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陽祐が小学一年生のときのことだった。
ある週末に、北海道から母方の祖父母が泊まりがけで遊びに来てくれた。
酪農業を営んでいた祖父母にとって、それは数十年ぶりの遠出でもあった。
これを機会に牧場の経営を長男(陽祐たちの伯父)夫婦に任せる考えもあったらしい。
祖父母が大好きな美沙は大喜びで、二人が着いて早々に、一緒に公園に行こうとせがんだ。
「おじいちゃんたち、着いたばかりで疲れてるんだから」
母親が美沙をたしなめたが、祖母は笑い、
「久しぶりに会えたんだもの。ばあばも、美沙ちゃんとお散歩したいな」
美沙の頭を撫でて、
「じいじは、飛行機でお尻、イタイイタイになっちゃったから、ばあばと二人で行こうね」
「痛いのは腰だぞ、尻じゃあない」
祖父が真面目くさった調子で言って、家族は笑う。
そして、祖母と二人で出かけた公園で──
二人乗りで走り回っていた中学生の自転車が、美沙にぶつかったのだ。
そのとき、美沙はブランコが空いているのを見て、祖母とつないでいた手を放し、走り出したらしい。
中学生たちにしてみれば、美沙が飛び出してきたことになる。
だが、そもそも公園内を自転車で走ることは禁止されていた。
自転車も転倒して、中学生の一人が手首を捻挫したというが、それは自業自得というべきだろう。
美沙は手足の打撲と、頬に切り傷を負った。
倒れ込んだ場所に、運悪く、ガラスのドリンク瓶の破片が落ちていたのだ。
(そのドリンク瓶も中学生たちが投げ捨てて割ったものだと、あとでわかった)
美沙は事故の目撃者が呼んだ救急車で病院に運ばれ、祖母が付き添った。
両親と祖父、それに陽祐も、あとから病院に駆けつけた。
手当てが済んで、ベッドで眠る美沙を囲み、家族は悲しみに沈んだ。
医師の話では、美沙の顔の傷を治療するには時間が必要ということだった。
「わたしが、美沙ちゃんの手を放さなければ……」
「いや、オレが一緒に行くべきだった。長旅で疲れた婆さん一人で、元気のいい孫の面倒は見きれんだろう」
祖母と祖父は、ともに自分自身を責めて、母親もまた自らの非を嘆く。
「母さんたちが着いて早々、遊びに行きたいなんて、美沙の我がままを許した私が悪かったのよ」
「周りを見ないで走り出した美沙も悪いが、一番悪いのは、自転車の中学生たちだ」
父親の口調は静かだが、表情は険しい。
陽祐は、いたたまれなかった。
どうして、眠っている美沙の周りで、誰が悪いという話ばかりしているのだろう。
美沙は痛くて怖い思いをして、ようやく眠ったのだろうに。
祖母が涙ぐみながら言った。
「可哀想に。顔に、あんな大きなガーゼなんて貼られて」
「時間はかかるが治ると、医者は言っとったろう」
祖父がたしなめるように言ったが、祖母は首を振り、
「でも、もしキズでも残ったら」
「やめてよ、母さん。美沙は、ちゃんと治るの。だって、そうじゃなきゃ……」
母親は、あとの言葉を呑み込む。
そうじゃなきゃ、何だと言いたかったのだろう。
傷が残ると、美沙はどうなるのだろう。
陽祐は幼いなりに、思い悩んだ。
美沙は、誰からも可愛いと言われる。
ご近所さんや、商店街のお店屋さん、家族で出かける旅行先の旅館やホテルの人に、お土産屋さん。
みんなが、美沙を可愛いと言う。
陽祐が兄として、妹である美沙を可愛いと思うのとは別に、誰が見ても可愛いと思う要素があるのだろう。
でも、その美沙が、ずっと顔にガーゼを貼ったままでいなければならないとしたら。
それでもまだ、みんなが美沙を可愛いと言ってくれるだろうか。
陽祐にとっては、どうであろうと美沙は可愛い妹だけど。
だから。
みんながどうであろうと、ぼくは、美沙を大事にする。
ぼくが、美沙を守る。
そのためには、どうすればいいのだろう。
それで、思いついたのだ。
いつでも、美沙を守れるようにするには。
いつまでも、ずっと美沙を守るには、どうすればいいのかを──




