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昼食用の弁当を持って、ロビーに戻った。
ロビー中央のテーブルを選び、弁当を広げながら美沙が、
「インスタントのスープも用意して来たけど、お湯入れられるかな?」
「厨房に行って、沸かして来るよ」
「美沙も行く。ホテルのキッチンがどうなってるか、見てみたい」
ガラス張りの厨房は、ぴかぴかに磨き上げられている。
午前一時ならディナーの営業が終わったあとで、清掃も済んでいたのだろう。
美沙は調理道具をあれこれ手にとって、「へーっ」とか「ほーっ」と、感心した声を上げている。
陽祐が笑って、
「家にあるのと、何か違うのか?」
「外国製が多いみたいで、使いやすそう。ママは百均で買ってきちゃったりするから」
「道具にはこだわりがねーんだろうな、オフクロは」
「それにしては料理上手だよね、うちのママ。美沙なら、もっと使いやすい道具でお料理したいけど」
家庭で使うような薬缶は見当たらないので、鍋でお湯を沸かす。
ホテルのロゴマーク入りのカップを拝借して、粉末スープにお湯を注いだ。
ついでに厨房にあったティーバッグで紅茶も入れた。
「こんなホテルでも、ティーバッグなんか使うんだな」
「ルームサービス用じゃないかな? 結構有名なブランドだよ、これ」
ホテルのレストランで食べる美沙の手作り弁当は、なかなかの味わいだった。
食後は厨房の流し台で、使った食器を洗った。
「食器洗浄機は、ねーのかな?」
「お弁当箱とカップだけだし、手で洗っちゃうよ。食器を洗う専用の場所は、別にあると思うけど」
確かに、皿洗いの場所は厨房と別にあったほうが効率よさそうだ。
ホテルの裏側も、高校生には縁遠い世界である。
「メシのあとは、どーするかな。観光地のホテルと違って、ゲームコーナーなんて、ねーだろし」
「フィットネスルームがあるって、ホームページに書いてあったじゃない? 行ってみようよ」
「俺、ジャージ持って来てねーぞ」
「美沙は、ちゃんと持ってきたよ。お兄ちゃんはTシャツでいいでしょ」
「しょうがねーな、つき合うか。おまえが声優目指すなら、肺活量を鍛えるトレーニングも必要だろうし」
「べつに声優を将来の目標にしてるわけじゃないよ。文化祭の出し物の、お遊びとしてやるだけで」
「だったら、おまえの将来やりたいことって、何?」
たずねる陽祐に、美沙は、はにかむように笑った。
「えっと……専業主婦、かな」
「おいおい、それは将来の目標になるのか?」
苦笑いする陽祐に、美沙は眉を吊り上げて、
「なーに? お兄ちゃん、主婦業をばかにするの?」
「バカにはしねーけど、オフクロみたいな生活を毎日送るのか?」
「いいじゃない? 家族のために毎日、おいしいごはん作って」
「昼間は主婦仲間とテニスのあとにビール、夜はテレビ観ながら、一人でビールか。なんだかなー」
「ビールは一人では飲まないよ。愛する人と、二人で飲むの」
「旦那になるヤツが、うちのオヤジみたいに帰りが遅くてもか?」
「待ってるよ、必ず。せっかく作ったごはん、おいしいと思ってくれる人と一緒に食べたいでしょ?」
美沙は、にっこりと微笑んだ。
「だから、美沙、いま幸せなんだ。お兄ちゃんに毎日、ごはん作ってあげられるから」
「…………」
陽祐には返す言葉がなかった。
これが妹ではない相手から言われたのなら、きっとその彼女に惚れてしまうだろう。
だが、相手が実の妹である場合、どうリアクションすればいいのだろう?
子供じみた美沙の言うことだ。おそらく、ままごと遊びの延長の感覚だろう。
世界中の人間が消えた世界を作って、やりたかったのが、おままごとか。
でも、それならば、罪の意識なんて感じる必要ないじゃないか?
──考えたって、陽祐にわかることではない。
「……フィットネス、行ってみるか。部屋に戻って、着替えようぜ」
陽祐が言って、美沙は笑顔でうなずいた。
「うん!」




