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表と裏の入学式 その肆

 激しい頭痛に苛まれ『私』は眼を開く。

 周囲を見回す。

 どうやらここは以前零次が言っていた『タイイクカン』という場所のようだ。

 辺り一面には椅子に座った人間達がいる。これは零次から教わったから知っている。『生徒』という種族だろう。

【ほお、同族かな?】

 突然妙な声が頭に響く。不快だ。

 視線を上げると、校長とやらが話している横に、妙な怪物がいた。

 目玉に血管のような手足が生えた異形。間違いなく『カミクズ』だ。

【だんまりかね、我は貴様に話かけているのだよ】

 目玉がぎょろりとこちらを視る。不快ながらも眼があってしまった。

 どうやらあのカミクズが私に、テレパシーか何かで話かけているようだ。

「すまなかったな。生憎私はお前に声を届ける手段を持っていないんだ。ここからでも聞こえるか?」

【嗚呼、勿論だとも。それで貴様は我と同族なのかね? 貴様からは何か懐かしい匂いがするのだが】

 どうやら意思疎通は可能なようだ。良かった。

 まずは話し合いができる。

「ねぇ、零次。一体誰と話してるの?」

 背後で『生徒族』の男がやかましく話しかけてくるが、私は気にしない。

 周囲の人間の情報を全て遮断し、カミクズとのやり取りに集中する。

「いいや、私はお前等とは違う存在だ」

【そうであったか。少し残念だ】

「ところで、お前は何故こんな場所に現れたんだ?」

【知れたこと。ここには沢山の餓鬼がいる。喰らえば大層腹一杯になるだろう。実は恥ずかしながらここ数日何も口にしていなくてね。お腹が減って仕方がないのだよ】

 前言撤回。まあ、正確には口に出してはいないが。

 とにかく、こいつは話が通じる奴では無かったようだ。

 欲望のままに人を喰らう化け物はどうあっても、私が狩らなくてはいけない。

「そうか。すまない、お前如きと会話した私が馬鹿だった。許せ」

【は…?】

 恐らく、この目玉に瞼がついていたとしたら、眼を見開いていた事だろう。

【よく聞こえなかったのだが、今、我に、なんと言ったのだ?】

 テレパシーとはいえ声に怒気がこもっているのがよくわかる。わかりやすすぎる。なんという単細胞。

「悪いが、一度で聞き取れないような耳の悪い奴に繰り返し説明してやる程、私はお人好しではないんだ。……おっと、すまない。お前には耳すらなかったな」

【……わざわざ聞き返してすまなかった。取り消すよ。だからその薄汚い口を閉じろ!】

 目玉お化けは何故か充血していた。

 あ、そうか、こいつは眼が頭のようなもの。ようするに頭に血がのぼってる状態なのか。面白い。

「お前こそさっきから耳障りだ。だいたい……お前のような下等な化け物が、私を同類扱いしてるのが気に食わないんだよ」

【口を開いたな、我は忠告したぞ……いいのか、殺すぞ……】

「言う前にさっさとやれ小心者。目玉のくせに口だけなのか?」

【っ、この、×××野郎が……!!!】

「おいおい最初の余裕ぶった口調はどうした? 全く安いキャラだなお前も。創造主の器が知れる」

【殺スっ!!!!】

 目玉野郎は人間でいう腕の部分を伸ばし、枝分かれさせ、触手のようにして私に向かわせた。

 壇上から大量の触手型血管が私に殺到する。どうやらピンポイントで私だけを狙った攻撃のようだ。斜め上から、全ての血管が私に向かってくる。

 しかも、よほど怒っているのか凄いスピードだ。

「だが拍子抜けもいい所だ」

 私は左手を開き、上に振り上げた。

 それだけで私の『能力』は発動する。空間に、不可視の刃をつくり出すという能力が。

【な、何ィ!?】

 当然のように血管型触手は細切れにされ、虚しく地面に零れ落ちた。私の前に居る生徒の上にもパラパラと零れ落ちたが、どうせ一般人にはカミクズのことなど見えない。せいぜいなんか気持ち悪い感触があったと感じるぐらいだろう。つまりなんら問題はないわけだ。

【痛ッ! な、なんだその力は!!? カマイタチか!!?】

「はぁ、そういう理解でいいと思うぞ。どうせ全部説明したところで、お前には理解できないしな」

 言いつつ、第二陣の触手も切り刻む。

 そうした後、ゆっくりと立ち上がる。周囲の怪訝そうな視線が不快だが、まあこの際気にしないのが得策だろう。

【な、我の攻撃が…全て…】

「どうした? 喰らうまでもないぞ、こんな異物モノ

 言うと同時に、腕を振るう。そうすることにより能力が発動し、私の前に並んでいる椅子の近くに空間を歪めて作った不可視の刃が形成される。もちろん人間には当たらない位置だ。

 それを確認し、軽くしゃがみ、跳ねる。

 そして、刃の上へと飛び乗る。椅子に座っていた人間が驚いて振り向くが、私は気にしない。またそこで踏ん張り、腕を振り、さらに前の椅子付近に刃を形成させ、そっちに飛び移る。これを延々繰り返して前へと進んで行く。どうやら生徒達は突然椅子に飛び乗られたと思い、避けたり文句を言ってきたり掴みかかってきたりしてきたが、私は問題なく避けながら進む。

