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第九章 美沙(獣)
陽祐は、ひきつった笑みで応えた。
「ふざけすぎだよ、おまえ。本気にするほど俺もアホじゃねーけどさ」
「本気だよ、美沙は。本気でお兄ちゃんを愛してる」
「きょうだい愛ってやつだよな?」
「美沙が女として、男であるお兄ちゃんを愛してるって意味だよ」
「……美沙っ!」
陽祐は声を荒らげた。
「やめろ、そんな冗談は!」
「どうして冗談だと決めつけるの? 冗談で誰かを愛してるなんて、美沙は言わない。嘘もつかない」
まともじゃないと思った。美沙の様子は。
父親も母親も消えて、この世界で兄と二人きりという状況に放り込まれて、混乱しているのだ。
あるいは《アーティファクト》とかいう呪いの道具が、美沙に本心ではないことを言わせているのだ。
だが、美沙は微笑みを崩さなかった。
「ずっと伝えたかった。お兄ちゃんに、美沙の気持ちを。でも、この世界に来るまでは言えなかった」
微笑みながら、眼を潤ませて、
「この世界に来ても決心がつかなかった。でも、ようやく言えたの。美沙は、お兄ちゃんを愛してるって」
「……くそっ!」
陽祐はベッドに座り込み、頭を抱えた。
美沙は、マトモじゃない。兄である自分を、愛しているなどと言う。
だから世界が崩壊するのか。
ここは美沙が望んだ夢の世界。
でも、ここにいる兄の魂は本物で、美沙の望みには応えられない。
それを美沙自身が理解しているから──
「……お兄ちゃん」
美沙が、陽祐の前に立った。無邪気な声で、たずねた。
「お兄ちゃんは、美沙じゃダメなの?」
「いいわけねーだろ! オヤジやオフクロがいつ帰って来てもいいように、普通の生活するんだろ!」
叫ぶ陽祐に、美沙は引き裂くような──いままで聞いたこともない、逆上した声を上げた。
「ママやパパは関係ないッ!」
だが、すぐに落ち着いた声に戻り、
「お兄ちゃんの気持ちをきいてるの。この世界に、ほかに誰もいなくても、お兄ちゃんは、美沙じゃダメ?」
「消去法でする話じゃねーだろ」
陽祐は、美沙の顔を見上げる。
「この世界には、おまえと俺しかいない。俺たちが何をしようと、誰にも咎められることはない」
「だったら……」
「でも、俺には、オヤジやオフクロに恥じるようなことは、できない」
「ズルいよ。ママやパパを言いわけにするなんて、ズルすぎるよ。だったら答えて」
美沙は、陽祐をまっすぐ見つめて言う。
「お兄ちゃんは、いままで一度も、ママやパパに恥じるようなことをしてないの?」
「…………」
陽祐は美沙の顔を見つめ返したまま、しばらく間を置いてから、うなずいた。
「……ああ」
「嘘つき。おととしの夏祭りの夜、麻生さんと学校に忍び込んで、水泳部の部室でエッチしたくせに」
「……してねーよ」
「嘘。嘘つき。麻生さんが学校で言いふらしてたもの」
「麻生は話を盛ったんだろ。本当のところは、ちょっと抱きしめてキスしただけだ」
恥ずかしい打ち明け話をさせられている状況に、陽祐は眉をしかめて眼を伏せ、
「祭りに行ってた吹奏楽部の奴らが戻って外が騒がしくなって、見つからないように窓から脱出して終了だ」
「…………」
美沙は、しばらく黙って陽祐を見つめてから、言った。
「美沙、麻生さんが大嫌い」
だから、夏花が世界を滅ぼす存在なのか──




