表の戦い? その弐
その日の放課後。
学校内。俺は御堂に連れられ三階の廊下を歩いていた。
御堂曰わく、連れていきたい場所があるらしい。
「で、どこに行くつもりなんだよ?」
「まあまあ、あとちょっとだから……」
「お前さっきからそればっかだな」
俺が何度行き先を聞いても御堂は答えてくれない。今みたいに適当にぼかすばかりだ。
何度も何度も同じように返されると、いい加減こっちもうんざりしてくる。
「なあ。まだつかねぇのか?」
「もうスグそこだよ。ほらここの曲がり角を曲がると……」
御堂についていく形で廊下を曲がる。
その先にいくつかドアは見えているが、そのうちのどこかが御堂の言う目的地なのだろうか。
「ほら、あそこ」
案の定、御堂が教室の一つを指差す。
そこに書かれていた文字は……
「音楽室……? ってしかもここ『旧音楽室』じゃねぇか!」
俺達の通う高校には音楽室が二つある。
いや、正確には一つだ。何故ならば、そのうち片方はもう使われていないからだ。
そのため実質音楽室として機能しているのは『新しい方の音楽室』だけなのだ。
その使われていない方の音楽室が、今俺の目の前にある『旧音楽室』だ。
「ここに何があるっていうんだよ…」
『旧音楽室』はもう空き教室であり、特にめぼしい物もないはずだ。
すると御堂はあからさまに肩をすくめ、ニコリと笑みをこぼす。
「あれ? 零次は知らないの? ここは今では、とある部活の部室として使われているんだよ」
「え?」
ちょっと驚きで動きを止めていると、御堂がドアに手をかけ勢いよく開けた。
「ようこそ、天文学部へ!」
「!?」
……お前天文学部だったんだ。
それはさておき俺の目の前に『旧音楽室』の光景が広がる。
その内部は……そう、一言で表すなら……
「えらく……殺風景だな」
最早説明するまでもない。
楽器などが全て取り払われた古い音楽室には、これといって物がない。無駄にだだっ広いだけで、いっそ虚しささえも感じてしまう。
そんな中にぽつんと一つ、机と椅子が置いてある。
しかも誰か座ってる。ここからじゃ距離があってよく見えないが、おそらく部の関係者だろう。
……だが今はそんなことどうでもいい。
「なあ御堂?」
「なあに零次?」
「どこが……天文学部なんだ?」
俺の知ってる天文学部はもっと望遠鏡的な物とか、星座表的なものとか、そういう物が置いてあるはずだ。
しかし何だこの殺風景な教室は。
……何ここ俺の知ってる天文学部と違う。
「どこがって……ああ、この教室の窓からはね。すごく綺麗な星空が見えるんだ」
「なるほど……その時に望遠鏡とかもってきて眺めるわけね」
「え? 持ってないよそんな高いもの」
「え? じゃあ星座とか……は……」
「知らないし、興味ないよそんなもの」
「じゃあ何で天文学部なんだ……?」
「窓から綺麗な星が見えるから」
「それだけ?」
「それだけ」
……深入りするのはやめておこう。なんかめんどくさそうだ。
ここにも何かしらの事情があるのだろう。きっと。多分。
「おいおい君たち、私を無視して話を進めないでくれないか?」
ふいに、教室の奥の方から声が聞こえてきた。
声がした方を向くと、机と椅子、そしてそこに座る人影が見えた。
ああ、そういえば誰か居たね。忘れてた。
「あ、すいませーん」
御堂が謝りつつ教室の中央へ向かって歩いていく。
なんとなく俺もついていく。
近づくにつれ、椅子に座る人物の姿がわかってくる。制服からしてウチの高校の女子のようだ。いや、まあここで部外者とかいても反応に困るけれども。
ある程度近くに来たあたりで、御堂が説明を始める。
「紹介が遅れたね。この人は夕凪さん。この天文学部の部長だよ」
近くで見たその人は、とても綺麗な姿をしていた。
黒髪のショートカットなのだが、前髪だけは片目を隠せるほどに長い。そして猫のような大きなつり目、それと何を考えているのかよくわからない含みのある表情。また身体つきは服の上からわかるほどに華奢で、左腕の袖からかすかに包帯が見えている。怪我でもしているのだろうか。そのあたりの事情はわからないが、それも彼女自身の持つどこか儚げな印象を強めていた。
正直どストライクの容姿だった。
「はじめましてだね、上倉零次くん。私は夕凪。仲良くしてくれると嬉しいかな」
「あ……ども。はじめまして……」
……やばい。相手が美人だと緊張してしまう!
