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世界の黄昏に愛する人と  作者: 白紙撤回
第九章  美沙(狼)
77/90

9 - 7

 

 

 

     *     *     *

 

 

 

「この世界は、きっと、美沙の夢なんだよ」

 

 美沙は、言った。

 

「だから何があっても、それは夢の中のこと。誰も傷つかない。悲しませたりしない。だから──」

「夢は、いつか覚めるときがくるんだ」

 

 陽祐は答えて言った。

 

「そのときに後悔しないでいられるか? オヤジやオフクロの顔を見て、平気でいられるのか?」

「…………」

 

 美沙の笑顔が、ほんの少し、歪む。

 眼から、笑みの色が消える。

 だが、陽祐は続けた。

 美沙には「現実」を突きつけるしかないのだと思った。

 

「おまえも、わかってるって言ったよな? 俺は、ばあちゃんが泣いてるのを、どうにかしたかっただけだ」

「それは、わかってる。わかってるけど……」

 

 歪んだ笑顔のまま、首を振る美沙に、陽祐は、なおも言う。

 

「俺は、おまえを守ろうと思った。兄貴としてだ。おまえを、ずっと守れるのは、兄貴としての俺だ」

 

 ごくり──と、唾を呑み込んで、

 

「もし俺が、いまのおまえの望みに応えたら……兄貴として、やってはならないことをしてしまったら」

 

 そのときは。

 

「夢から覚めたとき、俺は、おまえの兄貴でいられない。俺たちは、家族でいられなくなる」

 

 夢の中であろうと。

 父親や母親に知られることが、なかろうと。

 

「俺は、兄貴としておまえを守ろうと誓った、幼い自分の決意を裏切ることはしない」

「それが美沙の望みだとしても?」

「おまえの、望みだとしてもだ」

「美沙が望んでいるのに? お兄ちゃんと、結ばれたいって」

「それをしたら、おまえは幸せになれないだろ」

「なんで? どうして? 美沙の望みが叶ったら、どうして幸せになれないの?」

「夢は夢でしかない。現実の世界では、兄妹が愛し合ったとしても、幸せになんてなれない」

「わかってるよ、そんなこと。妹が兄を愛するなんて、現実の世界のルールでは、許されないものね」

 

 美沙は、また首を振って言う。

 

「周りに何を言われても、美沙は平気だけど、ママやパパは悲しませたくない。わかってるよ、美沙だって」

「だったら……」

「だけど、夢の世界の中だけなら、夢くらい見たって、いいじゃない?」

 

 美沙は笑った。吹っ切れたような笑顔。

 何かを投げ捨てたような、空っぽの笑顔──

 陽祐は言った。

 

「夢の中だけで、納得できるのか、おまえは? 夢とは違う現実に帰って、我慢できるのか?」

「我慢する。我慢するよ、だって美沙は、ずっとそうしてきたもの」

「俺は兄貴として、おまえに、そんな幸せのかたちは望んでない」

 

 陽祐は、きっぱりと宣告した。

 

「報われない想いを一生、抱えたままでいてほしいとは思わない」

 

 その想いは、ここで、きっぱりと断ち切るべきだ。

 だが、美沙は言いつのる。

 

「だったら、お兄ちゃん、美沙の想いに応えてよ。夢の中ではなく現実で」

 

 空虚な笑みのまま。

 その望みが叶うはずはないと、おそらくは理解しているがゆえ。

 だから、陽祐は告げる。

 

「それをしたら幸せになれないと、おまえも認めたばかりだろう? オヤジやオフクロを悲しませると」

「もう……不公平だよ、こんなの」

 

 美沙の眼から、また涙がこぼれた。

 笑顔を、痛々しく歪ませて。

 

「この世で一番、優しくて格好いい男の子が、お兄ちゃんだなんて」

「それは、おまえの周りの世界が、まだ狭いからだよ。世の中、俺よりもっといい男は、いくらでもいる」

「そんな人いないよ。たとえいたって、美沙は、お兄ちゃんがいいんだもん……」

 

 美沙は両手で涙を拭う。

 まるで子供が泣いているような仕草で。

 

「お兄ちゃんが、一番なんだもん……」

 

 いやいやをするように首を振り、

 

「麻生さんみたいなイヤな子でも、お兄ちゃんの彼女になれるチャンスがあるのに、どうして美沙だけ……」

「…………」

 

 陽祐は、言葉に詰まる。

 妹が兄を愛することが禁忌であると、美沙も理解している。この上もなく理解しきっている。

 だから、この夢の世界を作り上げた。

 だから、美沙は苦しんでいる。

 だから、この世界は崩壊しかけている──


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