表と裏の正体 その伍
ひどく懐かしい声がした。その声に導かれ、私は目を覚ます。
何故か少し胸が熱くなり、久々に高揚した気分で瞼を開く。
目覚めた私がまず見たのは景色を覆う大量の木々、それと……
目の前から凄い速さで迫ってくる『火の玉』だった。
「っ……!?」
私は急いで腕を振るい、眼前に『透爪撃』を発動させる。
火球が届くより先に、私の前の空間が歪み、不可視の刃が作られていく。
ただし面の方を正面に向けて、だ。
零次はよくこの技を『透明なナイフ』と喩える。その喩えでいくなら、いわばナイフの腹の部分で防御するような感じだ。
火球は私に当たる前に爪に激突し、霧散して消えていく。
「ふぅ……結構なお出迎えじゃないか。喰い散らかすぞこの野郎」
「へぇ…上倉君……さんざん人に言っておきながら、キミも化け物と契約してるんじゃない……どう、イフリート?」
【ヒュフフフフ…あいつ雰囲気が変わったんだなぁ…油断できねーぞこりゃ…ヒュヒッ】
私の前には二つの人影があった。
といっても片方は人間、片方は火達磨のような化け物だ。おそらくカミクズ。
そして今の会話内容からして、おそらく奴らは【契約】している。
……厄介だ。
これでは笑い方が気持ち悪いことに言及する暇がない。
何が『ヒュフフ……』だ。
「ちょっと…楽しくなってきたねー…イフリート、も一回火球いくよ」
【あいよ、好きに使いな…ヒュヒヒ…】
ただ取り憑かれただけなら、カミクズから一方的に生命力を吸い上げられてるだけで、人間は害を与えてこない。
しかし契約した人間はカミクズに命令することにより、あたかも自分の力のようにカミクズの能力を使える。しかもカミクズは自らの隠れ家として宿主を使うことが出来、力を使う時だけ外に出るのだ。
故にこいつは攻めも守りも厄介ということである。
「なーに黙ってるの……? そっちから来ないならこっちから殺したげるよ!!」
【ほぉ~ら食らいなぁぁぁっ!】
少女の背後にいるカミクズが、虚空から火の玉を作り出し、掴んで振りかぶる。
野球のピッチャーのような動きだ。そして投げられる火球。
私に真っ直ぐ迫ってくる。それも結構なスピードで。
【今度は防げるかなぁ~? 死ぬかなぁ~?】
「はぁ、馬鹿馬鹿しい」
大地を蹴り、火球を避ける。
さっきは不意打ちだったから、避ける暇が無かっただけ。
余裕さえあれば、こんなもの当たるわけがない。
【何っ!?】
「えっ!?」
驚く馬鹿二人に反応してやる義理はない。
避けた勢いそのままに走り出す。距離はそんなに無い。
焦って身を翻し全力で逃げる少女らを、追うように走る。
「くそっ……これでも」
【食らいやがれぇぇぇぇぇぇっ!!!!】
時々振り向いては火の玉を連続して投げてくるが、いずれもジグザグに走って避ける。
その代わりに後ろの方の木に火球が当たったようで、多少……焦げ臭くて煙臭い。
カミクズの力は一般人には見えないが、現実に干渉することは出来る。
火を避けたらこうなるのは火を見るより明らかだ。
「……っ、これは少し不味いか?」
「煙に誰かが気づいたら……人が来るよ!」
【逃げなくていいのかなぁ…ヒュッ…ヒヒヒヒ…】
「ああ。早く逃げるために、早くお前らを倒さないとな」
【「え゛っ……」】
無駄な脅しなど聞かずに煙の中を駆け抜ける。
そうこうして走行してるうちに、奴らの側までたどり着く。
遅い、というか火球投げてる暇あったらその分本気で逃げるべきだったろう。余計な事をしているからこうなるのだ。
私の『爪』の射程距離は一メートルを幾分か越える程度だ。
もうそれ以上近づいている、確実に当たるだろう。
私は腕を構え、振ろうと……した瞬間止まる。
「かかった」
少女が急に足を止めたのだ。
何か不味い予感がし、自分も足を止め、念のため二歩下がる。
……一体何が!?
