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「……くそっ」
陽祐は、また舌打ちした。
夏花の姿をした女の言うことを、どこまで信用できるのか。
だが、相手の話は、それなりに辻褄が合っていた。
宇宙人の実験でも超常現象でも、ただの夢でもない「魔法で作られた世界」説だ。
家の中に戻った。
和室を覗くと、美沙は布団の上で眠り続けていた。
何も知らないような、穏やかな寝顔。
だが、ニセモノの夏花の話が真実だとすれば。
美沙自身、この世界が自分の願望が作り出したものだと、どこかの時点で気づいたのではないか。
美沙はこの世界が自分の夢だと承知した上で、何も知らないように振る舞っていたのだろうか。
そんな器用なことができる奴だったか、おまえ?
確かに、おかしな態度を見せたこともあったけど。
だから、この世界は崩壊しかけているのかもしれない。
ため息をついて、陽祐は和室を出た。
美沙がどこかに隠した《アーティファクト》とやらを捜さなければならない。
まずは美沙の部屋からだろう。
だが、それでいいのか?
せっかく美沙が作った夢の世界を、正体のわからない女に言われるままに、ぶち壊すようなことをして。
そもそも、美沙の無意識下のどういう思いが、兄と二人きりの世界を作ったのか。
二階の美沙の部屋に入って、明かりをつけた。
寝る前に来たときと何も変わらない部屋の中を、陽祐は一人で物色し始めた。
机の引き出しは鍵がかかっていた。だが、この机は自分の部屋にあるものと同じだ。
陽祐は自分の机の鍵を持ってきて、美沙の机の鍵穴に挿してみた。鍵は開いた。
いい加減なものだ。大事なものを机にしまうのはやめておこうと思う。
引き出しの中身は文房具やレターセットなどだった。
鍵をかけるほどのものは入っていないと思ったら、一番奥に日記帳があった。
手にとってみて──しかし、すぐ元の場所に戻した。
謎の女が現れないところを見ると、それが《アーティファクト》というわけではないのだろう。
日記を読めば、美沙がどこに《アーティファクト》を隠したか、ヒントがつかめるかもしれない。
どうしてこんな世界を作ったかも、わかるかもしれない。
でも、それをしてはいけない気がした。
そう、デリカシーの問題だ。
正攻法で捜してみて、見つからなかったときは、あきらめよう。
《アーティファクト》が見つからなくても、この世界が崩壊する前に、美沙を救う方法があるかもしれない。
美沙に選ばれて、この世界に連れて来られた自分なら、それができるのではないか?
引き出しを引き抜いて、机の奥を覗いてみたが、何もなかった。
机の上に置かれたDVDのパッケージが目についた。
美沙が文化祭のために友達から借りたものだ。結局、どんな話だったのだろう?
パッケージを開けて、中に入っていたリーフレットを読んでみた。
陽祐や美沙が生まれる何年も前に公開されたアニメ映画だった。
原作の漫画を下敷きにした、オリジナルのストーリーであるようだ。
舞台は文化祭直前の高校。生徒たちは連日、泊まりこみで準備に追われている。
だが、何日たっても文化祭当日は訪れない。彼らは文化祭前日の同じ一日を延々と繰り返していたのだ。
主人公たちがそれに気づいた途端、世界は変貌し、街は主人公と仲間たちのほかは誰もいない廃墟となる。
全ては魔物の陰謀だった。主人公たちは夢の世界に囚われていたのだ──
この映画を観たことが、「兄妹二人のほかに誰もいない世界」を美沙が作り出すきっかけになったのか。
黒い狼といい、映画に影響されやすい奴だとあきれてしまう。
ともあれ、このDVDが《アーティファクト》でもなかった。手を触れても何も起こらなかった。
《アーティファクト》は見れば違和感を覚えるはずだと、謎の女は言っていた。
クロゼットを開けてみた。本棚も隅々まで見回した。
ベッドの枕元に並べてあったウサギやクマのぬいぐるみも、一つ一つ手を触れてみたが、何も起こらない。
ぬいぐるみそのものが《アーティファクト》であったり、ぬいぐるみの体の中に隠されてもいないようだ。
美沙を救うためだと自分に言い聞かせ、そんな言いわけに自己嫌悪しながら、タンスの引き出しを開けた。
丸めて収められた下着の間に手を入れて探る。
洗濯物を干すときに触れるのと、勝手にタンスを開けるのとは、わけが違う。
そこまでしても、それらしいものは見つからなかった。
自分の部屋には置いていないのかもしれない。
ならば、どこだ? 美沙の学校か?
電車で何駅か先の女子高まで、車ではどのくらいかかるだろう。
そこで探し物をして、朝までに帰って来るわけか。
美沙を、この家にひとりきりにして……
そこまでして探したいとは、思わなかった。
せっかく作った世界を崩壊させそうなほど、美沙が苦しんでいるならば。
ずっと、そばにいてやりたいと思う。
目を覚ますまで、手を握って。
──悪いな。名前は知らねーけど、麻生の姿をした女。
あんたの期待には応えられないようだ……
陽祐は寝室に戻り、自分の布団に横になった。
隣で眠る美沙の手を握って、眼をつむった。
この世界が夢だと知ったあとでも、夢の中で眠ることに違和感はなかった。




