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第六章 夏花(偽)
窓を開けて、陽祐は叫んだ。
「──麻生!」
小石か何かを投げようとしていた手を止めて、夏花は、悪戯っぽく笑ってみせた。
「陽祐さん……」
どういうわけか、夏花は中学時代の制服の紺色のブレザー姿だ。
陽祐は美沙を振り返った。目を覚ます様子はない。
「そこで待ってろ!」
夏花に呼びかけ、陽祐は窓を乗り越えて、庭に下りた。
しかし塀まで乗り越えるよりは、門へ回ったほうが早い。
すぐに外の道へ出て、夏花の前まで走った。夏花は、その場で待っていた。
少し走っただけなのに、息が切れたように感じた。裸足だったので足の裏も痛い。
夏花は微笑んでいる。
「…………、おまえ……」
すぐには言葉が出なかった。
世界中の人間が消えたはずだった。
だが、自分たち兄妹と同様に、麻生も取り残されていたのか、この世界に……?
「……いままで、どこにいた? おまえ一人か、家族も一緒か?」
「私は、いまここに来たばかりです」
笑顔のままで、おかしな答えを夏花は返した。
「あまり時間がないんです。私の話、聴いてもらえますか?」
「いや、ちょっと待て。美沙にも一緒に聞かせたい。うちに入れよ」
「美沙さんは、朝まで目を覚ましません。あなたと話をするために、この世界に干渉しました」
ますます、おかしなことを言う。
「でも、私がここにいられるのは長い時間ではありません。直接的な介入は、世界の崩壊を早めますから」
「……おまえ、なに言ってんだかわかんねーぞ」
陽祐は顔をしかめた。
ようやく現れたと思った自分たち兄妹以外の人間が、どうやら頭がテンパっているらしい麻生夏花だとは。
夏花は苦笑いして、
「順を追って説明します。まず、ここは、夢の世界です。そう、文字通りの夢なんです」
「…………」
陽祐は、うなずかない。
世界中の人間が消えたこの世界が夢である可能性は、もちろん陽祐も考えている。
だが、それを夏花に言われて、素直に受け入れたくはない。
「……頬をつねって痛い夢があるのかよ?」
「ただの夢ではありません。限りなく本物に似せて作られた、美沙さんの願望を満たしてくれる世界です」
「美沙の願望?」
意味がわからない。
世界中の人間を消したいと、どうして美沙が願うんだ?
「……悪いが、麻生」
陽祐は努めて冷静に言った。内心では、かなり苛立っていた。
「昼間いろいろあって、あまり普通の精神状態じゃねーんだ。無駄話にはつき合ってられねーぞ」
「昼間というのは、狼のことですね?」
「…………」
陽祐は眼を見開く。
「……おまえが、何でそれを知ってる?」
夏花はそれには答えず、にっこりとして、
「あの狼は、美沙さんの罪悪感が、映画で観た狼の姿を借りて具現化したものです」
「罪悪感? 何に対しての罪悪感だ?」
陽祐はたずねたが、やはり夏花は答えずに笑顔のまま、
「よほど印象に残った映画だったのでしょうね。違う映画の記憶が強ければ、巨人や怪獣が現れたのかも」
「……おまえ、麻生じゃねーだろ。何者だ?」
陽祐は言った。
落ち着いて考えれば、奇妙だった。
中学の制服姿でいることは別としても、夏花から「陽祐さん」などと呼ばれたことは、一度もない。
つき合っていた当時も呼び方は「センパイ」か「陽祐センパイ」だった。
夏花は──夏花の姿をした相手は、笑顔のままで答えた。
「それも順番に説明します。質問は最後にまとめて受け付けますから、まずは話を聴いて頂けますか?」
「……言ってみろ」
「はい、えっと……」
夏花の姿の相手は、もったいぶって咳払いしてから、語り始めた──




