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* * *
まったく、色気のねー話だな……
陽祐は文庫本を片手に脱衣場の床にあぐらをかきながら、ため息をついた。
曇りガラス一枚隔てた風呂場では、うら若き十六歳の娘がシャワー中である。
それが実の妹でなければ、少しは興奮していいシチュエーションだろう。
美沙がもう少しくだけた性格なら、ガラス戸をちょっと開けて「背中流そうか?」と声をかけるところだ。
しかし、美沙にそれをしたら、悲鳴を上げたあとに泣き出すか、本気で怒り出すかだろう。
かといって、戸を閉めたまま脱衣場から話しかけても、シャワーの水音で美沙には聞こえない。
だから陽祐は、黙って本を読んで待つしかないのである。
しばらく前に買ったけど、読む暇のなかった歴史小説だった。
これから毎晩、妹のシャワーの間に脱衣場で待たされるならば、しっかり読み終えることができそうだ。
シャワーの音が止まった。風呂場から美沙の声。
「お兄ちゃん、ありがと。もう出るから、廊下で待ってて」
「ああ」
やれやれと陽祐は立ち上がり、脱衣場から廊下に出て、ドアを閉めた。
逆に自分がシャワーを浴びている間、美沙は脱衣場で待つつもりだろうか。
勘弁してほしいけど、仕方ないのか。
理由もわからず消えた両親に続いて、兄まで消えるのではないかと不安なのだろう。
そのうちトイレまでついて来てほしいと言い出さなければいいけど。
* * *
予想した通り、陽祐がシャワーを浴びている間、パジャマ姿の美沙は脱衣場で待つと申し出た。
やむを得ず陽祐は承知した。
シャワーを終えて、脱衣場でTシャツと短パンに着替えていると、ドアの向こうの廊下から美沙が言った。
「ねえ、きょうは一階で一緒に寝ない?」
「いいけど」
夏場だし、枕とタオルケットだけ用意して居間でゴロ寝もいいだろう。
ところが美沙は、
「じゃあ、あとでママたちのベッドのシーツ替えるね」
「ちょっ……ちょっと待て、そりゃー……アレだろ」
「ママとパパのベッドで寝るの、嫌?」
「オフクロたちがどうのってんじゃなくて……」
ダブルベッドで妹と一緒に寝る気にはならんぞ、さすがに。
「一階なら和室で寝ようぜ、そのほうがいいだろ」
「でも、お布団しばらく干してないと思うよ。パパが大掃除のときにやるだけで」
「敷布団だけなら我慢できるだろ。枕とかは自分のを用意して」
「いいけど……」
納得してくれ。それで。
* * *
和室に布団を並べて、二人で横になった。
窓は開けて、網戸だけ閉めておいた。この世界では虫が入ってくることはないと思ったけど。
「二人で一緒の部屋で寝るのって、いつ以来?」
美沙がきいてきた。
陽祐は、天井を見上げたまま、
「さあ……」
「おじいちゃんの家に泊まるときは、お兄ちゃんはパパと二人で寝るし」
「うん」
「家族旅行はお兄ちゃん、嫌がるし」
「中学一年か二年のときから行ってねーな、そういえば」
「そうだよ。お兄ちゃんが留守番するとか言うから、美沙たちも日帰りになったりして」
「そりゃ悪かった」
「……ねえ」
指先に美沙の手が触れた。陽祐は妹の顔を見た。
窓から差し込む月明かりの中で、美沙は、じっと陽祐を見つめていた。
「子供だよね、美沙。お風呂場までついて来てとか言って、一人になるのが怖いなんて」
「俺だって怖いよ。その点は安心しろ」
陽祐は美沙の手を握ってやった。そんなことをするのも幼い頃以来だったけど。
美沙は安心したように微笑んだ。
「……おやすみ、お兄ちゃん」
「ああ、おやすみ……」
* * *
二人きりの世界での一日目が終わった。




