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表と裏の正体 その参

 除村異さん。

 俺と同学年で、夕凪の幼なじみである天文学部(?)の部員。

 またそうであると同時に引きこもりの幽霊部員で、今回夕凪にターゲットにされた子である。

 そしてさっきまで話題に出ていた少女。

 まさか話している傍から突然出てくるとは思わなかった。正直焦る。

「除村……久しぶりだね、今日はどうしてここに……?」

「んー? ヒッキーにも飽きてきたからね!!!!! 引きこもりはもうやめたんだーーーーっ!!!!」

「へ、へぇ……」

 対応している夕凪も心此処に在らずといった感じで、やはりどこか動揺を隠しきれていない。

 いくら夕凪でもこの展開は読めなかったのだろう。

 ……引きこもり脱却させようとしてた相手が、どういうわけか自ら脱却してたなんて読めるわけがない。

「ねーねーひらりんは元気してたーー!!? 私が居なくて寂しかったしょー? かれこれ一ヶ月! 長かったよねーーーー!? 長かったよねーーーー!!!!」

「あ……そうだね……」

 そういやこいつ下の名前で呼ばれてるのに、全く殴ったりしていないな。

 いや良いことではあるんだけど、なんで俺の時だけ……とか思ってしまう。

 そんな事考えつつ改めて夕凪を見る。

 ……あれ、よく見たら顔真っ赤だ。

 少々俯き気味でよく見えなかったが、これはどう見ても頭に血が登っている。

 よくよく見たら凄い力こめて握り拳作ってプルプルしてるし、相当抑えているのが伺えた。

 ……幼なじみには手をあげないとはいい心構えだ。少し夕凪を見直す俺。でも普通逆じゃないのか、とも思ってしまう。

「ところでそっちの子は誰誰誰~~~~~???? 初めてみる顔だねっ!!! ねえ誰~~~~っ!!!?」

 突然話題の中心が自分になって焦る。

 不意打ちだったからちょっとびっくりだ。

「ああ、彼は新入部員の上倉零次君だよ」

「ど、ども、はじめまして」

 夕凪の紹介に合わせて軽く挨拶をする。

 その様子を一通り見るなり、除村さんは何故か表情をぱぁぁぁっと輝かせた。

「キミが噂の上倉君!? おーおー思ってたより普通の見た目っ!!! とても入学式で暴れた人には見えないなぁ~~~~!!!!!」

「あ……えっと……」

 ……頼むからその件については触れないで欲しいです。

 恥ずかしいし、反応もしずらい。

「あ、そうだ除村。入学式の件についてはどれぐらい知ってるんだい?」

「ん、軽い噂程度だよっ! 詳しくは知らないな~知りたいな~!」

「じゃあ丁度いい。ここに本人が居るのだから、思い切って聞いてみたらどうかな?」

「それいいねーーーーーっ!!!」

 てめぇざけんな夕凪。最低だよこの人。

 さらっと人の古傷抉った挙げ句、自分じゃ対応面倒臭いからって俺に押し付けやがった。

 ……やばい。今ので完全に除村の興味が俺に向いてしまった。どうしよう。とにかく話題をそらさなければ!

「い、いやぁ、それにしても除村さんはテンション高いな~。どこからその原動力が…って…あれ?」

「…」

「…」

「…」

 言ってる途中で気づく、みんな無言になっていることに。

 『あ~あ』って顔した夕凪、急に表情が固まった除村。

 ……俺、なんか悪いこと言いましたっけ?

「あ……あの……」

「……はぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~っ」

 盛大な溜め息が無言の空間に響き渡る。

 今の発言のせいか除村のテンションが急激に下がった。

 かなり下がっていることが目に見えてわかるぐらい露骨だ。

 肩をがっくし落とし、急にでっかい溜め息まで吐き出す始末。

 俺、今なんか変な事言ったっけ……?

「あの、除村さん……?」

「……あー、ハイハイ、どうせ私はテンション高くてうざい女ですよーだ……うざかった? ねえうざかったよね。ごめんねうるさくて。ほんとごめんね! もう黙るから気にしなくていーよ」

 それでテンション下がったのかメンタル弱っ!?

 別段、けなすつもりで言ったわけじゃないのにこの落ち込みよう……半端ない。しかもところどころ自問自答してる上に、なんか考えが飛躍しすぎている。一体どういうことなのか、俺には全く理解出来なかった。

 ……とりあえず謝っておこう。

「あ、ご、ごめんなさい。あの、今のは悪い意味で言ったんじゃなくて……」

「……こんな事で傷ついてごめんなさいね……本当めんどくさくてごめんね……はぁ~あ……」

 何このいじけっぷり、酷い!!! 扱いづらっ!!!