それにしても『夕凪』とは変わった名前だ。いや、名字かもしれない。いっそ名前と名字で一字ずつ……はないか。しかし名前か名字かすらも判別できないのは初めてだ。
「ちなみに夕凪は名字だよ、上倉零次くん」
「あ……そうなんすか……」
……心を読まれた。この人何者!?
まあ冗談はさておき、自己紹介は終わったわけだから、そろそろ御堂に聞いておくべきことがある。
「それで御堂、なんで俺をここまで連れてきたんだ?」
まだ俺は目的を聞いていない。
御堂のことだから悪巧みとかでは無さそうだが、このままでは気になって、おちおち鼻の下も伸ばしてられない。
「あ、そろそろ話してもいいね。実はここ、僕が所属してる部活なんだ」
「そうだろうな」
むしろこれで違うとか言われても反応に困る。
「大した用じゃないんだけどさ。この部は面白い人が多いから、零次にも会わせておきたいと思って……」
「そ、そうだったのか……」
もしかして御堂のヤツ、俺がクラスで孤立してるのを気にして、こうやって新たな友人作りの場を用意してくれてるんじゃないだろうか。あくまで推測ではあるが、教室で交わした会話から察するに、その可能性は高そうだ。少し情けなくなるけど、こういう心遣いは素直に嬉しい。
「……ありがとな」
「え、何が?」
「何でもねーよ。でも、あれ?」
「どうしたの?」
「お前……なんでここに来るまで目的地言わなかったんだよ?」
ビックリさせるため?
いや確かに驚いたところもあったけど、そんな感じでは無さそうだ。
……なんとなく。百%勘だが。
そして案の定、御堂が含み笑いと共に口を開く。これは間違いなく何かありそうだ。
「えっとねー、それは……」
「御堂くん!」
「え?」
急に夕凪さんが机をバンと叩き、声を上げた。
……ちょっとビビるわ。
それにしてもこの割り込み方、少し不自然な気がする。
……強引すぎるというか、なんというか。
「どうしたの夕凪さん?」
「御堂くん。たしか君は今日、新聞紙をとってくる約束だったよねぇ」
「あ、忘れてた……あれ急ぐよね……」
「もちろんだよ」
「ごめんなさい、じゃあちょっと行ってきます! あ、零次はそこで待ってて。ごめんねー!」
御堂はそう言うなり、さっさと旧音楽室から出ていってしまった。
別にその行為自体はいい。きっと何かに使う新聞紙を取ってくる約束を、あいつが忘れてただけだろう。
でもぶっちゃけ今そんなことはどうでもいい。今、一番の問題は……
「………」
「………」
気まずい。非常に気まずい。
相手の見た目が多少好みだからって、あまり意味はない。
俺は積極的な方ではないため、こんな初対面同然の相手と同じ空間にいるのが辛いのだ。辛くて辛くて仕方がない。
「なあ……上倉くん」
「はいぃ!?」
急に話しかけられて動揺してしまった。声が超上擦った。恥ずかしい。
そういえばこの人は何故俺の名前を把握しているのだろう。
まぁおおかた御堂にでも聞いたのだろう。気にすることでもないか。
「君に一つ質問があるのだけれど、いいかな?」
「……なんすか?」
謎の緊張が俺を包む。
……なんでこんなに初対面に弱いんだ俺。
けれどもこの緊張感の理由は別にもありそうな気がする。
例えば夕凪さんの雰囲気。何故かさっきから異様な圧迫感を感じる。プレッシャーをかけられているような気分だ。
果たしてどんな質問をされるのか、俺は不安で息を呑む。
そうしてるうちに、夕凪さんはゆっくりと口を開いた。
「君は『第三の眼』の存在を信じるかい?」
「……は?」




