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世界の黄昏に愛する人と  作者: 白紙撤回
第九章  美沙(狼)
83/90

9 - 13

 

 

 

     *     *     *

 

 

 

 これが俺の答えだ、美沙。

 おまえが妹じゃなかったら──俺にとって、その仮定は成り立たない。

 兄と妹の関係じゃなければ、あの日、あの病室で、おまえを一生、守り抜こうと決心はしていない。

 だけど、実際のところ、俺は兄貴なんだ。

 兄貴として、おまえを守ろうと誓ったんだ。

 守り通してみせるよ。永遠に。

 だから、この世界が壊れかけてるなら、もう一度、新しい世界を作り上げればいい。

 もっと小さい、箱庭みたいな世界で充分だ。

 その代わり、牛とニワトリは飼わせてくれ。牛乳や卵は、おまえも料理に使いたいだろ?

 そんな世界で、二人きりで暮らすんだ。おまえと俺で。

 夢の世界の永遠の中で。

 報われない現実に帰らなければ、いいだけのことだったんだ。

 おまえの望みは、俺が叶えてやる。

 夢の世界に永遠に留まる限り、そうしたところで、誰も傷つけはしない──

 

 

 

     *     *     *

 

 

 

 陽祐は、その場に仰向けに転がった。

 荒く息をしながら、ガラスが砕け、素通しになった天窓から覗く、黄金色に染まった空を見上げる。

 黄昏時、一日の終わり。

 この世界の終わりも、近づいている。

 

「……お兄ちゃん」

 

 美沙が、すぐそばに来た。

 人間の姿に戻っていた。白い裸身が眼に毒だ。

 狼の咆哮とともに進行していた世界の崩壊は、収まっていた。

 だが、これだけ壊れた。元には戻りそうもない。

 だったら、また、作り直せばいい……

 美沙は眼から涙を溢れさせ、床に膝をついて、陽祐の手を握った。

 

「ごめんなさい……、美沙は……」

「……今度は、どんな世界にするか考えたんだ……」

 

 陽祐は、美沙に笑いかけた。

 

「……おまえも、気に入ると思う。俺に作らせてくれても、いいんだぜ……」

「もう、いい……」

 

 美沙は首を振る。

 

「美沙の望みを叶えるために、お兄ちゃん自身が望まないことなんて、させられない」

 

 美沙の手に、鈍く輝く《アーティファクト》が握られている。

 それを見やって、美沙は微笑んだ。

 頬は濡らしたまま。しかし、悪い夢から覚めたように。

 

「お兄ちゃんは、美沙を妹として愛してくれている。それ以外の答えは、なかったんだね」

 

 美沙は《アーティファクト》を放り投げた。

 球形のそれはガラスの破片の散らばる床を転がり、大きな瓦礫がれきにぶつかって、止まった。

 その様子を見届けて、陽祐は美沙に視線を戻し、微笑んだ。

 

「……美沙……」

 

 頭を撫でてやりたかったが、もう腕を上げる力も残っていない。

 そろそろ限界だろう。眼の前が暗くなってきた。──いや。

 美沙が《アーティファクト》を手放したことで、この世界自体が、終わろうとしているのだ。

 美沙の泣き濡れた笑顔も、闇に溶け込もうとしている。

 

 ──だけど、大丈夫だ。

 美沙は、自分で《アーティファクト》を捨てたんだから……

 

「……世界が終わるときは、おまえのやりたいことに、つき合うと言ったけど……」

 

 陽祐は苦笑いで言った。

 

「……ごめん。この世界では、ちょっと間に合いそうもない……」

「世界は終わらないよ。悪い夢が終わるだけ」

 

 美沙の笑顔が、遠のいていく──

 

 

 

     *     *     *

 

 

 

 ──そして、二人で見続けた夢は終わった。


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