 夕凪が嫌がる気持ちが何となく理解出来てきた。こういう人だったのかよ。たしかに面倒くさい。

 なんて返しても、余計にテンション下げてくるような気がする。もうなんて返していいかわからなかった。

 ……ならば、ここは落ち着かせることが先決だ。

「まっ、まぁまぁまずは落ち着いてくださ……」

 言いつつ、除村さんの肩に手を伸ばしてみる。

「!?」

 だがパシィッと弾かれ、その上睨みつけられた。

 ……何これ、俺そんな酷いことしたっけ?

「……ごめんなさい、今は一人になりたいから放っておいてほしいかな。というかそっちも私のこと邪魔でしょ? 邪魔だと思ってたんでしょ!? だったら私はいない方がいいよね! じゃあね、ひらりん。探さないでくださいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ……」

 そう言って除村は部室からそそくさと出て行ってしまった。一体なんだって言うんだ。俺が何をした。

 俺はただ感想を口にしただけなのに、あの人の中では俺は恐らく大悪党もいいところだろう。それぐらい膨らませられてもなんら不思議ではない。これは酷い。

 ……それにしても今、手を弾かれた時の感覚。この感覚、もしかすると後でひと波乱あるかもしれないな。

「どうだった? 除村との対話は。楽しめたかい?」

 考え事をしている時に、ふと背後からかけられる声。

 振り返るまでもない、夕凪だ。

「……はぁ、お前なぁ。助けろとは言わないけど、せめて事前に教えてくれよ」

「その説明中に突然来たんだけど?」

 そうだった。忘れてました。

 ……直前の出来事のインパクトが強すぎたせいでな!

「でも説明の手間は省けたかな。あれが除村異という人間。だいたいわかったかい?」

「まぁ……うん。何考えてるかはまるでわかんないけど」

「それは私もだよ。要するに除村はテンションの落差が激しいのさ。その原因となるのがあの豆腐メンタル」

「なるほど……」

 短い間だったけど、あれと今の説明だけでだいたい理解出来た。

 躁鬱の気がある子なのね。

「って、そういやお前なんで、除村の観察とか研究しようとしてんだよ?」

 さっき夕凪が言っていた『部活動』とはそういう意味のはずだ。

 何故わざわざ自分が苦手とする相手を選んだのか、まるで意図が掴めない。

「ん? 例えるならピーマン嫌いな子供が克服のため、ピーマンについて調べる。それと一緒さ」

 微妙にわかりづらいが、だいたい言いたいことはわかる。

 ようは苦手だからこそ知っておき、対策を練りたいというわけか。

 そのために部員の俺まで付き合わされそうになった件については、目を瞑ることにしよう。

「それに……」

夕凪は言葉を続ける。

しかも何処か気恥ずかしそうな、それでいて少し寂しそうな表情を浮かべて。

「これでも昔は仲良かったんだよ。それこそ今みたいにまどろっこしい表裏なんて無しにね」

「へぇ、そうだったのか」

「お互い自分のことで手一杯になってからは疎遠になってしまったけれども、その前までは一緒に変人追いまわして糾弾したりして遊んでいたよ。あの頃は楽しかったなぁ」

「お前昔からかよ!?」

 突っ込みつつも、少し考える。

 夕凪の語る時の雰囲気や声の感じから、これは彼女の珍しい『本音』だということが伝わってくる。もちろん俺の勘違いという線も大いにあるのだが、それにしても夕凪の雰囲気がいつもと違いすぎている。

 ……なんか、いつもよりちょっと優しそうなオーラが出ているというか。

「ああ、私は昔から『こう』だ。それは未来永劫変わらないさ。でも、彼奴は変わってしまったよ」

「そうなのか?」

 夕凪の変人っぷりを見ている身としては、どうせ除村さんも同じ感じだと思っていたのだが、どうやら違うらしい。昔は彼女もまともだったのだろうか。それを夕凪に振りまわされるうちにあんな風になったのだろうか。

「ああ。昔はもっと陰湿さMAXで、すれ違った人を呪い殺しかねない勢いだったさ。髪も縛ってなかったし、もっとボサボサで長くてとても不気味だったよ。私は未だに除村の幼少期の映像を見ることが出来ないね。なんか画面から出てきそうで」

