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世界の黄昏に愛する人と  作者: 白紙撤回
第九章  美沙(狼)
74/90

9 - 4

 

 

 

     *     *     *

 

 

 

 陽祐が小学一年生のときのことだった。

 ある週末に、北海道から母方の祖父母が泊まりがけで遊びに来てくれた。

 酪農業を営んでいた祖父母にとって、それは数十年ぶりの遠出でもあった。

 これを機会に牧場の経営を長男(陽祐たちの伯父)夫婦に任せる考えもあったらしい。

 祖父母が大好きな美沙は大喜びで、二人が着いて早々に、一緒に公園に行こうとせがんだ。

 

「おじいちゃんたち、着いたばかりで疲れてるんだから」

 

 母親が美沙をたしなめたが、祖母は笑い、

 

「久しぶりに会えたんだもの。ばあばも、美沙ちゃんとお散歩したいな」

 

 美沙の頭を撫でて、

 

「じいじは、飛行機でお尻、イタイイタイになっちゃったから、ばあばと二人で行こうね」

「痛いのは腰だぞ、尻じゃあない」

 

 祖父が真面目くさった調子で言って、家族は笑う。

 そして、祖母と二人で出かけた公園で──

 二人乗りで走り回っていた中学生の自転車が、美沙にぶつかったのだ。

 そのとき、美沙はブランコが空いているのを見て、祖母とつないでいた手を放し、走り出したらしい。

 中学生たちにしてみれば、美沙が飛び出してきたことになる。

 だが、そもそも公園内を自転車で走ることは禁止されていた。

 自転車も転倒して、中学生の一人が手首を捻挫したというが、それは自業自得というべきだろう。

 美沙は手足の打撲と、頬に切り傷を負った。

 倒れ込んだ場所に、運悪く、ガラスのドリンク瓶の破片が落ちていたのだ。

(そのドリンク瓶も中学生たちが投げ捨てて割ったものだと、あとでわかった)

 美沙は事故の目撃者が呼んだ救急車で病院に運ばれ、祖母が付き添った。

 両親と祖父、それに陽祐も、あとから病院に駆けつけた。

 手当てが済んで、ベッドで眠る美沙を囲み、家族は悲しみに沈んだ。

 医師の話では、美沙の顔の傷を治療するには時間が必要ということだった。

 

「わたしが、美沙ちゃんの手を放さなければ……」

「いや、オレが一緒に行くべきだった。長旅で疲れた婆さん一人で、元気のいい孫の面倒は見きれんだろう」

 

 祖母と祖父は、ともに自分自身を責めて、母親もまた自らの非を嘆く。

 

「母さんたちが着いて早々、遊びに行きたいなんて、美沙の我がままを許した私が悪かったのよ」

「周りを見ないで走り出した美沙も悪いが、一番悪いのは、自転車の中学生たちだ」

 

 父親の口調は静かだが、表情は険しい。

 陽祐は、いたたまれなかった。

 どうして、眠っている美沙の周りで、誰が悪いという話ばかりしているのだろう。

 美沙は痛くて怖い思いをして、ようやく眠ったのだろうに。

 祖母が涙ぐみながら言った。

 

「可哀想に。顔に、あんな大きなガーゼなんて貼られて」

「時間はかかるが治ると、医者は言っとったろう」

 

 祖父がたしなめるように言ったが、祖母は首を振り、

 

「でも、もしキズでも残ったら」

「やめてよ、母さん。美沙は、ちゃんと治るの。だって、そうじゃなきゃ……」

 

 母親は、あとの言葉を呑み込む。

 そうじゃなきゃ、何だと言いたかったのだろう。

 傷が残ると、美沙はどうなるのだろう。

 陽祐は幼いなりに、思い悩んだ。

 美沙は、誰からも可愛いと言われる。

 ご近所さんや、商店街のお店屋さん、家族で出かける旅行先の旅館やホテルの人に、お土産屋さん。

 みんなが、美沙を可愛いと言う。

 陽祐が兄として、妹である美沙を可愛いと思うのとは別に、誰が見ても可愛いと思う要素があるのだろう。

 でも、その美沙が、ずっと顔にガーゼを貼ったままでいなければならないとしたら。

 それでもまだ、みんなが美沙を可愛いと言ってくれるだろうか。

 陽祐にとっては、どうであろうと美沙は可愛い妹だけど。

 だから。

 みんながどうであろうと、ぼくは、美沙を大事にする。

 ぼくが、美沙を守る。

 そのためには、どうすればいいのだろう。

 それで、思いついたのだ。

 いつでも、美沙を守れるようにするには。

 いつまでも、ずっと美沙を守るには、どうすればいいのかを──


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