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世界の黄昏に愛する人と  作者: 白紙撤回
第五章  美沙(四)
36/90

5 - 5

 

 

 

     *     *     *

 

 

 

 着替えを終えた陽祐は、美沙に声をかけた。

 

「もういいぞー」

 

 ひょこっと、岩陰から美沙が顔を出す。

 

「笑ったり、ばかにしたりしないでね」

「しねーよ」

 

 よほど子供っぽい水着なのだろうか?

 ところが、恥ずかしげに姿を現した美沙は、ビキニ姿だった。

 

「お……」

 

 言うべき言葉が見つからない。

 華奢な体つきの美沙だが、意外と出るべきところは出ていた。

 色白の肌に、オレンジ色のビキニが映えている。

 眼の毒というほかなかった。何しろ、相手は実の妹だ。

 

「泳ぎの練習には不向きかな? お兄ちゃんに教えてもらえると思わなくて……」

 

 頬を赤らめながら言う美沙に、

 

「本格的にやるわけじゃねーから大丈夫だろ。じゃ、始めるぞ」

 

 陽祐は、さっさと背を向けて、水辺に向かい歩きだす。

 とはいえ、泳ぎはちゃんと教えてやるつもりだ。

 ひんやりと心地いい水に、膝まで入っていき、

 

「結構つめてーからな、まずは身体を慣らせ。腹とか肩に、ぱしゃぱしゃ水をかけておけ」

「うん」

 

 美沙は陽祐の隣に並んで、言われた通りにした。

 

「……ひゃっ、ほんとに冷たくて、気持ちいいね」

 

 水をかけた胸元を押さえて笑う仕草は、妹だと思うと余計、どきりとさせられる。

 

「足元、とがった石があるかもしんねーから気をつけろ。もう少し深いトコ行くから、ゆっくりついて来い」

 

 腰の深さまで水に入って、陽祐は言った。

 

「まず、おまえの実力を見るから。俺は少し下流に行くから、そこまで泳いでみろ」

「わかった……」

 

 陽祐はクロールで軽く泳いで十五メートルほど離れて、美沙を振り返った。

 

「いいぞ」

「……うん」

 

 美沙は思いきったように水に顔をつけ、ぎこちなく危なっかしいクロールを始めた。

 腕はろくに水を掻いてないし、脚も意味なく水を撥ね上げているだけで、溺れているのと大差なく見えた。

 息継ぎも失敗して水を飲んだらしく、陽祐のところまで来られずに、

 

「──けほっ!」

 

 足をついて顔を上げ、咳き込んだ。

 

「……ごめんなさい」

「謝ることねーよ。そんなもんだと思ってたから」

 

 陽祐は美沙のそばまで、顔を上げた平泳ぎで戻り、

 

「やっぱり、バタ足から始めるか。俺の手につかまって、身体を伸ばしてみろ」

「うん」

 

 美沙は両手を陽祐に預けて、水の中で身体を伸ばした。

 

「お尻が沈んじゃうよ……」

「沈まないようにバタ足するんだけどな。足の甲からつま先まで伸ばして、脚全体で水をキックするんだ」

「足の甲とかで水を蹴るんじゃなくて?」

「太ももとか、すねまで含めた脚全体だ。膝は曲げずに伸ばして、かといって力が入りすぎてもダメだ」

「難しいよ、そんなの」

 

 口をとがらせる美沙に、陽祐は笑って、

 

「最初のうちは、それっぽくできればいいよ。慣れればビート板で、すいすい進めるようになって楽しいぜ」

「そっか」

 

 美沙は、にっこりした。

 

「お兄ちゃんにこうやって教えてもらえるだけでも、楽しいよ」

「楽しいも何も、始めたばかりだろ。ほら、膝が曲がってる」

「あ、ごめんなさい」

 

 楽しそうに笑って、ぱしゃぱしゃ水を蹴っている美沙に、陽祐は苦笑するしかない。

 結局、美沙は子供なのだと、陽祐は思った。

 世界中の人間が消えて、二人きりで取り残されたせいもあるだろう。

 幼稚園か小学生の頃そのままに、兄に甘えたがっているのだ。

 高校一年生でこれでは、困りものだけど。

 世界が元に戻ったら、本当に彼氏を見つけてほしいと思う。

 できれば年上で、存分に甘えさせてくれる相手がいい。

 ──ぽつりと、頬に何かが当たった。

 ぽつっ、ぽつっ……と、肩や背に続けて当たる。

 

「……雨か」

 

 陽祐は空を見上げた。

 太陽は出ているが、二人がいる川の上空だけ、暗い雲に覆われている。

 

「すぐにやむだろーけど、いっぺん上がるか」

「うん」

 

 二人はパラソルの下に戻った。

 陽祐はチェアに腰かけて、タオルで身体を拭いた。

 美沙は自分のチェアを、陽祐のすぐ隣にずらして来た。

 

「えへへ」

 

 子供っぽく笑うと、陽祐の腕に抱きつき、その肩を枕にして、頭をもたせかける。

 

「……おい」

 

 あきれる陽祐に、美沙は笑顔のまま、

 

「いいでしょ、いまだけ」

「子供だな、ほんとにおまえ」

「子供だよ。本屋で中学生に間違われたって言ったでしょ」

 

 中学生でもここまで兄貴に甘えるものだろうかと、陽祐には疑問だったけど。

 

「先に身体くらい拭けよ。冷えちまうぞ」

「だいじょぶ。いまは暑いくらい」

 

 ぱらぱらと、雨はパラソルを叩いている。

 仕方ない、しばらくそのままにさせてやるかと、陽祐は思った。


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