表と裏の入学式 その弐
『で、あるからにして~』
雲一つない晴天。
暖かな日差し。
涼しげな風。
これは春を迎えてまもないある日の出来事。
今日はいい天気だ。
こんな日でもなければ今すぐにでも外に飛び出て、遊び回りたい気分だ。もしくはひなたぼっことか素敵じゃないかな。
もちろん本気でやるつもりは無いが、そういう気分にさせるいい天気であることには違いない。
だというのに……
『え~生徒諸君に対し我々はうんたらかんたら~』
「何故こんな快晴だというのに、校長の話なんざ聞かなきゃいけないんだろうかねえ」
俺は耐えかね、後ろを向かずに首を少し倒して、背後の人物に話しかけた。
「零次、それは仕方ないよ。入学式だし」
背後から声が聞こえる。これは中学からの俺の友人、御堂命の声だ。
彼の言うとおり今日は高校の入学式だ。俺達はこれからここで三年間を過ごすことになる。
といってもレベルは大して高くなく、そこまで深く考えて入学したわけでもないので、緊張感はあまり感じない。
むしろ昔からの知り合いである御堂も居るので、アウェーな感じが全くしないのだ。
「それにしたってよー。なーんで何処の学校も教師の話は退屈なのかねぇ。こんないい天気の中室内に拘束され、延々と話を聞かされる。これは一種の地獄ではないのかな、御堂クン」
「んー。たしかにちょっと同感かも。長いんだよね、こういうのって」
「そーそー」
言いつつ背後をちらりと覗き見る。
そこには如何にも人畜無害そうな優男っぽい少年がいた。もちろん御堂のことだ。
「ところで御堂……」
「なに……?」
こっちが顔を寄せて小声で話しかけると、御堂も合わせて小声で返してくれた。
「お前の後ろのヤツ、感じ悪くね? さっき睨まれたんだけど」
「うっそ、ほんと?」
御堂は制服の袖から携帯をシュッと取り出す。どこにしまっているんだ、どこに。
ちなみに御堂のはスライド式の携帯電話だ。今どきガラケーとは珍しい。彼は何も映ってない画面を鏡代わりにして、自らの背後を覗き込む。
「えと……金髪の人?」
「そうそう、んで目つきの悪いガングロのヤツ……!」
「今時ガングロって……」
「で、どうだったよ? 感じ悪すぎだろ?」
「んー、そうかな?」
予想外の返答だった。
おかしい。俺が数十分前に御堂と話すために後ろを向いたら、すごい勢いで睨まれたというのに。
だからさっき御堂に話しかけた時、背後を向かなかったのだ。
「いやいやどう考えても雰囲気最悪じゃねぇか?」
「え……? でも座り方だって綺麗だし、そこまで酷いかなぁ……」
「ああ、どう考えてもな。見てみろよあのナリ、高校デビューかっつの」
雰囲気の悪い金髪男は座っている位置から考えて、俺達と同じ新入生に違いない。
入学してある程度たって慣れてたり、大学のようにそれなりに自由が効く場ならまだしも、高校の入学式でその容姿は酷すぎると思う。
「だいたいそういう輩が多すぎないか? 見てみろよ、あの辺とか、あの辺!」
明らかにガラの悪そうな連中を顎で指し、御堂を促す。
今指した連中はどれも酷かった。既に着崩した制服、ポケットから覗く煙草の箱のような何か。中には黒、紫、金を合わせて染めてるヤツまでいた。
大丈夫かこの高校。少し不安になってきた。
「やっぱりみんな、自己主張したい年頃なんじゃないかな?」
「やけに達観した意見だなオイ。そういうお前はどうなんだ?」
「僕は……目立ちたくない臆病な人間だから、ああいう風になるのは無理かな」
「ふーん」
やけに謙虚なヤツだ。でもそれぐらいの方が俺にとっては好ましかった。
少なくとも調子こいて馬鹿な真似をする連中よりは、ずっと好感が持てる。
「ったく、みんなして何考えてんだか。普通に過ごすのが一番だって、なんでわかんないかな」
「零次も夢がないね」
「お前が言うなよ。俺は臆病というより、ああいう自己主張の激しい人間が嫌いなだけ……だ……?」
言ってる途中に気づく。今視界にとんでもないものが映ってた。
「どうしたの零次?」
「いやいやいや何でもない!」
「そう……?」
うまく御堂をかわしつつ、校長が演説しているあたりを凝視する。
正確にはそのすぐ隣。
「御堂、お前校長の付近になんか見える?」
「なーに突然? ああ、校長の斜め後ろに居る人ならB組の担任だよ」
「そうかありがとう」
どうやら御堂には見えていないようだ。
ステージの上、校長のすぐ隣。
そこに気持ちの悪い『生き物のような何か』が蠢いているのが。
生物と断言できないのには理由がある。
まず俺に見えてて御堂に見えていないこと。
こんなことはいくら巧妙に擬態する生き物であっても、起こり得ないことだ。
そしてもう一つの理由。それはその生き物のような何かの、容姿に関係している。
一言で表すならば『目玉』。どう見ても巨大な人間の眼球にしか見えない。巨大な目玉には後ろから血管か神経のようなモノが伸びていて、途中で枝分かれしていたりして、まるで人の身体のようになっている。しかもいっちょ前に二足(?)できちんと自立している。
常識で考えてこんな生物はおかしいだろう。これが生物と断言できない理由だ。
「どうしたの零次、なんか具合悪そうだけど……」
「ああ、大丈夫だ。大丈夫だ、問題ない」
「何で二回言ったの?」
「なんとなく。ぶっちゃけ単に寝不足だったから貧血起きただけだ。気にしないでくれ。何でもないから……」
「そう? わかった」
あまり深入りしてこない友人。こいつは昔からこうだから助かる。
相手が何か隠していたとしても深入りせず、自分に何かあっても深入りさせない。俺からしてみれば最高の友人だ。
後でパンでもおごってやろう。そのためにはまず目先の問題を解決せねば。
「痛っ……」
急に頭痛がした。
目眩がしてきた。
頭がくらくらしてきて眠くなってくる。
予兆だ。これは。
「はぁ、はた迷惑なヤツらだ……」
最後に少し毒を吐いてやった。
そしてその言葉を言い終わるか否か、俺の意識は闇に溶けていった。