【なんだ、何をしている!?】

「移動だよ。残念なことに私の能力ちからは射程が短くてね。近づかないとお前を殺せないんだよ」

【!?】

 こんなに椅子があるのでは普通に移動するのは難しい。

 だから上を通ることにした。

 少し不安定な足場ではあるが、この程度でバランスを崩すような無能と私は違う。

 むしろきちんと踏ん張りを入れて跳ぶことができるため、跳躍距離も申し分ないと言っていいだろう。

 難点があるとしたら、背後や前の人間が少し五月蠅いことぐらいか。

【く、来るな……! 来るんじゃない!!】

 ゴミが、懲りずにまた腕を伸ばして攻撃してくる。どう考えても無駄だ。

 だが奴は奴なりに考えたらしい、私を取り囲むように触手を動かしている。

 直接攻撃よりも拘束する方に重点を置いたのだろう。いい判断だ。

「しかし無意味だ」

 私は右腕を振るい、取り囲もうとしている触手の根元を切ってやった。こうしてしまえばどう展開しても無駄だ。

【う、うわああああああああ!】

 テレパシーで叫ぶとは器用な奴だ。

 残った触手を全て戻し、逃げの姿勢に入る目玉。

 だが奴は一つ間違いを犯している。

「そこは既に私の射程圏内だ!」

 最前列の椅子付近から壇上に跳び移りながら、私は右腕を思いっ切り振り抜き、空間を引き裂く爪状の刃を発生させる。

 当然ターゲットは目玉野郎だ。

 如何なるモノであろうと切断可能な刃を、今奴の居る座標に発生させてやる。ターゲット、ロックオン。

【ちょっ…ま…】

「死ね」

 直撃。次々とつくり出される刃は眼球に生傷を刻んでいく。

【ぎャアアあアアあァァ!! イタッ痛いっ…痛ィィ…ああぁあぁ…っ…!】

 目玉に薄く線が引かれたと思えば、次の瞬間にはそこから血が吹き出す。

 背後から伸びる血管のような胴体も同様に、細切れにされ血が弾け飛ぶ。

 それが何度も何十回と繰り返され、その数だけボロボロになっていく目玉。

 たった一撃なのにも関わらず徹底的な蹂躙。

 その一方的な光景が終わりを告げる頃、ストンと壇上に着地する。視界の端に、校長とやらが逃げ出すところが見えたが私は無視する。

 近くで見た化け物は既に赤く染まっていた。

【っ……せ…】

 白く艶のあった目玉のような頭は傷だらけになり、赤い中身がちらちら見え隠れしている。

 血管のような胴体は最早面影すらなく、ただ巨大な眼球が床に落ちているような感じになっている。

 そして紅。この目玉自体を覆い尽くすほどの紅。血の色。

 床にも垂れ流れしたたっている。汚い。不快だ。

 こんな生ゴミが落ちていては世界のためにならない。さっさととどめを刺すことにする。

【………こ、ろ…セ…】

「うん、そこまで言うなら仕方が無いな。望み通りさっさと死ぬがいい」

 ここまで来たら、後は私のもう一つの能力である『捕食』を使えば戦いが終わる。この能力は、その場から動けなくなる代わりに、相手を一撃で捕食することが出来るという一撃必殺の力だ。私の基本戦法は、刃の能力で相手を弱らせた後、これでトドメを刺すといったものだ。

「覚悟を決めろ。捕食される側に立つ、弱者の覚悟をな」

 両腕を広げる。

 左右全開まで。

 指は適度に折り曲げ、手のひらは前を向くように。

「―――『カミクズ』確認。参から伍までの封印解除を許可する。魔界封印解除。ゲート、解放」

 私の胸の前に小さな渦が生まれる。それは黒く、空間に開いた穴のようにも見える。

 まるで小さなブラックホールのようだ。

「―――捕食補助作動。我が存在は魔、我が定義は牙。捕食封印解除。魔界の牙、展開」

 私の両手の指から爪のような黒い刃が伸びる。それもかなり長く、私、というか零次の腕よりも大きかった。

 それは確かに爪のようにも見えるが、実際はそうではない。

 これはカミクズを咀嚼するための牙なのだから。

「―――魔界の顎、現時点で30%解放済。召喚封印解除。顕現率上昇……40、70、90%突破……よく見ておけ。これが私の真の姿だ! 100%解放! 出でよ総てを喰らいし漆黒!!!!」

 私の身体がどんどん暗く、黒く染まっていく。というより黒い霧のような何かに包まれていく。

「―――汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ……さあ出てこい! 冥獄門イビルファング!!!」

 瞬間、黒い霧は炎と化す。私の身体が燃え上がる。黒き炎が私を灼き尽くす。

 両腕を包む黒い炎のカタチが変わる。まるで巨大な狼の上顎と下顎のような姿へ。

 胸の前のブラックホールからは舌のような何かが覗きこんでいる。見ようによっては咥内に見えるだろう。

 その姿はまるで獣の頭。それも餓えた獣。横向きになり、口を大きく開いた、巨大な獣の頭そのものだ。

【ナんだその姿ハ……!? 全く……どッちが化け物だカ……】

「黙れ」

 獣の顎と化した腕を思いっきり振り抜き交差させ、眼前に転がる目玉を喰らう。

【ギャ…】

 断末魔すら上げる暇なく、目玉型の怪物は私の前から姿を消した。

 一瞬の捕食。

 目玉野郎はこの世界から完全に消え去ったのだ。

 ―――私の補食によって。

「ごちそうさま……」

 言うと同時に、両腕が元に戻る。身体を纏わりついていた黒が霧のように晴れる。

 完全に人の姿へと戻る。

 戦いは終わった。

 その証拠にあの目玉は何処にもいない。消えたのだ。

 正確には私が『喰った』のだがな。

「さて任務完了だ………痛っ…」

 リラックスした瞬間頭痛が襲ってきた。恐らく私の役目は終わったのだから、もう帰れということなのだろう。

 なんて嫌なシステムなんだ。

「ま、雑魚のわりに美味かったから、それでチャラにしてやるか」

 その言葉を最後に、私の意識は途切れたーーー

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