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世界の黄昏に愛する人と  作者: 白紙撤回
第五章  美沙(四)
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38/90

5 - 7

 

 

 

     *     *     *

 

 

 

 バーベキューセットやパラソルなどの荷物は放置して、陽祐は河原から引き上げることに決めた。

 脱いだ服だけ回収したが、着替えている暇はない。

 押し黙ったままの美沙の腕をつかんで無理やり立たせ、駐車場まで引っぱっていく。

 助手席に押し込んで、ドアを閉めた。

 自分も運転席に回って、車に乗り込む。服は後部座席に放り投げた。

 エンジンをかけ、パワーウインドウで窓を全て閉めながら、周囲を見回す。

 狼の姿は、ない。

 シートベルトは気にせず、車を出した。

 脇道を登って、元の山道に戻り、来た方向へ引き返す。

 雨はやんでいる。いや、この辺りは最初から降らなかったのか、路面は乾いている。

 よほどの化け物でなければ、車に乗った自分たちを襲ってくることはないだろう。

 そう思っても、早くこの場から離れたかった。できるだけ遠くへ。

 いまごろになって狼への恐怖が湧いてきた。

 あいつが本気で襲って来たら、美沙を守りきれただろうか?

 恐怖を振り払うように、陽祐は美沙にたずねた。

 

「世界を終わらせに来たって、どういう意味だ?」

「…………」

 

 答えない美沙の顔を、ちらりと見る。

 美沙は蒼ざめた顔を、まっすぐフロントガラスに向けている。

 その眼には何も映っていないように思えた。

 陽祐は舌打ちした。

 狼が怖かったにしても、この反応はなんだ?

 帰りは奇跡的に迷わず、高速に入ることができた。

 アクセルを踏み込む。二十キロオーバーくらい許されるだろう。

 もう一度、美沙にたずねた。

 

「狼が、どうやって世界を終わらせるんだ?」

「……お兄ちゃん、観たことない? 何度かテレビでやった、ファンタジー映画」

 

 美沙は、陽祐の記憶にないタイトルを口にした。

 もともとファンタジー物には、あまり興味がなかった。

 テレビでやっていたとしても真剣には観なかったのだろう。

 

「その映画は、おとぎ話の世界が舞台だけど、世界を滅ぼそうとする悪の手先が、黒い狼なんだよ」

「映画に出て来た狼に、さっきのあいつがそっくりだってことか?」

「…………」

 

 美沙は、うなずく。

 だとしたら、この世界も「おとぎの国」で、それを滅ぼそうとする悪の存在がいるってことか?

 兄と妹が取り残されたこの世界自体が悪の存在の手で作られたようにも、陽祐には思えたけど、それとも。

 

「まさか、あの狼が、世界中の人間を喰ったわけじゃねーよな?」

「…………」

 

 再び、美沙は口をつぐんだ。

 今度はうつむいて、唇を噛み締めている。

 美沙が言ったのは、ただの思いつきかもしれない。

 原因不明のまま世界中の人間が消えたのとは逆に。

 黒い狼も原因は不明のまま、別の世界からこの世界に紛れ込んだのかもしれない。

 でも、そうじゃなければ。

 狼の正体が、美沙の言う通りだとしたら。

 やはり、世界中の人間が消えたのは偶然ではなく。

 あるいは、自分たち兄妹がこの世界に放り込まれたのは、偶然ではなく。

 狼とは対極にある、何らかの存在の意思が働いているのだろうか。

 

 ──考えたって、わかるわけねーけど……

 

 行きに寄ったサービスエリアの手前まで来た。

 場内には入らず、路肩に寄せて車を停めた。

 車を降り、後部座席から美沙のワンピースをとって、助手席のドアを開ける。

 

「これ、上に着ておけよ」

「…………」

 

 美沙は眼を合わせないまま車から降りて、陽祐が突きつけたワンピースを受けとり、のろのろと着込む。

 ため息をついて、陽祐は辺りを見回した。

 狼はいない。ほかの動物も人間もいない。

 サービスエリア内に植えられた立ち木の枝が、風に揺れているのが見える。

 今朝までと同じ、平和そのものの光景。

 だが、この世界も完全に平和ではないことを、陽祐は知ってしまった。

 ワンピースを着終えた美沙が、無言のまま助手席に座った。

 ドアを閉めてやり、陽祐は運転席に乗り込み、車を出した。

 家に帰り着くまで、美沙は黙り込んだままだった。


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