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世界の黄昏に愛する人と  作者: 白紙撤回
第八章  美沙(夢)
68/90

8 - 5

 

 

 

     *     *     *

 

 

 

 昼食用の弁当を持って、ロビーに戻った。

 ロビー中央のテーブルを選び、弁当を広げながら美沙が、

 

「インスタントのスープも用意して来たけど、お湯入れられるかな?」

「厨房に行って、沸かして来るよ」

「美沙も行く。ホテルのキッチンがどうなってるか、見てみたい」

 

 ガラス張りの厨房は、ぴかぴかに磨き上げられている。

 午前一時ならディナーの営業が終わったあとで、清掃も済んでいたのだろう。

 美沙は調理道具をあれこれ手にとって、「へーっ」とか「ほーっ」と、感心した声を上げている。

 陽祐が笑って、

 

「家にあるのと、何か違うのか?」

「外国製が多いみたいで、使いやすそう。ママは百均ひゃっきんで買ってきちゃったりするから」

「道具にはこだわりがねーんだろうな、オフクロは」

「それにしては料理上手だよね、うちのママ。美沙なら、もっと使いやすい道具でお料理したいけど」

 

 家庭で使うような薬缶やかんは見当たらないので、鍋でお湯を沸かす。

 ホテルのロゴマーク入りのカップを拝借して、粉末スープにお湯を注いだ。

 ついでに厨房にあったティーバッグで紅茶も入れた。

 

「こんなホテルでも、ティーバッグなんか使うんだな」

「ルームサービス用じゃないかな? 結構有名なブランドだよ、これ」

 

 ホテルのレストランで食べる美沙の手作り弁当は、なかなかの味わいだった。

 食後は厨房の流し台で、使った食器を洗った。

 

「食器洗浄機は、ねーのかな?」

「お弁当箱とカップだけだし、手で洗っちゃうよ。食器を洗う専用の場所は、別にあると思うけど」

 

 確かに、皿洗いの場所は厨房と別にあったほうが効率よさそうだ。

 ホテルの裏側も、高校生には縁遠い世界である。

 

「メシのあとは、どーするかな。観光地のホテルと違って、ゲームコーナーなんて、ねーだろし」

「フィットネスルームがあるって、ホームページに書いてあったじゃない? 行ってみようよ」

「俺、ジャージ持って来てねーぞ」

「美沙は、ちゃんと持ってきたよ。お兄ちゃんはTシャツでいいでしょ」

「しょうがねーな、つき合うか。おまえが声優目指すなら、肺活量を鍛えるトレーニングも必要だろうし」

「べつに声優を将来の目標にしてるわけじゃないよ。文化祭の出し物の、お遊びとしてやるだけで」

「だったら、おまえの将来やりたいことって、何?」

 

 たずねる陽祐に、美沙は、はにかむように笑った。

 

「えっと……専業主婦、かな」

「おいおい、それは将来の目標になるのか?」

 

 苦笑いする陽祐に、美沙は眉を吊り上げて、

 

「なーに? お兄ちゃん、主婦業をばかにするの?」

「バカにはしねーけど、オフクロみたいな生活を毎日送るのか?」

「いいじゃない? 家族のために毎日、おいしいごはん作って」

「昼間は主婦仲間とテニスのあとにビール、夜はテレビ観ながら、一人でビールか。なんだかなー」

「ビールは一人では飲まないよ。愛する人と、二人で飲むの」

「旦那になるヤツが、うちのオヤジみたいに帰りが遅くてもか?」

「待ってるよ、必ず。せっかく作ったごはん、おいしいと思ってくれる人と一緒に食べたいでしょ?」

 

 美沙は、にっこりと微笑んだ。

 

「だから、美沙、いま幸せなんだ。お兄ちゃんに毎日、ごはん作ってあげられるから」

「…………」

 

 陽祐には返す言葉がなかった。

 これが妹ではない相手から言われたのなら、きっとその彼女に惚れてしまうだろう。

 だが、相手が実の妹である場合、どうリアクションすればいいのだろう?

 子供じみた美沙の言うことだ。おそらく、ままごと遊びの延長の感覚だろう。

 世界中の人間が消えた世界を作って、やりたかったのが、おままごとか。

 でも、それならば、罪の意識なんて感じる必要ないじゃないか?

 ──考えたって、陽祐にわかることではない。

 

「……フィットネス、行ってみるか。部屋に戻って、着替えようぜ」

 

 陽祐が言って、美沙は笑顔でうなずいた。

 

「うん!」


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