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表の戦い? その参

「あの……質問の意味がよくわからないのですが……」

 思わず真顔になってしまった。

 だがこんな素っ頓狂な質問をされて、むしろ冷静でいられる方がおかしい。

 しかも向こうも真顔で言うものだから、冗談とも取れないのだ。

 ……せめて聞き間違いであって欲しいが。

「どういう意味って、そのままの意味だよ。おっと、言い方がわかりにくかったかな? もしそうなら『心の眼』と置き換えてもいい」

 ……ハイ、聞き間違いじゃなかったー! なに? え? 何言ってんのこの人!?

 こっちが顔をひきつらせていると、夕凪さんはゆっくりと自らの前髪を指差す。

「私の左目、前髪で隠れているだろう?」

「はぁ……それが何か?」

「あえてそうしているんだよ」

「……何でですか?」

 いつの間にか敬語が染み付いてしまった。完全に勢いに呑まれてしまっている。

 これは不味い。

「私が左目を隠している理由はね、上倉くん。私の左目はどうやら『この世ならざるモノ』が見えるらしいんだ……」

「さ、さいですか……」

 ……駄目だ! この人電波だ! 電波すぎる! どうしよう!?

「ふむ……動揺してるようだね。君なら信じてくれると思ったのだが……」

 ………だから人の心読まないで! こんな話信じられるわけがないじゃないか! こんな非現実的な……非……現実的な……


 ふと、俺の脳裏に浮かぶ『カミクズ』との戦いの記憶。非、現実的な戦いの記憶。


 ……そうだ。俺も人のこと言ってられねぇ。こっちも充分非現実的じゃねぇか!

 でもだからと言って、夕凪さんの言葉を信じるのはまだ早い。今の所は彼女の自己申告でしかないのだから。

 本当に非日常側の人間であるのかを判断するには、まだ材料が足りなすぎる。

「そういえば君、入学式の時に何かと戦っていたね」

「!?」

 ……しっかり見られとる。本物だ。この人本物だ。

 ……一体何者なんだこの人。

 しかし、カミクズ狩りのことはあまり知られたくない。たとえ相手が非日常側の人間だったとしてもだ。

 ここはシラを切るしかなさそうだ。

「し、ししししし知らないですよ……そ、そそんなの……一体ねんの話かわかりませ……」

「致命的に嘘が下手だね、君は」

 ……馬鹿な! 何故バレた!?

 どうやら相手には高い洞察力もあるらしい。

 こちらも負けていられない。

「そ、そんな事言われたって俺は何も……」

「じゃあ君はあの時、一体何をしていたんだい?」

「……うっ」

「言えないみたいだね。そうかい。君はいつもこの件について話すのを拒むらしいね」

「……ぐっ」

「何か言えない理由でもあるのかい? 例えば、一般人には知られたくないこととか」

「……ぐふっ」

「いざ実際に会ってみて確信したよ。君は理由も無しに、あんな奇行をとる人間とは思えない」

「……がはっ!」

「どうしたんだい? 少々動揺しているように見えるよ。図星だった?」

 ……ハイそうです図星ですゴメンナサイ。なんて言えるわけもなく、俺は何も言うことができなかった。もう何も言い返す言葉がない。

 仮にあったとしてもすぐに反論されてしまうだろう。

……負けた。口論には少し自信があったのに、完全……敗北だ。

「黙っていては何もわからないよ。そろそろそっちの意見も聞いておきたいのだけれども?」

「……わーった……わーった……俺の負けですわ……」

 いっそ開き直ってみる。

 その際、気が抜けたせいなのか、自然に言葉遣いも砕ける。

 ここまで論破されては仕方がない。隠していても仕方ないだろう。

 まあ、なんだかんだ言って一人ぐらいにバレても問題ない。

「そーっすよ。俺は入学式の日、化け物と戦ってた。これで満足すか?」

 言いつつ、ふと夕凪さんの顔を見る。

 彼女は何故かニンマリ満面の笑みで、左手に小さな長方形の物体を持っていた。何かの機械のように見えるが、どういう物なのだろうかアレは。

「ああ、そうか。君にはあまり馴染みのない品だったねコレは。いやスマナイ。見てわかる物じゃなかったねぇ」

 無駄に大仰な態度で話し始める夕凪さん。

 妙に芝居がかった口調が何故か不安を煽る。

「別に……いいけど、なんすかソレ……?」

「……ボイスレコーダーって知ってる?」

 夕凪さんは天使のような笑みで、俺の質問に答えた。

「!? まさかっ!」

 油断した。

 もう少し警戒しておくべきだった。

 恐らく話の流れから察するに、今までの会話は全て録音済みだろう。

 もちろん入学式のくだりも全て、だ。もしバラされでもしたら大変だ。

 これは噂とかと違って、紛れもないこの俺が言った真実だ。今まで以上に波乱が巻き起こるだろう。それだけは避けなくては。

「ああ、大丈夫大丈夫……ああは言ったけれど、別にこれはボイスレコーダーじゃないよ」

「そうなんすか……?」

「ICレコーダーだ」

 ……変わんねええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?

「ま。こんな玩具の話はいいとして」

 ごく自然な流れでICレコーダーをポケットにしまう夕凪さん。

 ……アンタ悪魔だよ。

 このまま行くと秘密を餌に強請られそうな予感がする。

 ……しまった。

「あ、安心していいよ。別にコレを餌に君を強請ったりはしない」

 また心を読まれた。

 ……なにこいつエスパー?

