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世界の黄昏に愛する人と  作者: 白紙撤回
第六章  夏花(偽)
45/90

6 - 5

 

 

 

     *     *     *

 

 

 

「……くそっ」

 

 陽祐は、また舌打ちした。

 夏花の姿をした女の言うことを、どこまで信用できるのか。

 だが、相手の話は、それなりに辻褄が合っていた。

 宇宙人の実験でも超常現象でも、ただの夢でもない「魔法で作られた世界」説だ。

 家の中に戻った。

 和室を覗くと、美沙は布団の上で眠り続けていた。

 何も知らないような、穏やかな寝顔。

 だが、ニセモノの夏花の話が真実だとすれば。

 美沙自身、この世界が自分の願望が作り出したものだと、どこかの時点で気づいたのではないか。

 美沙はこの世界が自分の夢だと承知した上で、何も知らないように振る舞っていたのだろうか。

 そんな器用なことができる奴だったか、おまえ?

 確かに、おかしな態度を見せたこともあったけど。

 だから、この世界は崩壊しかけているのかもしれない。

 ため息をついて、陽祐は和室を出た。

 美沙がどこかに隠した《アーティファクト》とやらを捜さなければならない。

 まずは美沙の部屋からだろう。

 だが、それでいいのか?

 せっかく美沙が作った夢の世界を、正体のわからない女に言われるままに、ぶち壊すようなことをして。

 そもそも、美沙の無意識下のどういう思いが、兄と二人きりの世界を作ったのか。

 二階の美沙の部屋に入って、明かりをつけた。

 寝る前に来たときと何も変わらない部屋の中を、陽祐は一人で物色し始めた。

 机の引き出しは鍵がかかっていた。だが、この机は自分の部屋にあるものと同じだ。

 陽祐は自分の机の鍵を持ってきて、美沙の机の鍵穴に挿してみた。鍵は開いた。

 いい加減なものだ。大事なものを机にしまうのはやめておこうと思う。

 引き出しの中身は文房具やレターセットなどだった。

 鍵をかけるほどのものは入っていないと思ったら、一番奥に日記帳があった。

 手にとってみて──しかし、すぐ元の場所に戻した。

 謎の女が現れないところを見ると、それが《アーティファクト》というわけではないのだろう。

 日記を読めば、美沙がどこに《アーティファクト》を隠したか、ヒントがつかめるかもしれない。

 どうしてこんな世界を作ったかも、わかるかもしれない。

 でも、それをしてはいけない気がした。

 そう、デリカシーの問題だ。

 正攻法で捜してみて、見つからなかったときは、あきらめよう。

《アーティファクト》が見つからなくても、この世界が崩壊する前に、美沙を救う方法があるかもしれない。

 美沙に選ばれて、この世界に連れて来られた自分なら、それができるのではないか?

 引き出しを引き抜いて、机の奥を覗いてみたが、何もなかった。

 机の上に置かれたDVDのパッケージが目についた。

 美沙が文化祭のために友達から借りたものだ。結局、どんな話だったのだろう?

 パッケージを開けて、中に入っていたリーフレットを読んでみた。

 陽祐や美沙が生まれる何年も前に公開されたアニメ映画だった。

 原作の漫画を下敷きにした、オリジナルのストーリーであるようだ。

 舞台は文化祭直前の高校。生徒たちは連日、泊まりこみで準備に追われている。

 だが、何日たっても文化祭当日は訪れない。彼らは文化祭前日の同じ一日を延々と繰り返していたのだ。

 主人公たちがそれに気づいた途端、世界は変貌し、街は主人公と仲間たちのほかは誰もいない廃墟となる。

 全ては魔物の陰謀だった。主人公たちは夢の世界に囚われていたのだ──

 この映画を観たことが、「兄妹二人のほかに誰もいない世界」を美沙が作り出すきっかけになったのか。

 黒い狼といい、映画に影響されやすい奴だとあきれてしまう。

 ともあれ、このDVDが《アーティファクト》でもなかった。手を触れても何も起こらなかった。

《アーティファクト》は見れば違和感を覚えるはずだと、謎の女は言っていた。

 クロゼットを開けてみた。本棚も隅々まで見回した。

 ベッドの枕元に並べてあったウサギやクマのぬいぐるみも、一つ一つ手を触れてみたが、何も起こらない。

 ぬいぐるみそのものが《アーティファクト》であったり、ぬいぐるみの体の中に隠されてもいないようだ。

 美沙を救うためだと自分に言い聞かせ、そんな言いわけに自己嫌悪しながら、タンスの引き出しを開けた。

 丸めて収められた下着の間に手を入れて探る。

 洗濯物を干すときに触れるのと、勝手にタンスを開けるのとは、わけが違う。

 そこまでしても、それらしいものは見つからなかった。

 自分の部屋には置いていないのかもしれない。

 ならば、どこだ? 美沙の学校か?

 電車で何駅か先の女子高まで、車ではどのくらいかかるだろう。

 そこで探し物をして、朝までに帰って来るわけか。

 美沙を、この家にひとりきりにして……

 そこまでして探したいとは、思わなかった。

 せっかく作った世界を崩壊させそうなほど、美沙が苦しんでいるならば。

 ずっと、そばにいてやりたいと思う。

 目を覚ますまで、手を握って。

 

 ──悪いな。名前は知らねーけど、麻生の姿をした女。

 あんたの期待には応えられないようだ……

 

 陽祐は寝室に戻り、自分の布団に横になった。

 隣で眠る美沙の手を握って、眼をつむった。

 この世界が夢だと知ったあとでも、夢の中で眠ることに違和感はなかった。


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