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第七章 夏花(真)
二年前の夏休み。
陽祐は、出身中学の水泳部の合宿にOBとして顔を出した。
歴代の先輩たちにならって、差し入れにペットボトルのスポーツドリンクを部員の人数分、用意した。
その日は日曜日で、陽祐の高校の水泳部の練習は休みだった。
中学の水泳部も本来、夏休み中は日曜が休みだけど、合宿は週末を挟んでいた。
ほかの部と交代で学校に泊まる都合である。
公立中学だから合宿といっても、練習場所は学校のプールで、教室に貸布団で寝泊まりするのだ。
陽祐が着いたとき、後輩たちは練習中だったが、麻生夏花だけはプールサイドで見学していた。
夏花は小学生のときまでは、全国的にも強豪とされるスイミングクラブの強化選手コースに所属していた。
種目は個人メドレーで、全国大会で決勝に残れる成績だったが、表彰台に上がったことはなかった。
六年生の最後の大会も四位で終わり、夏花本人によれば、そこで「燃え尽きた」という。
中学生になった夏花は、すっかりサボり魔と化していた。
学校の水泳部では、オフシーズンの「陸トレ」──ランニングや筋力トレーニングには、まず参加しない。
夏場のプールでの練習も、途中で早退したりする。
「クラブの練習がある」という口実だが、クラブでも選手コースから外れたことは本人が公言している。
一般会員としてクラブに籍は残していたが、それはコーチもつかずに自主練習をするだけだ。
それでも大会での成績は、部内の誰よりも上だった。
陽祐たちの中学の水泳部から全国大会に出場できたのは夏花だけである。
小学生の頃と違って決勝には残れなくなっていたけど、全国は全国だ。
だから夏花の練習態度に、誰も文句を言えないでいた。
むしろ悪びれた様子もなく、にこにこ笑顔で気まぐれに部活に来る夏花は、憎めないキャラと化していた。
「おまえ、またサボりか」
挨拶代わりに言った陽祐に、ジャージ姿の夏花は笑って、
「違いますよぉ、風邪ですよぉ風邪、けほっけほっ」
わざとらしく咳き込んでみせた。
それから、皆がプールから上がる休憩時間まで、陽祐は夏花と雑談した。
貸布団は固くて最低だとか、食事当番はみんなカレーしか作らないから毎日カレーだとか。
そんな合宿についてのとりとめもない話題のあと、
「あたし、スマホ買ってもらったんですよぉ」
誰かに自慢したくて仕方なかったのだろう。
夏花がジャージのポケットからスマートフォンを出して、陽祐に見せた。
「こんなところに持って来て、プールに落とさねーか?」
陽祐が言うと、
「落とさないですよぉ、肌身離さず持ってますから」
ぎゅっとスマホを胸に抱きしめて、悪戯っぽく笑ってみせる。
その仕草に思わず、どきりとさせられた。
可愛かった。
陽祐が卒業する前の夏花は、まだ子供としか見えなかった。
それが半年足らずの間に、ずいぶんと大人びたように感じられた。
練習をサボり続けて、いくらか肉がついたせいもあるだろう。
色黒で痩せていてゴボウみたいだった夏花が、年頃の少女らしく変身していた。
「でも、まだアドレス帳が少なくて、可哀想でしょ?」
夏花は慣れた手つきでスマホを操作して、アドレス帳のリストを陽祐に見せた。
確かに、自宅や学校の番号を含めても十件足らずだ。
美沙の名前はリストにない。
去年も今年も同じクラスのはずだけど、特に仲がいいわけではないのだろう。
美沙から夏花の話を聞いたこともない。
「センパイの携帯の番号とメルアド、教えてくださいよぉ」
「そっちにメールするよ。アドレスは?」
陽祐は自分の携帯を出して、言われたアドレスにメールを送った。電話番号は本文に載せておいた。
夏花の電話番号も教えてもらって、自分のアドレス帳に登録した。
とはいえ、自分から夏花に連絡することはないだろうと思った。
二学年下の後輩と共通の話題が、それほどあるわけではない。
夏花にとっても陽祐は、合宿の機会でもなければ顔を合わせることのない卒業生の一人でしかないだろう。
ところが──その夜。
夏花から、合宿が終わったらもう一度会えませんかと、メールが届いた。
そして次の日曜日に中学校の近くのファミレスで会って、陽祐が卒業する前から好きだったと告白された。
陽祐は照れ隠しに素っ気ない態度を装いながら、夏花とつき合うことを承知した。
陽祐が卒業する前のゴボウみたいだった夏花から告白されていたら、きっとOKしなかっただろうけど。
もちろん、そんなこと夏花本人には言えない。




