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しっかりとシートベルトを締めた美沙を助手席に乗せて、陽祐は車を発進させた。
走り出してしまえば何も問題なかった。ほかの車も通行人もいないのだから。
エアコンはつけずに窓を全開にして走る。そのほうが気持ちいい。
行く手の信号が黄色に変わった。
「お兄ちゃん、信号」
「ンなもん無視」
「練習なんでしょ? 元の世界に戻ったときのために信号を守る習慣つけたほうがいいよ」
「ホンット、真面目だなあ、我が家のクラス委員長さんは」
陽祐がブレーキを踏みながら茶化すように言うと、美沙が唇をとがらせ、
「お兄ちゃんがいい加減なんだよ。ホンット、美沙がついてないとダメなんだから」
「おいおい、美沙がついてないとって……俺って、そんなに『困ったちゃん』かよ?」
苦笑いで陽祐が言うと、美沙は真面目くさった顔でうなずいて、
「だって、美沙が何も言わなければお兄ちゃん、自分でお掃除もお洗濯もしないでしょ?」
「まあ、する気になるわけねーわな」
「そのまま放っといて家の中がゴミとか汚れた服であふれてたら、ママが帰って来たとき気絶しちゃうよ?」
「それはサバイバル生活の結果だし、受け入れてもらうしかねーな」
「じゃあ、車の運転は? ほかの車がいないのに事故を起こしたら、お兄ちゃん一人の責任だもの」
美沙は、じっと陽祐の顔を見据えながら、
「パパは絶対、怒るはず。危ない運転するお兄ちゃんには、元の世界に戻っても免許とらせてくれないよ?」
「わかったわかった、俺が悪かった」
陽祐はハンドルから離した両手を軽く上げてみせた。降参のポーズだ。
信号が青になって、陽祐は再び車を出した。
「音楽でも聴くか」
カーステレオのスイッチを入れると、おそらく父親がセットしたままのジャズが流れだす。
「違う曲がよければ、そこ開けると入ってるから」
「これ?」
美沙は助手席の前のグローブボックスを開けて中を覗き、
「よくわかんないけど、タイトル見るとジャズばかりみたい」
「奥にオフクロのCDが入ってねーかな? ユーミンとかサザンあたりだけど」
「あった。替えるね」
美沙がCDを入れ替える。何年か前のヒット曲が流れ始めた。
曲にあわせて美沙が口ずさむのを聴いて、陽祐は感心して、
「……おまえ、意外と声いいんだな。一緒にカラオケとか行かないから気づかなかったけど」
「何それ、意外となんて言われても褒められてる気がしないよ」
美沙は苦笑いする。
「ママやパパとはカラオケするんだよ、日帰り温泉とかに行くと。お兄ちゃんは一緒に来てくれないけど」
「オヤジとオフクロのデュエットなんて、恥ずかしくて見てらんねーよ」
「でも、二人とも上手だよ。見てると美沙もデュエットしたくなるもん。今度お兄ちゃん、一緒に行こうよ」
「妹とデュエットしても嬉しくねーよ、色気のカケラもねーだろ」
「ひどーい、美沙はお兄ちゃんと歌いたいのに。デュエットに色気を求めるなんて発想がオヤジだよ」
「うるせー。それより、元の世界に戻ったら漫研のドラマCD、手伝ってやれ」
「え? あ、うん……」
きょとんとした様子の美沙に、陽祐は笑って、
「なに意外そうな顔してるんだよ? 声優目指してるおまえのデビュー作だろ、応援してやるよ」
「うん、ありがとう……。でも、お兄ちゃん……なんで美沙が漫研の人たちに誘われてること知ってるの?」
「……あ?」
陽祐は美沙の顔を、まじまじと見つめ……吹き出した。
どうやら自分でドラマCDの話をしたことを覚えていないらしい。そこまで酔っぱらっていたのか。




