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表の戦い? その肆

 次の日。

「はぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!? なんだよそれ!?」

 朝のHRが始まる前の平穏なひととき。

 それを打ち砕くような怒声が教室中に響き渡った。

「まあまあ落ち着いて零次」

 キレかけている俺を、御堂がなんとかなだめる。

 しかしそんなものではおさまらない。俺の怒りはおさまらない。

 ちなみに、何故こんな事になっているのかというと、きっかけは御堂の一言だった。

「ねぇ零次、天文学部に入部してくれたってホント?」

 最初聞いた時は全く意味がわからなかった。何かの冗談だとさえ思った。

 だが話してるうちに、御堂の言ってることが嘘じゃないと気づき始める。それと同時に、俺は本当に自分が入部させられているということに気がついたというわけだ。

 そして今に至る。

「あぁ……くそっ、多分あいつのせいだ。一体何しやがった……」

 『あいつ』とはもちろん夕凪のことだ。

 おそらく、いや絶対に彼女の仕業に違いない。

 どうやら御堂は、俺が入部するという情報を夕凪から聞いたらしい。

 彼女が目的のためなら手段を選ばない性格というのは、よくわかっている。いつの間にか入部させるなんて荒技、彼女ぐらいにしか出来ないだろう。俺を入部させるためにボイスレコーダーまで使った女だ。動機も充分である。間違いなく夕凪が犯人だ。

 ここまでされて敬語を使う義理もない。次からはもうタメ口でいこう。あの女相手には強気で行くしかなさそうだ。

 そしていつか、俺よりももっと酷い目に合わせてやる。

「ククククク」

 ……次あった時、覚えてろよあのアマ。

「零次、なんか怖いよ」

 ……絶対に許さない。あいつだけは!

「今日も早いですねぇ、上倉くんに御堂くん」

「!?」

 邪悪オーラを全身から出していると、急に背後から話しかけられて、少し驚く。

 振り向くとそこにはスーツを着た初老の男性が立っていた。

「除村先生……」

 彼は俺達の担任であり、俺が昨日プリントを提出したのもこの先生だ。ちなみに担当科目は数学。

 物腰が柔らかい上に有能で、スーツが様になるような細身のため、一部の生徒からは『執事』とか呼ばれている。

 たしかにそんな感じの見た目やオーラが出ている。漫画とかに出てくる老執事を、そのまま具現化したかのような感じだ。

「やぁ、元気そうですねぇ」

「おはようございまーす」

「おはようございます、御堂くん」

 朗らかに、しかも丁寧に挨拶を返す除村先生。

 だが俺は少し違和感を感じていた。

「どうしたんですか、HRにはまだ早いですよ?」

 思い切って質問してみる。

 そう、俺と御堂はバスの関係で早めに登校せざるを得ない。そのためHRが始まる何分も前から学校にいるのだ。

 それは今回も同じで、登校からあまり時間がたっていない今、除村先生が教室に来るのは早すぎるのだ。

「ほっほっ、実はですねぇ。わたくし上倉くんに言いたいことがあって来たんですよ」

 ……だからってこの時間帯に来るってことは、俺の登校時間でも知ってんのかこの人?

 まあ俺、問題児だし把握されてても可笑しくはないか。

「そんで、何の用です?」

「それはですねぇ。昨日、君はわたくしにプリントを提出しましたよねぇ。夕凪さんの分と自分の分を」

「……しまし……たね」

 ……あれ?なんでかな、嫌な予感がしてきた。

 ……背筋が冷めてきたよ。

「実は夕凪さんの方の書類に、君の入部届が入ってたんですよ。何かの拍子に混ざったんでしょうねぇ。もちろん、ちゃんと受理しておきましたよ」

「へぇ、そうだったんですか。って零次!? 顔こわっ!?」

「……!!」

 ……あのクソアマ……まさかそんな手段を使ってくるなんてな。

 ……あの野郎! だがな、偽装はいつかバレるんだよ! それを見せてやる!

「あーでもその入部届って、印鑑押されてなかったですよね? 筆跡も俺のとはちょっと違ってませんでしたか?」

 ……これだ! さすがにここまでは偽装しきれないだろう。俺達はついこないだ出会ったばかり、そこまで手のこんだことは……

「いえ、印鑑は押されていましたし、筆跡もいつものあなたのモノでしたよ?」

 ……って、えええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!?