 それにしても脅したりする気がないのは意外だ。なら録音をした目的は何なのだろうか。

 そういうつもりがないのなら、そのあたりの意味も変わってくるわけだが。

「あーそれにしても部員ほしー! 誰か入ってくれないかなー。早く誰かが入部してくれないとこのICレコーダーが誤作動しちゃいそーだなぁ!」

 ……心の中だけど前言撤回、やっぱり強請る気満々だよこの人ォォォォォォォォォォォォォォ!!!!

 ようするに訳すと『入部してくれないとバラしちゃうぞ! でも私は別に強要してないし強請ってもいない』というわけだ。なんと陰湿な。

 ……くっ、ここは従うしかないのか!? ちくしょう!

 けれども正直、こんな人が居る部活には入りたくないというのが俺の正直な気持ちだった。

「あーあー。早く『誰か』入部しないかなー。じゃないと誰かさんが入学式に棒人間と戦ってたことバラしちゃいそー!」

 ……随分露骨だなオイ! あーもう夕凪さんの気が変わる前にさっさと入部……って、あれ?

「夕凪さん、今なんて?」

「え? 『バラしちゃいそー!』だけど」

「いやそのちょっと前」

「んー? 『ちなみに夕凪は名字だよ、上倉零次くん』のあたり?」

「戻りすぎ」

「えー。『じゃないと誰かさんが入学式に棒人間と戦って……』」

「そう、それ!」

 これは明らかにおかしい。俺……というかポチが戦った相手は眼球のような姿をした化け物だった。決して棒人間などではない。

 となると他も怪しくなってくる。

「夕凪さん!!」

「な、なんだい突然……」

「その棒人間はどんな武器を使ってた?」

「あんまりよく見えなかったけど、ミサイル……でしょ?」

 キョトンとした顔で答えられるが、勿論間違っている。

 あの化け物は自らの腕(?)を枝分かれさせて、そのまま伸ばして攻撃してきた。ミサイルの要素など何処にもない。

「そういえば君、変身して戦ってたよね。ヒーローモノみたいでカッコ良かったよ」

 俺の怪訝そうな表情に気がついたのか、夕凪さんが露骨に話題を逸らそうとしてくる。だが勿論これも事実と違う。

 俺は変身して戦ったことなどない。変わるのは人格だけだ。強いて言うなら、トドメの時にちょっと変身要素があったかな?ってぐらいだ。

「あ、あと最後の方で一瞬姿が消えてたよね。あれは一体どうやったんだい?」

 違う。

 そんな超魔術みたいな芸当、俺にはとても出来ない。

 これで確信した。

 夕凪さんは俺の戦いなど見ていない。彼女が言ってるのは全て妄想だ!

 しかし普通は妄想と現実をごっちゃにしたりはしない。

 だから。

 ……恐らく彼女は中二病だ。

 ※中二病には様々な意味があるが、ここで言う『中二病』の意味はただ一つ。

 漫画やアニメ・ゲームなどの非現実と現実をごっちゃにし、自分を特別視してしまう心の病のことだ。

 もちろん思春期に通る道であるため、あまり深刻な問題ではないが、正直、イタい。

「俺、帰ります」

「ちょ、ちょっと!」

 そうとわかればもう付き合ってられない。

 御堂には悪いが先に帰らせてもらおう。

「いいのかい? このICレコーダーが……」

「いいですよ」

 今気づいたのだが、こんなの非現実すぎて誰も信じないだろう。

 悪戯かヤラセと思われるのがオチだ。

 なら何も恐れることはない。

「つっ、御堂くんは待たなくても……」

「悪い、って伝えておいて下さい。忘れてたけど俺、出さなきゃいけないプリントあるんで」

 とっさに思い出した事実を吐き出し、俺はスタスタと出口に歩いていく。

 昼間貰ってきたプリント、書いたけどまだ出してなかったのだ。

「プリント? あ、じゃあちょっと待ってくれないかい?」

「……なんですか?」

「そんな恐い顔しなくても、もう引き止めたりはしないよ。そのプリント誰に出すの?」

 ……? 何故そんな事を聞くのだろう。

 まあこれぐらいなら答えても平気だろう。

除村よけむら先生だけど……」

「あ、ちょうど良かったよ。じゃあついでに私の書類も出して来てくれないか?」

 そう言って、机から茶色い封筒を取り出し手渡してきたので、とりあえず受け取っておく。

「別に……持ってくのはいいですけど、なんの書類ですか?」

 封筒はずっしり重かった。中身が相当入ってることが伺える。

「ん、ちょっとね。なんなら見てみるかい?」

「やめときます」

 そんな難しそうな書類を見たら、すぐにでも眠ってしまいそうだ。

「じゃ、頼んだよ」

「あーハイ、それでは」

「また来てねー!」

 ……御堂には悪いけど、二度と来るか!

 そんな後味の悪い想いだけを残し、俺は旧音楽室…もとい天文学部の部室を後にした。

 しかしその時、またまた俺は気づいていなかった。

 ……危機が去ったと安堵する俺の背中で、夕凪さんがひっそりと笑っていたことに。

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