「ひでぇなお前」

 ……しかし、意外な事実もあったもんだ。

 まさかあの躁鬱の権化のような人は昔は陰鬱で、夕凪とよく遊んでいたなんて。ということは、むしろあのテンション低い状態の方がむしろ『素』なのかもしれない。

 あの人もあの人で、随分と変わった人生を歩んでいるようだ。

「けれども、変わったというのは気のせいかもしれない。変わったと感じるのは、私が除村と距離を置いてしまったからかもしれない。最近、そう思ってしまってね……」

「いやいやいや、明らかに聞いた話とアレは別人だろ。あっ、アレ呼ばわりしちゃった」

「別に構わないさ。私が許す。けれども除村は、落ち込んだ時だけ昔に戻るんだよ。ということは、やはり彼奴は無理して高いテンションを維持しているだけで、その本質は何も変わってないのではないかと思ってね。そう考えると、色々思う所があるのさ」

「……」

 無視したわけではない。言葉が出なかった。

 なんと返していいかわからなかったのだ。いや、この場では適当な相槌で良かったはずだ。しかしながらそれすらも浮かばなかった。不思議なことに。

 幼い頃からの友情。そこに亀裂が入った原因は果たしてどちらにあるのか、その判断は俺には出来ない。俺は何も知らない。 

 だからだろうか、この二人の関係に迂闊に口出ししてはいけないと感じてしまうのは。

「だから少しでも今の彼奴を知るために、部活動なんて口実をつけてまで近づこうとしたのかもね……」

 それはもうほとんど夕凪の独り言のようだった。

 夕凪はふぅ、と息を吐き笑顔を作る。

「つまらない話を聞かせてすまなかったね、悪かったよ」

 そこまで話したあたりで夕凪は喋るのをやめ、少しの沈黙が訪れた。

「なぁ、夕凪」

「ん……?」

「除村が行きそうな場所ってわかるか?」

 なんとなく、本当になんとなく気になった。

 別に聞いたからといって何かしようと思ったわけでもない。

「何、上倉君。聞いてどうするんだい?」

 案の定な質問が返ってくる。まったくその通りだ。

 けれども行く動機が全くないというわけではない。

 どの道、除村さんとは会っておく必要はあるのだから。それもなるべく早くに。

「いや、謝りに行こうかなと」

 考えるより先に口が動く。

 しかしこれもよくよく考えたら意味がわからない。俺はそんなに悪いことをした覚えはないし、むしろ謝るべきは向こうのほうのはずだ。けれども何故かこう言ってしまったのだ。

「やめておいたほうがいい、と忠告はさせてもらうよ。どうせ無駄だ。大抵ああいう時の彼奴は何度謝っても許さないんだ。いや、正確には口では許すのに態度が全然許していないんだよ。謝るなら数日待ってからにするべきだ。でないとキミまで除村を嫌いになってしまいそうだ。許す気のない相手に謝るほど無駄なことはないとは思わないのかい?」

 経験者は語る。この話が本当なら、行くだけ無駄だろう。

 どうせ俺の個人的な『用事』も、俺の勘が外れてしまえば必要なくなる。

 今回、俺の出る幕はないのかもしれない。

「なら、さっき言ってた部活動ってやつ。俺がやってやるよ。たしか除村の観察と研究だっけ?」

 なのに何故口が動くのだろう。

 ……さっき夕凪から昔話を聞いて、除村さんに興味を持ったから? それとも二人の仲を元に戻したいから? もしくは個人的な用事を早く済ませたいから?

 否、そのどれでもないはずだ。しかし理由がないわけはないのだ。この沸き上がってくる感情の正体は、一体なんなのだろうか。

「……やけに除村に拘るじゃないか。たしかにやれと言ったのは私だけれど、そこまで執着する理由はなんだい?」

 夕凪も不思議そうな顔をしているが、あいにくその質問には答えられそうにもない。

 何故なら俺自身、よくわかってないからだ。この衝動の正体が。

 だから正直に答える。

「俺自身、よくわからねーや。でもなんか、今やる気に満ちてるんだよ」

「そうかい。なんというか、キミはよくわからないね。不思議な人間だよ。面白い。よしわかった、私は常に面白い人間の味方だ。教えよう。これでも除村の行動パターンはだいたいわかっているつもりさ。さ、メモの準備をするがいいさ」

 よくわからないが夕凪が同意してくれたようだ。

 こうして夕凪から得た情報を元に、俺は除村を探し回ることとなった。

 自分が動く動機が今一つわからないので、ひとまず自分の勘が正しいかどうかを確かめにいくために。

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