 一体、どんな魔法使ったんだあいつ。……有り得ねぇ。

「あの……零次、大丈夫?」

「だいじょばない。全然平気じゃない……」

 心が折れそうだった。

 ……夕凪、何者なんだよ一体、あの中二病なんなんだよ。ジェバンニかあいつは。

「おーい、上倉零次くんは居るかい?」

「……?」

 噂をすればなんとやら、夕凪が教室の外から俺を呼んでいた。

 ……何の用だあんちくしょう。そろそろ一言ぐらい文句言ってやらないと。

 俺はフラフラの足取りで、夕凪のところへと向かう。

「あ、ちょっと零次!」

 御堂が小走りで俺のそばまで来る。何用だろう。

 距離が近づくなり御堂は俺の耳元に口を寄せ、静かに囁いた。

「 」

 その言葉を聞いた途端、俺の身体に生気が戻る。

 ……いいことを聞いた。

「御堂、グッジョブ!」

 俺は親指を立て、御堂に感謝の意を伝える。

 そして元気になった勢いそのままに、夕凪の元へと歩いていくのであった。


 夕凪は俺が来ると、まず『場所を移動しよう』と言い出した。

 断る必要もないのでついていくと、教室から少し歩いた先にある階段の踊り場にたどり着いた。

 補足しておくと、この階段はよくある『あまり使われない階段』というヤツで、人は滅多に通らない。

「で、こんなところに呼び出して何の用だよ?」

「いきなり随分な物言いだね。とりあえず感謝の言葉でも伝えておくよ、入部ありがとう」

「うわぁいきなりなんだこいつ」

 ……皮肉だ。完全なる皮肉だ。うっぜぇ。

「お前が勝手にそうしたんだろ」

「うん、まあ、そうなんだけどね」

「否定しないのかよ……」

「御堂くんや除村先生と話してたってことは、もう証拠は上がってるってことだろう。なら隠す必要もないさ」

 勝手に入部させた挙げ句開き直りやがった。最低だこの人。

「つか……筆跡はまあいいとして、印鑑とかどうやって偽装したんだよ……」

 来る前は文句でも言おうと思ってたが、無駄だということに気がついた。

 おそらくこの人には何を言っても無駄だろう無駄無駄。軽くかわされて終わりなのがオチだ。

 ならいっそ気になることでも聞いといた方が、まだいいはずだ。

 実際、印鑑の件についてはかなり気になっている。どんな手段を使ったのだろう。

「ふふふ……そこに目をつけるとはやるねぇ、上倉零次くん。褒めてあげよう」

「全然嬉しくねぇ」

「はいはい」

 ……ぐっ、この流されてる感じがむちゃくちゃ腹立つ。

 けれどもそんな怒りも彼女には通用しない。

 夕凪は苛立つ俺を尻目に、スカートのポケットから何かを出した。

「消し……ゴム?」

「そうただの消しゴム」

 彼女が言う通り、それはただの消しゴムだった。何の変哲もない消しゴム。

「これが何だって……」

「じゃーん!」

 夕凪はいきなり消しゴムのカバーを外す、すると消しゴムの腹に何か赤いものがついてることに気がつく。

「まさか……!?」

 ……いや、たしかに消しゴムで判子作るヤツとか居るけど……そんな馬鹿な!? ちゃんとした印鑑だぞ、複雑なんだぞ!? 素人がそんな簡単に再現出来るもんじゃ……

「ここ見て、印鑑みたいになってるだろう? 彫った」

「すげえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!? けど最低だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 気持ち悪いぐらい精巧なレプリカだった。

 いつ見られたんだろう俺の印鑑。

 ……というかいつから考えられていたんだこの計画!? こわっ!

