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「この世界は、きっと、美沙の夢なんだよ」
美沙は、言った。
「だから何があっても、それは夢の中のこと。誰も傷つかない。悲しませたりしない。だから──」
「夢は、いつか覚めるときがくるんだ」
陽祐は答えて言った。
「そのときに後悔しないでいられるか? オヤジやオフクロの顔を見て、平気でいられるのか?」
「…………」
美沙の笑顔が、ほんの少し、歪む。
眼から、笑みの色が消える。
だが、陽祐は続けた。
美沙には「現実」を突きつけるしかないのだと思った。
「おまえも、わかってるって言ったよな? 俺は、ばあちゃんが泣いてるのを、どうにかしたかっただけだ」
「それは、わかってる。わかってるけど……」
歪んだ笑顔のまま、首を振る美沙に、陽祐は、なおも言う。
「俺は、おまえを守ろうと思った。兄貴としてだ。おまえを、ずっと守れるのは、兄貴としての俺だ」
ごくり──と、唾を呑み込んで、
「もし俺が、いまのおまえの望みに応えたら……兄貴として、やってはならないことをしてしまったら」
そのときは。
「夢から覚めたとき、俺は、おまえの兄貴でいられない。俺たちは、家族でいられなくなる」
夢の中であろうと。
父親や母親に知られることが、なかろうと。
「俺は、兄貴としておまえを守ろうと誓った、幼い自分の決意を裏切ることはしない」
「それが美沙の望みだとしても?」
「おまえの、望みだとしてもだ」
「美沙が望んでいるのに? お兄ちゃんと、結ばれたいって」
「それをしたら、おまえは幸せになれないだろ」
「なんで? どうして? 美沙の望みが叶ったら、どうして幸せになれないの?」
「夢は夢でしかない。現実の世界では、兄妹が愛し合ったとしても、幸せになんてなれない」
「わかってるよ、そんなこと。妹が兄を愛するなんて、現実の世界のルールでは、許されないものね」
美沙は、また首を振って言う。
「周りに何を言われても、美沙は平気だけど、ママやパパは悲しませたくない。わかってるよ、美沙だって」
「だったら……」
「だけど、夢の世界の中だけなら、夢くらい見たって、いいじゃない?」
美沙は笑った。吹っ切れたような笑顔。
何かを投げ捨てたような、空っぽの笑顔──
陽祐は言った。
「夢の中だけで、納得できるのか、おまえは? 夢とは違う現実に帰って、我慢できるのか?」
「我慢する。我慢するよ、だって美沙は、ずっとそうしてきたもの」
「俺は兄貴として、おまえに、そんな幸せのかたちは望んでない」
陽祐は、きっぱりと宣告した。
「報われない想いを一生、抱えたままでいてほしいとは思わない」
その想いは、ここで、きっぱりと断ち切るべきだ。
だが、美沙は言い募る。
「だったら、お兄ちゃん、美沙の想いに応えてよ。夢の中ではなく現実で」
空虚な笑みのまま。
その望みが叶うはずはないと、おそらくは理解しているがゆえ。
だから、陽祐は告げる。
「それをしたら幸せになれないと、おまえも認めたばかりだろう? オヤジやオフクロを悲しませると」
「もう……不公平だよ、こんなの」
美沙の眼から、また涙がこぼれた。
笑顔を、痛々しく歪ませて。
「この世で一番、優しくて格好いい男の子が、お兄ちゃんだなんて」
「それは、おまえの周りの世界が、まだ狭いからだよ。世の中、俺よりもっといい男は、いくらでもいる」
「そんな人いないよ。たとえいたって、美沙は、お兄ちゃんがいいんだもん……」
美沙は両手で涙を拭う。
まるで子供が泣いているような仕草で。
「お兄ちゃんが、一番なんだもん……」
いやいやをするように首を振り、
「麻生さんみたいなイヤな子でも、お兄ちゃんの彼女になれるチャンスがあるのに、どうして美沙だけ……」
「…………」
陽祐は、言葉に詰まる。
妹が兄を愛することが禁忌であると、美沙も理解している。この上もなく理解しきっている。
だから、この夢の世界を作り上げた。
だから、美沙は苦しんでいる。
だから、この世界は崩壊しかけている──




