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世界の黄昏に愛する人と  作者: 白紙撤回
第八章  美沙(夢)
69/90

8 - 6

 

 

 

     *     *     *

 

 

 

 フィットネスルームの大きな窓からも、周囲のビル群が一望できた。

 エアロバイクやランニングマシンは、その窓の前に並べてあり、景色を楽しみながらトレーニングできる。

 ウエイトマシンだけは置き場所の都合だろう、窓から離れた壁際にある。

 

「美沙、これやってみるね」

 

 と、さっそく美沙が、エアロバイクにまたがった。

 陽祐は笑って、

 

「自転車なんて毎日、学校行くときに乗ってるだろ」

「でも、眺めがいいもん。このまま空に飛んで行けそうだよ」

 

 そう言いながら、楽しそうに漕ぎ始める。

 

「どうせお遊びだし、まあいいか」

 

 陽祐も隣のエアロバイクにまたがって、ゆっくり漕ぎ始めた。

 窓の外は大都会。

 オフィスビルに、高層マンション、新幹線と在来線の駅などが見渡せる。

 だが、線路の上にも、ビルの谷間の道路にも、動くものは何も見当たらない。空を飛ぶ鳥もいない。

 雲だけが静かに流れている。

 これが夢ではなく現実ならば、世界の終わりは、すでに始まっているのだろう。

 ビルや道路は誰にも手入れをされず、やがてボロボロになっていく。

 落雷や漏電が原因で火事が起きれば、どこまでも燃え広がってしまう。

 人間は、たった二人きり。それも兄と妹である。

 子孫など残せるわけもない。二人が死ねば、それで終わりだ。

 けれども、この世界は美沙の夢であるらしい。

 美沙は、兄のために料理をすることが幸せだと言った。

 おそらく、それを可能にするために、電気やガス、水道の供給は続いている。

 肉や魚は手に入らなくなるとしても、野菜を育てれば、台風などの災害にも遭わず収穫できるのだろう。

 それとも、決定的には困らない程度の不作は、イベントとして起きるのだろうか。

 兄妹は、おそらくいつまでも生き続ける。年をとることさえないかもしれない。

 そんな都合のいい世界を、どうして美沙は、崩壊させてしまうのだろうか。

 隣にいる美沙を見た。

 エアロバイクがよほど気に入ったのか、額の汗を拭いながら、にこにこしてペダルを踏んでいる。

 

「……美沙」

「えっ?」

 

 美沙は振り向く。

 ペダルを踏み続けながら、微笑んだ。

 

「なに、お兄ちゃん?」

「おまえは、この世界、気に入ってるか? 神様がくれた夏休みだって言ったよな?」

「あたしは……」

 

 美沙は窓に視線を向ける。

 

「……お兄ちゃんは、どう?」

「俺は、悪くないと思ってる。世界を『二人占め』なんて、すげー贅沢だろ」

 

 陽祐は言う。

 

「そのうちスーパーの食材がなくなったら、野菜を育てたり。たまには旅に出てみたり」

「……お兄ちゃんと美沙、二人きりだよ?」

「一人きりじゃなくて、よかったじゃねーか。俺たち二人で、のんびり生きていくのも悪くねーだろ」

 

 だから、世界を崩壊させたりするな。

 そこまでは、口にしなかったけど──

 

「……ふうっ」

 

 美沙は足を止めた。もう一度、兄に微笑みかけ、

 

「ちょっと休憩。足が疲れちゃった」

「疲れるの早すぎじゃねーか? これが自転車なら、まだ家から駅にも着いてねーだろ」

 

 あきれる陽祐に、美沙は笑って、

 

「だって、いつも乗ってる自転車よりペダル重いもん」

「オヤジの車も車検間近だぜ。もし壊れたら、歩きか自転車の旅になるんだ。いまから足腰、鍛えとけよ」

「元の世界に戻れるのと、どっちが先かなあ」

「戻ったら文化祭で声優やるんだろ、どっちにしろトレーニングは必要じゃん?」

「うーん、わかった、もう少し頑張る……」

 

 美沙は苦笑いで、またペダルを漕ぎ始めた。

 夢の世界でのトレーニングに、効果があるのかは、わからないけど。


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