「ちなみに消しゴムにした理由はね。こうするためだよ」

 言うなり、消しゴムの印鑑部分を爪でえぐり取りやがった。

 ……証拠隠滅かよ、なんて勿体無いことを。

「この程度、いくらでも作れるしね」

「お前は何故その技術を人のために使えない!?」

「何を言ってるんだい? 私も人だから『人のための技術』には違いないよ」

「……はぁ」

 ……なんかもうどうでもいいや。話すだけ疲れる。時間の無駄だ。

「んで、そろそろ呼び出しの理由が聞きたいんだけども」

「ああ、そうだったね。君に、御堂くんすら知らない我が部の『真の姿』を教えておこうと思ってね」

「真の姿?」

「ああ、おかしいとは思わなかったのかい? あんなの天文学部じゃないと、不思議に思わなかったのかい?」

「突っ込んだよね!? 俺、ちゃんと突っ込んだよね!?」

 たしか御堂相手に突っ込んだはず。

 ……やっぱりただの天文学部じゃなかったんだ。

「じゃあ何なんだよあの部活……」

 俺が呆れ気味に問うと、夕凪はフフンと得意げに鼻を鳴らし、両腕を広げて演説するかのように語り出した。

「天文学部とは世を忍ぶ仮の姿……真の名は奇人観察部! 天体観測ではなく、変態観測をする部活なのさ……」

 ……どこから突っ込んでいいかわかんねぇ。もういいや突っ込まなくて、何で朝からこんな思いをしなきゃなんねーんだ。

「んで、もしかしてこれを伝えるためだけに呼んだとか言わないよな……?」

「言うよ、そりゃ。他に用事がないもの」

 ……こいつ! やっぱり一言ぐらいは何か言っとかないと駄目だな。

 ここは、さっき御堂に教えて貰ったことが役に立ちそうだ。

 この女には、今少しぐらい反撃しとかないと後々困りそうな気がする。

 俺は静かに眼を閉じ、教室を出る時に聞いた御堂の言葉を反芻する。

『さすがに今回の強制入部は酷すぎるからね。反撃の材料をあげるよ』

『夕凪さんはね、実は下の名前で呼ばれるのが凄く嫌いなんだ。何故だかね』

 ……ありがとな御堂。お前のお陰でギャフンと言わせられそうだぜ。

「さぁて、では私は教室に戻るよ。これでも優等生なんだ。君もそろそろ時間じゃないのかい?」

「そうだな、ひらりん」

「!?」

 『夕凪ひらり』これが彼女のフルネームだ。

 以前、御堂が『擬音みたいで可愛い名前ですね』と言ったら、顔を赤くして暴れ回ったらしい。

 ……自分の名前が恥ずかしいとかどんな弱点だよ。

「そっ、それを……ど、どこっ、どこで……!?」

 いつの間にか夕凪の顔は真っ赤になってた。異常なほど動揺している。

 これは名前に相当コンプレックスとかトラウマがあると見た。

 そこを責めるのは少々酷い気もするが、今回はどう考えても向こうのが酷い。これでおあいこだ。

「そのキャラで『ひらり』か。いやぁ、擬音みたいで実にカ・ワ・イ・イ名前だなぁ……ひらりん♪」

「……」

 ……あ、すげぇ頭から湯気でそうなぐらい興奮してらっしゃる。どんだけその名前恥ずかしがってんだよ。そんなに嫌なネーミングじゃないだろ。

 だが俺自身心底呆れつつも、どうしても面白いと思ってしまう。

「どうした? 教室行かねえのひらりん♪ ねーどうして固まってんの?」

 我ながらノリノリだ。相当溜まってたんだろうな……すっごいスカッとする。

 これを傍から見れば、俺はただの嫌な奴に見えるだろう。しかしここに来る過程で相当溜まっていたのだ。ここで発散させずしていつ発散すればいいのか。そんな想いを込め、俺の言葉は鋭さを増していく。

「なー早く戻ろうぜ? ひ・ら・り・ん♪」

「そ……」

「ん?」

「そのっ、名前で……」

 夕凪が拳を振り上げている。恐ろしく殺意のこもった拳だ。食らわなくてもわかる。

 ……あれはヤバい。なんかヤバい。

「私を……!」

「ちょっ、待て待てタンマタンマ。今のナシナシナシ!」

「呼ぶなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!!!」

 夕凪の拳が俺の顔面に直撃した。

 その瞬間、周囲の風景が消し飛んだような気がした。

 一瞬死んだのかな、とさえ思った。

 気づけば俺は踊り場の端から端まで飛ばされ、壁に頭を思い切りぶつけていた。

「がぁ……はっ……!!!!」

「はぁっ、はぁっ、はぁっ! ……ってゴメン、上倉くん! 大丈夫かい!? やりすぎた! ねぇ、大丈夫!? ねぇってば!」

 こうして、夕凪の声を聞きながら、俺の意識は闇に堕ちていった。

 この状態で意識を保てる程、俺の身体は強くできていなかったようだ。


 てなわけで、俺は夕凪の顔を真っ赤にした罰として、自分の顔も真っ赤になってしまったのであった。

 俺の方はもちろん、血で。

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