9 - 6
* * *
「お兄ちゃんの言葉に、ママもパパも、おじいちゃんも、泣いていたおばあちゃんも笑ったよね」
美沙は微笑みながら言う。
「病室の空気が軽くなったように感じて、それで美沙も、目を覚ましたの。いま気がついたふりをして……」
* * *
でも、美沙は、ちゃんと聞いてたんだよ。
お兄ちゃんが、美沙をお嫁さんにしてくれるって言ったのを。
もちろん、わかってるよ。あのとき、お兄ちゃんは、まだ子供だったし。
ママやおばあちゃんが、美沙のことで言い合いになってるのを、止めようとしてくれたんだよね。
それでも、美沙は嬉しかった。
お兄ちゃんが、美沙を守ってくれるんだって思った。
だから、何があっても大丈夫だって思えた。
美沙のほっぺたの傷、綺麗には治らなかった。
いまも、お日様とか強い光が当たると、うっすらと見えちゃうんだよ。
小さい頃は、もっと目立ったから、夏のプールの授業はイヤだったな。
だから、お兄ちゃんがスイミングクラブに入ったとき、美沙は一緒に入らなかった。
クラブの練習は屋内プールだけど、水泳自体、美沙は嫌いになってたから。
でも、傷が理由で水泳がイヤだとは、ママやパパには言わなかった。
あの病室のイヤな空気を思い出させたくなかったから、ほかの習いごとをしたいとだけ言って。
こども英語のお教室は楽しかったよ。
先生とは、いまでもお手紙のやりとりしてるし。
でも、本当はね。
お兄ちゃんが、一人でスイミングクラブに行っちゃうの、美沙はイヤだった。
だって、お兄ちゃんには、いつでもずっと、美沙のそばにいてほしいのに。
だけど、美沙は我慢したよ。
もう、我がままは言わない。
いい子になる。
おばあちゃんや家族を、悲しませるようなことはしない。
それで、ずっとやってきたんだよ、美沙は。
小さい頃から、きょうまで、ずっと。
お兄ちゃんへの想いを、ずっと胸の中だけにしまい込んで。
日記にだって書かないで。
だから──




