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世界の黄昏に愛する人と  作者: 白紙撤回
第八章  美沙(夢)
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8 - 4

 

「客が全員消えたのが午前一時としても、空いてる部屋がいくつかあったはずだ」

 

 フロントのどこかに空室のルームキーがあるだろう。

 ロビー中央のレストランへ向かわず、エレベーターホールから横手に進めばフロントだった。

 探し物は、ちょうどカウンターの上にあった。

 カードキーと伝票、それに分厚い財布が置かれている。カウンターの前にはスーツケースもある。

 財布には手を触れず、伝票を確かめる。

 四桁で記された部屋番号は、上二桁が『32』で、三十二階のことだろう。

 グレードはわからないけど、きっと眺めがいいはずだ。

 美沙が横から伝票を覗き込み、

 

「このお客さんは外国の人? チェックインする途中で消えちゃったんだね」


 署名欄に記された筆記体のサインは読みとりにくいけど、日本人の名前ではなさそうだ。

 陽祐は苦笑いでうなずいて、

 

「午前一時にチェックインしたとすると、日本の夜を楽しんだあとだろうな」

 

 カードキーには部屋番号が記されていない。セキュリティのためだろう。

 伝票が一緒に置いてあって、助かった。

 エレベーターホールに戻る。

 客室階行きのエレベーターは、ガラスの自動扉の向こう側にあった。

 だが、自動扉が開かない。

 

「あれ?」

「お兄ちゃん、あっち」

 

 美沙が指差した先の壁面にセキュリティ装置らしいものがある。

 スリットが穿たれていて、カードキーを通せばいいらしい。

 部外者が客室階に入り込むのを防ぐためだろう。防犯と安全対策は、しっかりしている。

 客室階行きエレベーターは吹き抜けに沿って造られ、これもまたガラス張りになっていた。

 

「すごいよ、来てみてよかったね、お兄ちゃん♪」

 

 上昇するエレベーターの中からロビーを見渡して、はしゃぐ美沙に、陽祐も笑う。

 

「いかにも高級っていうか、お洒落だよな」

 

 三十二階でエレベーターを下りると、目当ての客室はすぐだった。

 カードキーでドアのロックを外し、部屋に入った。

 

「へーっ」

 

 美沙が感心した声を上げる。

 清潔感のある部屋だった。しかし、残念ながら最上級のスイートルームではないようだ。

 ベッドはセミダブルで、基本的には一人で泊まるための部屋だろう。

 今年のインターハイの遠征で泊まったビジネスホテルの、高級版というところ。

 陽祐自身は出場しておらず、仲間の応援兼雑用係のため同行したのだけど。

 そして、今年は夏花もインターハイを逃していた。

 高校でサボり魔を脱却した夏花だが、タイムは中学時代の自己ベストに届かなかった。

 ラップを計れば、どの泳法でも後半の失速が明らかだった。

 県総体では個人メドレーの四百メートルは棄権し、二百メートルで三位。

 地方大会には進んだけど、そこで終わりだった。

 中学三年間のサボり魔のツケは、一年で返上できるほど甘くなかった。

 

「部屋そのものが展望台みたいだね、どきどきしちゃって、寝られないかも」

 

 窓から都会のビル群を見渡して、美沙が言った。

 陽祐は、にやりと意地悪く笑って、

 

「怖いのかよ、高いところが」

「そうじゃなくて、むしろ興奮しちゃうよ。夜景も綺麗なんだろうね」

 

 愉しそうな美沙は、そういえば小さい頃から展望台や観覧車が好きだった。

 窓際にはソファも置かれているが、兄がそちらで寝ると言っても、美沙は承知しないだろう。

 家では並べた布団で、手までつないで寝ているのだ。

 あきらめて兄妹二人でセミダブルのベッドで寝るしかなさそうだけど、念のためにきいてみた。

 

「もっと広い部屋がよければ、フロントで鍵を探してみるか?」

「ここで大丈夫。お兄ちゃんの寝相が悪くないのは、家で一緒に寝てわかってるから」

「おまえはイビキをかいてるけどな」

「えっ?」

 

 眼を丸くして振り向き、両手で口元を隠す美沙に、べーっと陽祐は舌を出した。

 

「冗談だよ」

「もうっ、お兄ちゃんのイジワル」

 

 美沙は、くすくす笑う。


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