「……もうこのまま、消し炭になっちゃえーー!!! あはははははは!」
「……!?」
瞬間、私の視界が燃え上がる。
視界を炎が埋め尽くしたのだ。炎が鼻先まで迫ってきたのを感じ、直撃はしてないことを認識する。だが私の全身を、灼けそうなぐらい熱をもった熱風が叩く。
何が起きたのかわからず、兎に角後ろに飛び退く。
見ると、少女の背中から針鼠のように炎が飛び出ていた。昔、零次に見せてもらった『ヒノアラシ』というのにそっくりだ。
それにしても炎の量と威力が異常だ。
もし事前に二歩下がっていなければ……もしとっさに飛び退かなかったら……考えるだけでもぞっとする。
「……ちっ、外した…はぁ…外しちゃった……はいはいどうせ私は下手糞ですよーだ……」
【ヒュヒヒッ、んなこたねー。上出来だったぜ異!】
「お世辞とか別にいいし……あ~ぁ…イフリートも不幸だね…こんな無能と組んでさ……」
【おいおいふてくされるなって、お前には才能があるんだ! 自信持てよぉ~】
「なん……だ……?」
【「ん?」】
「何だ……今のは……?」
思わず純粋な疑問が口から漏れる。
あの炎は今まで撃ってきた火球とはまるで違う。何もかもが。
火球はあんなに早くなかった。火球はあんなに強くなかった。
これは独り言のようなもののはずだったが、何故だか少女が目を輝かせてこっちを見てくる。
……一体何なんだこいつらは。
「あー、聞きたい! 聞きたいの!? まったくしょうがないなー。異ちゃんが教えてあげよう!」
【相変わらず復活早いなー…でも異、敵に能力を教えるのは…】
「是非頼む」
【おいおいあんたまで……】
なにやら妙な雰囲気になったが、まあ聞けるものなら聞いておきたい。
こいつは馬鹿っぽそうだから嘘は言わないだろう。
聞いて損は無いはずだ。
「私の能力はたった一つ! 自由に炎を生み出し、自分の半径1メートル以内ならコントロール可能という能力だよっ!!」
【いやいやそれ俺の能力……】
「ほお、ではさっきの炎噴出はコントロールして最速最大の炎をぶつけようとしたわけか?」
【ああ、まあ……】
「だがしかし火球はどういうことなんだ?」
「あれは作った火の玉をイフリートが投げてるだけだから、別にコントロールはしてないよ!!! ちょっとした応用なのだ、賢いっしょ」
【考えたの俺だけどな……】
「そうか……ありがとう……」
「どーいたしまして! もっと、もーっと感謝してくれてもいいんだよ!!!!」
「これでお前を……倒せる!」
【「あっ……」】
馬鹿だこいつら。
自ら能力を明かし、相手に攻略法を与えてしまっている。
煙もそろそろ洒落にならなくなってきているので、そろそろケリをつけようか。
私は、再び奴らと向き合う。
が、すぐに向きを変え、近くにあった木に向かってジャンプする。
【「えっ!?」】
上の葉の部分に近づいたあたりで空中で体をひねり方向転換、木に着地(?)する。
そしてそのまま三角跳びの容量で木を足がかりに、奴らの方へ跳ぶ。
もちろんすぐ爪を撃てるように右腕を構える。
「ふん、たとえ空中から来ようと……」
【オレ達の炎は360゜対応……】
「灼けてしまえっ!!!!」
奴らは薄くのばした炎を私の方に向け、盾代わりにして迎撃するつもりのようだ。
私と奴の攻撃の射程距離はだいたい一緒。少しこちらのほうが長いぐらいだ。
だが奴の火の盾は射程ギリギリで展開している上、炎は奴を中心として移動可能なため、こちらの射程に入る前に接近されては一巻の終わりだ。射程距離は僅かにこちらが勝るとはいえ、相当接近しなければ当てる事は不可能なのにそういったリスクがあるのは、あまりに分が悪い。つまりあれを突破しない限り私は自分の射程に入ることすら難しい。なのに私が奴らの射程距離に入る前からこれでは、付け入る隙がない……一見。
私は腕を振る。
どうやらこれが爪を発動させる条件ということは、向こうにも気づかれていたらしい。軽く笑いが起こる。
「はははは! その距離で届くの!? あなたのも見た感じ射程距離長くなさそうなのに!」
よく観察している。馬鹿なのに。
どうやら私は、馬鹿だと思って侮り過ぎていたかもしれない。
実際問題、爪は奴らには届かず、炎の盾のすぐ傍に数個出来た。
このまま行けば、奴らに傷をつけることは不可能だ。
「……だが、それでいい」
【「!?」】
私は空中で体制を立て直し、さっき撃った複数の爪で作られた足場に『着地』した。
「なっ……えっ……?」
強度は充分にあるから足場としては最適だ。多少小さいが、乗れなくはない。私の身体能力なら絶対に可能だ。
すぐに消えるのが難点だが、次の爪を作る暇ぐらいは充分にある。
さらに奴の攻撃を防ぐ盾代わりにもなる上、射程ギリギリの炎の盾とほぼ密着したこの位置なら、私の攻撃もギリギリ届く。
【ば……馬鹿な……】
「さて、ここはもう私の射程距離だ……」
右腕を垂直に伸ばし、構える。そして力を溜める。足場が消える限界まで刃の枚数を増やすために。
奴は動揺し、動けずにいる。追撃や迎撃の暇が省けて非常に助かる。
「えっ…ちょっ…ちょっと…」
【ま…待てっ…待って…】
「後悔しろ、馬鹿共」
思いっ切り腕を振るう。
何もかもを引き裂く刃が火のカミクズに直撃し、奴はズタズタに引き裂かれていった。




