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* * *
着替えを終えた陽祐は、美沙に声をかけた。
「もういいぞー」
ひょこっと、岩陰から美沙が顔を出す。
「笑ったり、ばかにしたりしないでね」
「しねーよ」
よほど子供っぽい水着なのだろうか?
ところが、恥ずかしげに姿を現した美沙は、ビキニ姿だった。
「お……」
言うべき言葉が見つからない。
華奢な体つきの美沙だが、意外と出るべきところは出ていた。
色白の肌に、オレンジ色のビキニが映えている。
眼の毒というほかなかった。何しろ、相手は実の妹だ。
「泳ぎの練習には不向きかな? お兄ちゃんに教えてもらえると思わなくて……」
頬を赤らめながら言う美沙に、
「本格的にやるわけじゃねーから大丈夫だろ。じゃ、始めるぞ」
陽祐は、さっさと背を向けて、水辺に向かい歩きだす。
とはいえ、泳ぎはちゃんと教えてやるつもりだ。
ひんやりと心地いい水に、膝まで入っていき、
「結構つめてーからな、まずは身体を慣らせ。腹とか肩に、ぱしゃぱしゃ水をかけておけ」
「うん」
美沙は陽祐の隣に並んで、言われた通りにした。
「……ひゃっ、ほんとに冷たくて、気持ちいいね」
水をかけた胸元を押さえて笑う仕草は、妹だと思うと余計、どきりとさせられる。
「足元、とがった石があるかもしんねーから気をつけろ。もう少し深いトコ行くから、ゆっくりついて来い」
腰の深さまで水に入って、陽祐は言った。
「まず、おまえの実力を見るから。俺は少し下流に行くから、そこまで泳いでみろ」
「わかった……」
陽祐はクロールで軽く泳いで十五メートルほど離れて、美沙を振り返った。
「いいぞ」
「……うん」
美沙は思いきったように水に顔をつけ、ぎこちなく危なっかしいクロールを始めた。
腕はろくに水を掻いてないし、脚も意味なく水を撥ね上げているだけで、溺れているのと大差なく見えた。
息継ぎも失敗して水を飲んだらしく、陽祐のところまで来られずに、
「──けほっ!」
足をついて顔を上げ、咳き込んだ。
「……ごめんなさい」
「謝ることねーよ。そんなもんだと思ってたから」
陽祐は美沙のそばまで、顔を上げた平泳ぎで戻り、
「やっぱり、バタ足から始めるか。俺の手につかまって、身体を伸ばしてみろ」
「うん」
美沙は両手を陽祐に預けて、水の中で身体を伸ばした。
「お尻が沈んじゃうよ……」
「沈まないようにバタ足するんだけどな。足の甲からつま先まで伸ばして、脚全体で水をキックするんだ」
「足の甲とかで水を蹴るんじゃなくて?」
「太ももとか、すねまで含めた脚全体だ。膝は曲げずに伸ばして、かといって力が入りすぎてもダメだ」
「難しいよ、そんなの」
口をとがらせる美沙に、陽祐は笑って、
「最初のうちは、それっぽくできればいいよ。慣れればビート板で、すいすい進めるようになって楽しいぜ」
「そっか」
美沙は、にっこりした。
「お兄ちゃんにこうやって教えてもらえるだけでも、楽しいよ」
「楽しいも何も、始めたばかりだろ。ほら、膝が曲がってる」
「あ、ごめんなさい」
楽しそうに笑って、ぱしゃぱしゃ水を蹴っている美沙に、陽祐は苦笑するしかない。
結局、美沙は子供なのだと、陽祐は思った。
世界中の人間が消えて、二人きりで取り残されたせいもあるだろう。
幼稚園か小学生の頃そのままに、兄に甘えたがっているのだ。
高校一年生でこれでは、困りものだけど。
世界が元に戻ったら、本当に彼氏を見つけてほしいと思う。
できれば年上で、存分に甘えさせてくれる相手がいい。
──ぽつりと、頬に何かが当たった。
ぽつっ、ぽつっ……と、肩や背に続けて当たる。
「……雨か」
陽祐は空を見上げた。
太陽は出ているが、二人がいる川の上空だけ、暗い雲に覆われている。
「すぐにやむだろーけど、いっぺん上がるか」
「うん」
二人はパラソルの下に戻った。
陽祐はチェアに腰かけて、タオルで身体を拭いた。
美沙は自分のチェアを、陽祐のすぐ隣にずらして来た。
「えへへ」
子供っぽく笑うと、陽祐の腕に抱きつき、その肩を枕にして、頭をもたせかける。
「……おい」
あきれる陽祐に、美沙は笑顔のまま、
「いいでしょ、いまだけ」
「子供だな、ほんとにおまえ」
「子供だよ。本屋で中学生に間違われたって言ったでしょ」
中学生でもここまで兄貴に甘えるものだろうかと、陽祐には疑問だったけど。
「先に身体くらい拭けよ。冷えちまうぞ」
「だいじょぶ。いまは暑いくらい」
ぱらぱらと、雨はパラソルを叩いている。
仕方ない、しばらくそのままにさせてやるかと、陽祐は思った。




