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午後八時五十分。
カラオケ屋の前に、夏花がいた。
待ちくたびれた顔だったが、陽祐に気づくと、笑顔になった。
「センパイ、お疲れさまでぇす。ずいぶん忙しかったみたいですねぇ」
「ああ……」
陽祐は夏花に近づいていきながら、辺りを見回す。
先ほど見覚えた顔はない。夏花と別れて、五人でどこへ向かったのか。
陽祐は、夏花の前に立った。
「…………」
「……センパイ、バイトで何かあったんですかぁ? なんだか怖い顔しちゃってぇ?」
笑ってたずねる夏花に、陽祐は、言った。
「西高の葉山って、野球部の一年生エースなのな」
「え……?」
夏花は、僅かに表情を強ばらせる。
そしてすぐに、誤魔化すように笑ってみせ、
「有名な人なんですかぁ?」
「そこそこ、な。ネットで検索すれば引っかかる。秋季大会でベスト4まで勝ち上がったそうだ」
「へぇぇ……」
夏花は小首をかしげながら、眼を逸らす。
陽祐は、ため息をついた。
「おまえ、学校で想像以上に噂になってんのな。半分は自分で広めてるみたいだけど。水嶋に聞いたよ」
「水嶋先輩に、何を……ですか?」
「西高生と合コンしたとか、そういう話。イブの日にこんなこと電話で聞いて、水嶋には悪いことしたけど」
「あたしは、いろいろ噂にされやすいんですよねぇ。水泳部からハブられたりもしてますしぃ」
眼を合わさないまま、笑う夏花に、陽祐は言いきった。
「自分がしてきたことの結果だろ。水泳バカを卒業したつもりが、勘違いした中学デビューだ」
「中学デビューって……」
夏花は苦笑いで、首を振る。
「マリナもユーコも、悪い子じゃないですよぉ? あたしにつき合ってくれてる友達のこと言ってるなら?」
「ケースケと葉山も、そうなんだろうな。たぶん、ノブってヤツも」
「…………」
夏花は笑みを消し、陽祐の顔を見た。
「センパイ、バイトって、何してるんですかぁ?」
「ケーキ屋で着ぐるみ着せられてる」
「…………、……はぁ」
夏花は、肩を落として眼を伏せた。
「マリナもユーコも悪い子じゃないですけどぉ、ノブさんみたいなチャラいのは、あたし嫌いですよぉ?」
「べつに、そんなこと聞いてねーよ」
「聞いてなくても言いますよぉ、誤解されたままって、イヤですからぁ」
「誤解されたままで、何か困ることあんの?」
「…………」
夏花は、陽祐の顔を見る。
「誤解したままでいいと、センパイは思ってるんですかぁ?」
「そもそも誤解じゃないと思ってる」
「…………」
夏花は、また眼を伏せて、握った拳で頬をこすった。
ノブという男にキスされた頬だ。
「……合コン、しましたよぉ、マリナたちとのつき合いでぇ」
夏花は言った。
頬をこすり続けながら、自嘲気味に笑い、
「でも人数合わせですよぉ、向こうも葉山さんとか彼女持ちがいましたしぃ、ノブさんもそうでしたしぃ」
「だとしたら、ノブが彼女と別れたの、おまえに乗り換えようと思ったからじゃねーの?」
「そうだったとしても、あたし、ノブさんは全く眼中にないですしぃ」
「笑ってたけどな、おまえ。あいつにキスされたあと」
「…………」
夏花の手が止まる。
伏せた睫毛が、僅かに震える。
だが、また自嘲するように笑った。泣き出したりしなかった。
「そこは……だって、あそこで怒ったりできますかぁ? その場のノリがあるじゃないですかぁ?」
「マリナとかユーコは、おまえが俺とつき合ってること、知ってたんじゃねーの?」
陽祐は冷ややかに、夏花を見やる。
「それでもノブをけしかけるって、その場のノリでやっていいことなの、おまえの友達の間じゃ?」
「…………、それは……、でも……」
言葉に詰まる夏花に、陽祐は、自分の携帯電話の画面を向けてみせた。
「あいつらが悪いヤツじゃないって、おまえ言うけどさ」
ノブという男が夏花の頬にキスをしている様子が、そこに映っていた。
「この写真、学校中にバラまいてるみたいだぜ。水嶋にも送られて来たのを、転送してもらった」
「…………」
夏花は、もう何も言わなかった。




