
ベッドの横に、パジャマ姿の美沙が膝をついていた。微笑みながら、
「よく寝てたよ、お兄ちゃん。こっちに帰ってから、ずっと」
「そっか……」
枕元に置いていた携帯を見た。
木曜日の朝六時。
当然のようだが、腹に痛みはない。
「……おまえは、起きてたのか?」
「眠れなかったよ」
微笑みのまま、美沙は眼に涙をにじませた。
「お兄ちゃんに、謝らなきゃと思って……」
「もう謝ったじゃねーか。夢の中でさ」
陽祐は体を起こし、美沙のやわらかな髪を、くしゃっと撫でた。
美沙は、こそばゆそうに眼を細める。
陽祐は言った。
「泳ぎ、まだちゃんと教えてやってねーよな。夏休みになったら、海に行こうぜ」
「え……でも、予備校は」
「俺だって勉強ばかりする気にならねーよ。夏休みの楽しさに味をしめたし」
「そっか」
二人で笑い合う。
笑いながら、美沙は涙を拭う。
「……学校、遅刻しちゃうね。早く着替えなきゃ」
美沙は言って、立ち上がった。
「お兄ちゃんも、急いでね」
「ああ」
うなずいた陽祐に微笑みかけ、美沙は部屋を出て行きかけた。
だが、戸口で足を止めて、振り返り、
「……お兄ちゃん」
「ん?」
「ありがとう」
美沙はもう一度、涙を拭って微笑むと、部屋を出て行った。
* * *
制服に着替えて、ダイニングへ降りていった。
「おはよう、陽祐」
キッチンで弁当を詰めていた母親が声をかけてきて、テーブルについていた父親と美沙も、
「おはよう」
「おはよう、お兄ちゃん」
「おはよーっす」
陽祐はあいさつを返して、テーブルについた。
両親の顔を見るのは久しぶりだった。もちろん、相手はそうは思ってないだろう。
美沙は笑顔で何気ない様子を装っている。
朝まで眠れずに兄の部屋にいたことは、兄妹だけの秘密だ。
母親が用意した朝食はフレンチトーストとオムレツとサラダだった。
「いただきます」
陽祐は手を合わせて、食べ始める。
母親の料理には文句がつけられない。
これと遜色ない料理を作れるのだから、美沙もたいしたものだ。
「あのさ」
父親に向かって、言ってみた。
「夏休みに、美沙と海に行こうと思うんだけど」
「あら、いいわね、海。家族旅行もしばらくしてないし」
弁当の支度を終えた母親が、席に着きながら言う。
しかし陽祐は、
「二人で行こうと思うんだ。いいだろ、オヤジ?」
「まあ、いいんじゃないか」
父親は答えて、コーヒーに口をつける。
「あら、つまんない。あなたたち二人きりなの?」
不満そうな母親に、陽祐は笑って、
「兄妹で旅行なんて滅多に行けるもんじゃねーだろ。たまにはいーじゃん」
「つまんない。私たちもどこか行きましょうよ、パパ」
「うーん、そうだなあ……」
「もうっ、パパに任せてたら話が進まないわ」
母親はふくれ面をして、陽祐に、
「いつ出かけるか決まったら、教えなさい。その日に合わせて、こっちも計画立てるから」
盛り上がっている母親に、陽祐は美沙と顔を見合わせて、くすくす笑った。




