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終章 兄妹
「──陽祐。ねえ、陽祐」
揺り起こされた。
「もうじき着くよ。ねえってば」
「あ……、ああ」
眼を開ける。向かいの窓の外に、海が見えた。
普通電車の車内。陽祐は、ロングシートに腰かけていた。
「ひどいよ、陽祐。ずっと美沙の肩を枕にしてるんだもん。腕がしびれちゃった」
隣で笑うのは、美沙だった。
二人で海へ来たのだ。
電車はゆるやかに減速した。
陽祐は立ち上がって、網棚から二人のバッグを下ろす。
駅に着いて、ホームに降り立った。
潮の匂いがした。ここからも海が見えるから、当然か。
「腕しびれたー、バッグ重いー」
美沙が騒ぐので、
「貸せよ」
その手からバッグを取り上げる。
「えへへ」
途端に、美沙は満面の笑みで、陽祐の腕に抱きついた。
「重いよ、ぶら下がるな、おまえ」
「美沙を枕にしたお返しだよ。さ、出発出発」
美沙に腕を引っぱられ、陽祐は苦笑いで歩きだす。
両手にバッグを提げた上に、美沙がしがみついていては歩きづらいのだけど。
駅前には、釣り舟屋や釣具店が並んでいた。
陽祐と美沙は、バス乗り場へ向かう。
日よけの屋根の下に石のベンチがあって、小綺麗な造りだ。
時刻表を見ると、目的地へのバスは三十分後だった。
「タクシー来ないかな?」
辺りを見回す美沙に、陽祐は渋い顔で、
「バスで三十分かかるんだぜ。タクシーで行ったら料金いくらだよ?」
「そっか。普通は車がなきゃ来ないようなところだもんね」
この辺りの海は岩場が多く、釣り客には人気だが、大きな海水浴場はない。
だが、小さな浜辺をプライベートビーチのように整備した民宿があるのをネットで見つけたのだ。
八月の最初の土曜日から、一泊二日の旅だった。
二人きりで泊まりがけの旅行は、初めてだ。
美沙は陽祐の顔を見て、悪戯っぽく笑った。
「パパの車、借りて来ればよかったね。陽祐、運転できちゃうもんね?」
陽祐は苦笑いして、
「パパというのは、どっちのパパの設定だ?」
「美沙がパパと呼ぶんだから、美沙のほうでしょ。陽祐のパパとは別人だよ、もちろん」
「娘とのデートのために彼氏に車を貸してやるほど、お人よしな父親はいねーだろ?」
「わかんないじゃん。美沙のパパ、やさしいんだよ。陽祐、会ったことないでしょ?」
「できれば会いたくねーけどな、彼女の父親なんて」
陽祐は答えて、美沙と二人で笑い合う。
それは、美沙が提案したゲームだった。
この旅行の間、陽祐と美沙は、恋人同士として振る舞うのだ。
手をつなぐより先には踏み出さない、淡い関係で──
* * *
それで美沙が満足できるのかは、わからない。
美沙の想いを、自分には受け容れてやれない想いを、陽祐は知ってしまったのだ。
これほど残酷なゲームは、ないのかもしれない。
けれども、それが美沙の望みであるのなら。
自分ができる範囲で、応えてやりたいと思う。
夢は、いつか覚める。
ゲームはエンディングを迎える。
美沙だって、それを知っているはずだから──




